ホイール・オブ・フォーチュン―土俵にすべてを―

@arito-9

闇の目覚め、或いは…

 私は今、土俵際に立たされている。あとつま先一つ下がってしまうだけで負けが決まる。文字通りの土俵際だ。いや、もう下がってしまおうか。角界入りしたものの鳴かず飛ばずの人生、横綱とやり合い負けたのなら、誰も文句は言わぬはず。さあ、一歩退こう。頭は強くそう念じるが、寸とも体が動かない。何故だ何故だと思案を重ねているとふと、そもそも時間が止まっているかのように力の流れを感じない事に気づいた。組み付かれ今にも押し込まれそうなのに、びくとも力が伝わってこないのだ。あまりにも奇妙な事象に周りを見渡そうにも体が動かず途方に暮れたとき、ふと声が聞こえてきた。


「あきらめては…あきらめてはいけません…」 


 声の聞こえた方向に自然と意識が向いた。体は動かないが不思議とその方向を注視できた。声と薄ぼんやりとしたシルエットから若い女性のように見えた。 


 「あきらめてはだめです!最後まで戦い抜いてください!でないと…でないと貴方は…」


 姿がはっきりと見える。なんというか、近未来的な、サイバーというのだろうか、そういう服装をした人物であった。


 女がまっすぐ私の眼を見てはっきりとした声で宣言する。


 「あなたは邪大帝スモウカイザーになってしまうのです!」

 「じゃ、じゃ、邪大帝スモウカイザー!?」

 私は、思わず復唱した。



 女は自分が未来から過去を変えに来た、と語った。普段なら全く信じないが、こと現在においてはこの不可解な状況に納得するための唯一の回答であった。女は―シグレと名乗った―は、私が邪大帝スモウカイザーとやらになる理由を、そして邪大帝スモウカイザーがこの世界に誕生した結果を語りだした。


 「邪大帝スモウカイザーの歴史は、あなたがここで自分の意思で敗北することから始まります。」


 私は、この荒唐無稽な話に心底興味が湧いた。百歩譲って私がドロップアウトして荒れるのは認めよう。だが、私のネーミングセンスはそこまで落ちぶれていないはずではある。


 「あなたが自ら負けを選んだことが、まるで八百長のように一部の人達に捉えられてしまったのです。そしてあなたは、親方から破門を言い渡されます。ですが、あなたは力士を諦めきれなかった。問題はその後です。」


 見透かされているようであった。ここで負けたとしても己の中にある熱を鎮めることはできなかったであろう。


 「あなたは角界の表舞台から去り、裏の角界が支配する闇の相撲D-SUMOの門を叩くことになります。」


 私は、唖然とした。


 「盛り上がってるところすまないが、私はD-SUMOなんて聞いたことがないぞ!?」

 「え!?そうなんですか!?両国国技館の地下2階で開催されてるあの闇相撲を!?あれ〜おかしいな…歴史的事実に照らし合わせるともう知ってないとおかしいんだけど…」


 意外と浅瀬に存在する闇相撲に思いを巡らせるうちに私はある可能性に気づいた。


 「あー、もしかしてなんだが、君との出会いで知ったんじゃないか?」


 ある種のパラドックスではあるが、それならば説明がつく。つまり彼女(厳密にはそこにいる彼女ではないが)の説得は届かず、私は一度闇堕ちしている。どのような形であれ輝く未来があるのなら、誰だってそこに行き着きたいものだろう。思案を重ねていると驚愕していた彼女がようやく口を開いた。


 「…といっても今回も失敗するとは限りませんもんね!」


 随分とポジティブなものだが、まあ前向きな性格でなければ説得など任されないであろうから、妥当ではあるか。


 「D-SUMOで戦う中であなたはD-SUMOパワーに目覚めます。それは他の力士たちを圧倒し…あなたはD-SUMOの頂点デス横綱に君臨するのです。その上あなたは裏角界の頂点の座に飽き足らず、D-パワーを悪用し、遂には日本全土を掌握し邪大帝スモウカイザーを名乗るのです!さらにさらに!その勢いのまま48時間以内に世界各国に配下に降るように宣戦布告を実施したのです!そうして世界は闇の力士の手に落ちてしまったのです!!」


 堂の入ったしゃべり方だ。とても良く練習したのだろう。心なしか彼女の顔も誇らしげに見える。


 「教えてくれてありがとう。じゃあ世界を支配してくるよ。」


 「ちょ、ちょっと待ってください!あなたを邪大帝にしないという願いは、そもそも未来のあなた自身の願いなんです!そもそも!あなたは!まず第一に邪大帝スモウカイザーなんてダサい名前を名乗ったことを後悔してました!ホントですよ!部下に俺の名前はダサいか?って聞いてダサくないですって答えた部下を詰めてたんですからね!本当はダサいと思ってるんだろう!って!!!そんなしょうもない人間になりたいんですか!?」


 今までで一番彼女の説得が身に沁みた。


 「それにですよ!多くの人に酷いことをしてしまった。この罪は消えないって晩年ずっと気にしてたんですからね!」


 私は、自分の力を手にすることができる未来に、目を閉じれずにいた。


 「とはいっても、このままじゃ中途半端なまま死んでくんだろう?」


 私の弱気を彼女は鼻で笑った。


「いえ、あなたは自分の力を信じてなさすぎです。世界を支配するほどのポテンシャルを持った人間なんですよあなたは!」彼女は私の眼をまっすぐ見て言う。


「今のあなたならできます!闇の誘惑を振り切って、光の力!G-SUMOパワーに目覚める事が!」 「あー…G…ってゴールドとかか?」「いいえ!G-SUMOのGは元気のGです!」「そんな町内相撲大会みたいなパワーに目覚めたくねぇよ!」「そんなこと言っても未来のあなた自身が名付けた名前なんですよ!!いいから大人しく受け入れなさい!!!」


 嫌だなと言う気持ちが頭の7割近くを埋めた頃、一つ気になることが浮かんできた。


 「そう言えばD-SUMOパワーのDって何だったんだ?」「DはドゥームのDですよ。」お!私にも少しはまともなネーミングセンスがあったか!と感心している私の顔を見て彼女は微妙そうな顔をする。


 「世界に降伏を迫るとき『このD-SUMOクロック…ドゥームスモウクロックが0を示す時…』って言ってるところは授業で何度も見させられました。」


 最悪だ。おそらくドゥームスモウクロックありきで名付けたクソみたいなセンスだ。

 「博物館に実物も飾られてますよ。」死してなお恥を晒す人生なのか、クズみたいな生き方をした未来の自分であるが流石に同情してしまう。

 


 「さあ!しっかりとまわしを握ってください!あとつま先一つ!死ぬ気で粘ってください!」彼女の姿が薄まってくる。

 「ま、待ってくれ!G-SUMOパワーって言われてもどうやって出せば!」

 「今のあなたは馬鹿みたいな自分の将来を聞かされて!しょーもないネーミングセンスにいっぱい叫んで!心の底から元気が湧いてきているはずです!」

 

 そう言われるとそんな気がした。あまりにもあんまりな自分のセンスに叫ぶうちに、気持ちは前向きになってる気がした。



 「後は踏ん張るだけですよ!ガンバレ!超極山海丸!」

 彼女の姿は、彼女の笑い声とともに完全に消えた。


 瞬間、時間が動き出す。横綱の圧力が全身に伝わる。私は土俵際に構えたつま先に力を入れた。ピタリと、横綱の猛進が止まる。まだ倒れんぞ。私は全身で応える。まわしを持つ手に力を入れる。姿勢はまだ崩れない。握りこんだ手をねじ上げ体全体を使って横綱の体を90度真横に向ける。これで場外までの距離はイーブンだ。後は死ぬ気で耐えるだけ。横綱の脚はどちらも浮いたが、まだ私には、つま先一つ残っている。視界がどんどんと傾き、遂には全てが静止してしまった。


 沈黙、行司が判定を下すまでの数秒が、とてもとても恐ろしい。果たして、勝利はどちらを指し示すのか。


 私が会場から出ると大勢の人が私を囲んでいた。その中の1人が私にマイクを向ける。


 「今回の大金星の要因は何でしょうか!?」


 私は何か気の利いたことを言おうと思ったが、特に思いつかなかった。止まった時間の中での喜劇について話すわけにもいかない。だから私は、10秒ほど考えた後こういった。



「あー…元気がいっぱいだったから、ですね。」                                                                                                                                                                                                                                 

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