【国王とアイドル】掌編小説
統失2級
1話完結
坂利柚菜は駆け出しのアイドルだった。デビュー当初は歌って踊る5人グループに属していたが、グループ内のトラブルが原因で柚菜だけが脱退するという経験をしていた。トラブルの内容は柚菜に非があるものでは無かったので、所属事務所も柚菜を解雇はせずにソロアイドルとして新たに売り出す方針を立てた。しかし、柚菜の歌唱力はソロアイドルとしては決して世間に通用するものでは無かった。演技力には多少の難点もあったが、訓練を積んで行けば物になりそうな一筋の光明はあった。トーク力に至っては柚菜の年齢である17歳の平均的なレベルだった。そこで、事務所の幹部である斎藤宗樹は柚菜に演技のレッスンとトークのレッスンを課す事にした。時間の経過と共に柚菜の演技力は向上して行ったが、トーク力は相変わらずのままだった。そういう状況もあり、斎藤は柚菜に面白い話をさせるのではなく怖い話をさせて売り出そうと考えた。事務所に所属する放送作家がストーリーを書き、それを柚菜が実体験の怖い話として、テレビ番組で披露するのだ。
その日は柚菜に取って始めてのバラエティー番組出演の日だった。柚菜は元々、物怖じしない性格の人間である。従って本番前に大物芸人の楽屋へ挨拶に行った時も一切緊張する事は無かった。柚菜が自己紹介をして「今日は宜しくお願いします」と元気良く挨拶すると、大物芸人も片手を上げながら、「宜しくな」と言ってくれた。柚菜は頭を下げて楽屋のドアを閉めた後に「今日は良い日になりそうだ」と声には出さず口を動かした。
番組の収録が始まった。番組の司会は先ほどの大物芸人1人で、彼に対峙する構図でひな壇が設置されていた。ひな壇に座るゲストは柚菜を含めて8人。そのメンバー構成は多種多様で若手芸人や演歌歌手や俳優やフィギュアスケート選手や落選したばかりの元国会議員などが居た。演歌歌手が過去に暴力団員とトラブルになったエピソードをコミカルに話し、次に若手芸人が一緒に酒を飲みたくない先輩芸人の実名を出して場を沸かせた後に柚菜の番となった。放送作家と事務所幹部の斎藤と自分の3人で練り上げた怖い話だ。失敗する訳にはいかない。柚菜は心の中で気合いを入れて話し始める。「私が夜、ベッドて寝ていたら、浴室から物音が聞こえて来たんです。でも、その日は怖くて、聞こえない振りをして無理やり寝ました。翌朝に浴室を覗いてみましたが、何も変わったところはありませんでした。でも、その夜も浴室から物音が聞こえて来たんです。その夜までは我慢して寝たのですが、3日目の夜にも物音が聞こえた時には私も我慢が出来なくなって、浴室を覗いてみたんです。するとそこには8歳の時の私を噛んで安楽死させられた実家の近所の家が飼っていた越山犬のカクエイが居たんです。私は怖くなってその場から立ち去ろうとしましたが、足が動かせずに棒立ちのままでした。すると、カクエイは私に飛び掛かって来たんです。カクエイは私の体にすっと入ってしまい、今もカクエイは私の体の中に居ます。時々、頭の中でカクエイの鳴き声が聴こえるのが、その証拠です」
「松下よ、これは可哀想過ぎるな」「国王様、本気にしてはなりませぬぞ、これはテレビショーであり、彼女の話したエピソードはフィクションだと思われます」「余はそうは思わない。余はこの坂利柚菜という女を救いたい。松下よ、この女と国内一の霊媒師を宮殿に招待しろ」27歳の若き国王には情熱的なところがあり、国王は一度言い出したら引き下がらない性格だった。侍従長の松下は馬鹿らしいとは思いつつも、逆らう訳にもいかず、国内で有名な霊媒師と柚菜を宮殿に招待する事にした。
柚菜は半ば強引に宮殿に連れて来られて大浴場に置かれた椅子に拘束されてしまう。そこにサングラスを掛けた霊媒師の中年男がやって来た。霊媒師は「悪霊退散、悪霊退散」と連呼しながら、冷水シャワーを服を着たままの柚菜に浴びせ掛ける。それは12月の事だったので、柚菜には大変辛い出来事だった。このままでは低体温症で死んでしまうと危機感を覚えた柚菜は機転を利かせて「カクエイは私の中から出て行きました。悪霊は退散しました。ありがとう御座いました」と叫んだ。
その3日後、柚菜と霊媒師は国王の晩餐に招待された。悪霊の話なんて、只のフィクションに過ぎなかったのに、それを真に受けて自分を拷問に掛けた国王には腹を立てていた柚菜ではあったが、それと同時に柚菜は極度の面食いでもあった。そして、柚菜の目の前には真和国史上最高の美形国王とも言われる男が居た。さっきまでの怒りも国王に見つめられると、現金なものでどこかに吹き飛んでしまい、柚菜と国王は互いに惹かれ合い恋に落ちた。その結果、2人は1年後に結婚する運びとなるのだった。美少女アイドルと若き美形国王の結婚には真和国中が盛り上がった。誰もがこの美男美女カップルを祝福し、誰もが幸福な気持ちになった。しかし、この若き国王にはある秘密があった。国王は公衆の面前では威厳ある姿を維持していたが、美しい女性と2人きりになると極度のマゾ男になる変態だったのだ。従って国王は大浴場にて冬になると冷水シャワーを、夏になると熱湯シャワーを柚菜から掛けられて性的に喜んでいた。だが、結婚から9年後の8月の昼間に温水機器の不備により極めて高温の熱湯がシャワーから吐き出されてしまうと、それを全身で受けた国王は死んでしまう事となるのだった。柚菜は貴重なオモチャを失った気持ちになり、酷く悲しみ深く落ち込んだ。
3日後、柚菜の7歳になる息子が新しき国王に即位し、柚菜は長きに渡り息子を力強く補佐する事となった。そして、真和国はカクエイ国と名を改め、柚菜の献身もあって益々、発展する事になるのでした。
【国王とアイドル】掌編小説 統失2級 @toto4929
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