第7話.素直・心配
カコンッ
「よいしょっと」
夕食の時間になったためゲームを終了させた僕は、最近新しく買ったカプセルタイプの体験型VR機器の中から出て、ずっと同じ姿勢だったせいで固まってしまった身体をゆっくりと解した。
「ふぅ、…………まさか男性アイコンを使ってても男性に間違えられるなんてな」
戦士のポーズをしながらゆっくりと呼吸をする。その頭の中には、先程フレンドになった女性プレイヤーのことが浮かんでいた。
少し前まで大人気VRアイドル満月の中の人をやっていた僕、笹野木満留(ささきのみつる)は、現在マイナーよりである“イシュタルの休日”というスローライフゲームで、プレイヤー名を“みちる”に変えて純粋な個人の趣味として、VRゲームを楽しんでいた。
このゲームのいいところは、キャラメイクが男女関係なく自由に作れることだ。これこそがこのゲームを新天地に選んだ理由の大半になる。おっぱいをつけながらムキムキにしても、股下1.5mの超イケメン理想の男を生み出してもよし、すべてが自由だ。
そして僕の趣味は仮想世界で理想の“可愛い”を作ること。もちろん、ものすごく真剣にキャラメイクさせてもらった。その試行時間、およそ2時間。けれどその甲斐あって新しいみちるのアバターは、満月に継ぐ、僕史上最高レベルに可愛い出来のキャラクターに仕上がった。
そのテーマはずばり、“月の精霊”。イシュタルという名前の女神に基づく世界観での是非に関しては、この際置いておく。こういうのは神話も伝記もごちゃまぜの雰囲気ファンタジーなのだから、細かいこと気にしたら負けだ。(因みに満月のテーマはナイチンゲールである)
色味は満月のピンクと対になるように青系統で、癖のないさらさらストレートの淡い水色をしたセミロングにサファイアのような深い青紫の瞳、肌の色は透け感を意識して白め。体格は凹凸を少なく小柄で幼めに、服装は露出少なめにしている。
スカートを履くとあまりに女性的すぎるかなと思い、トップスはフリル多めの白い丸襟のシャツでボトムスには黒いキュロットを履き、ちょっと活発感をアピール。アウターの袖の広い紺色のボレロは翅をイメージした。
可愛い!儚い!まさに月の精霊の具現化とも言えるべきアバターが、この世に誕生した。嘘、僕……可愛すぎ?
「うん。中性的なつもりで作ったけど、美少女と間違えられても仕方ないね。なんせ可愛いから。可愛いから!」
何度見ても自画自賛が止まらない、会心の出来なのだ。……ただ、こんな素晴らしい出来のアバターを作っておいて説得力がないかもしれないが、僕はもう、VRアイドルをする気はない。満月のときだってそうだったが、今回のみちるへの作り込みも超個人的な趣味である。
僕のプレイスタイルは依然変わらず、“可愛いアバターで可愛い服を着る”……これだけだ。それにプラスして、“これからはもう誰にも僕のゲームプレイを利用させないし、邪魔されることを赦すつもりはない”、ということも誓った。
そのために、「今度こそ誰とも深く関わらないでおこう」、そう決めていた。
それなのに…………。
『私がフレンドになりたいのは女の子のみちるさんでも男のみちるさんでもなく、私に親切にしてくれたみちるさんです』
『男でも女でもどっちでもいい、あなたが好きです!どうか私とフレンドになってください!!!』
ひょんなことから、ゲーム内で女性の友人が出来てしまった。
もちろん下心があって近づいたわけではないし、正直に性別を明かし距離は保とうとしたのだけれど、「男でも女でもいい」という言葉が傷ついた心に響いて、気付いたらうっかりフレンドを了承してしまっていた。
「あんな熱烈な告白をされて、頷かないなんて無理だって」
本当に素直で真っ直ぐな人だった。もしかしたらネットゲームの経験がほとんどないのかもしれない。だからこそ出会ったばかりの僕にあんなに無邪気に好意を向けてくれるんだろう。
……でも、心を許し過ぎたらまた痛い目に合うかもしれない。
満月のときみたいに。
あれだけみちるを持て囃してくれていても、それは優れた容姿に基づいて一定の好感度を得られているからであって、僕の過去……女のふりをファンを騙していた卑怯者であったことを知れば、流石に軽蔑するだろう。そして僕の本当の願いも、嘘だって思われるかも知れない。
それで彼女に嫌われることは仕方ないとしても、未だに満月に怒りを覚えて執拗に転生先を探している人たちに見つかり、みちるまで奪われたら今度はゲームをすること自体を嫌いになりそうだ。
だから、秘密にしなければ。
これは嘘じゃない。友達になったからって、何でもかんでも全てを打ち明けなければならないわけじゃないから。
だから当たり障りなく、彼女の理想のいい人を装おう。
そう考える僕は、やっぱり卑怯者なんだろう。
ーーーーーーーーーーーーー
『ところで、キタマリさんはゲーム内でのお洒落とか興味ありますか?』
フレンド交換をしてから数日後。いつまでも麻で作られた飾り気のない白いワンピースに革でできたポーチと、このゲームでの初期装備のままでゲームのプレイを進めるキタマリさんに、僕はそれとなく言及した。
出会ったときから気になっていたのだけれど、彼女はあまり装備についてこだわりがないようで、全く装備を変えるつもりがなさそうなのだ。アバターの出来がいいため服が似合っていないということはないが、せっかく可愛いのだから着飾ってもいいんじゃないかなぁ〜と、アバターを可愛くすることに心血注いでいる僕としては気になってしまう。
そんな僕に、キタマリさんは苦笑いを浮かべる。
『あはは、気になります?私も興味はなくはないんですけど、それより猫様のために時間も素材も使いたくて』
『そっか、キタマリさんは猫のためにこのゲームを始めたんですものね』
『そうなんです!昔から猫のいるアトリエに憧れてて』
装備の話から話題がそれ猫の話になると、キタマリさんは目を輝かせいつもより饒舌に自分の夢について語ってくれた。
『アトリエ、とういことは何か作るんですか?』
『あ、はい。私、絵なんか描いたりしちゃってて』
『へーすごい!』
『実は大学も美術系で』
『へー……美大生なんですね』
『一人暮らしでペットオッケーなアパートなんですけど、肝心の私が猫アレルギーで』
『アレルギーは流石にどうにもならないから辛いですね』
彼女の話しに相槌を打ちながら、思う。
『(この娘、個人情報の管理がガバガバだなぁ……)』
こんな正体不明のネカマに簡単に個人情報を与えたらダメだろう……。しかも、女の子の一人暮らしとか、外で話すのも気を使うようなセンシティブな話題だ。
というか、キタマリさんだけではなく、最近の若い子はすぐにSNSやチャットのID聞きたがるしオフ会に誘ってくるし、ちょっとネットの人との距離を近く捉えすぎてて怖い。満月のときも男だけでなく、女子高生や女子中学生からもそういったメッセージが絶えなかった。僕が子どもの頃は、SNSの見知らぬ人と会っちゃいけません!っていう教育が主流だったのに、随分と時代が変わったものだ。
僕には怖くて、そういうのは無理かな。
『(あっ…………、でもキタマリさんが絵描きさんというなら、ちょっと頼んでみたいことがあるな)』
満月時代にはいくらか絵師の知り合いがいたが、引退時にほとんどの人とお別れしてしまった。そのため趣味としての活動へのツテがなくなってしまって、丁度困っていたのだ。美大生ならある程度実力もあるだろうし、正式に依頼となれば彼女のお小遣いにもなるし、仕事の実績づくりになるかもしれない。
『美大生なら、もしかしてイラストの依頼とかやってますか?もし依頼出来るなら、アバターのテクスチャのお仕事依頼とかしたいです。予算は30万からでどうですか』
『えっ!?ちょっ、ちょっと待ってください!』
『あっ…………ごめんなさい。イラスト描くからってみんなが個人依を頼受け付けてるわけじゃないですよね。しかも、まだ出会って日の浅い人からなんて』
いけない。キタマリさんが絵師さんと聞いて、つい思考が前のめりになってしまったが、そもそもどういった美術を専攻しているかもまだ聞いてなかった。もしかしたらアナログ系で、デジタルは好きじゃない可能性もある。人のことをとやかく言っておいて、僕もぐいぐい行き過ぎた。反省。
『いや、依頼とかはまだ募集してないですけど、友達からのお願いは嬉しいです!でもただのアマチュア大学生に出す金額じゃないですよ!』
『え?依頼を受けて貰うならプロとかアマとか関係なくないですか?』
相応の仕事には相応の対価を払うのは当然だ。それに友情価格というならば、適正価格よりもさらに上乗せして然るべきだと僕は思う。
そう語る僕に、キタマリさんはちょっと引いているようだった。
『金の出し方がブルジョア過ぎますよ…………みちるさんって実は石油王だったりします?』
『石油王ではないですが、今のところお金には困ってないですね』
『くっ!そんなセリフ、人生で一度言ってみたい…………!』
結局、「そんな大金を貰えるほどの仕事は出来ない」と言われ、この話は一旦保留となった。しかしいつか絶対キタマリさんにお仕事をお願いしてやる、と僕はそう心に決めたのである。
次の更新予定
ネカマがバレて大炎上したので、バーチャルアイドルは引退して好きにやらせて貰います! @katawaraitako
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