第6話.勘違・天然
「ごめんなさい」と言う言葉を聞いて、私はその場で膝から崩れ落ちた。やっぱり私のようなモブは女神様の側にいてはいけないのだ。誰にでも渡される平等な愛に、不遜にも舞い上がって身の程知らずな願望を抱いてしまった。
恥ずかしい道化だ、私は……。
『えっ!?あの、大丈夫ですか』
『ごめんなさい大丈夫です。図々しくも女神にお友達になれると思っていた自分を恥じてるだけなので』
『め、女神……。えっと、その。フレンドになれないのはキタマリさんが悪いわけではなくてですね。ただ1つだけ、謝らないといけないことがあって』
倒れ伏す私にみちるさんが何かを言おうとしているけれど、心のダメージが大きすぎて虚無になった私は顔を上げる気力もなく、無礼にも地面を這ったまま続きを促す。
『なんですか?』
『申し訳ないんですが、僕の中身は女の子じゃないんです』
『……………えっ!?』
“女の子じゃない”ということはつまり…………男!?
その言葉に弾かれたように顔をあげ、よくよくみちるさんを確認すれば、確かに服装は女の子のように可愛らしいものだが、名前の横のカーソルは男性を示す青色だ。
ここで補足だが、イシュタルの休日はユーザー名を決めるときに自分の性別を“男性・女性・その他”から選択することが出来る。そして性別を選択後にキャラメイクに入るわけだが、別にユーザーの性別がキャラクラーに影響されることもなく、身体の性別を選択するということはない。キャラメイクはあくまでキャラメイクで、中性的な身体を好みで筋肉をつけたり胸を大きくしたり髪の長さを変えたりするだけのもの。
ユーザーの性別が選べるのはあくまで男女比のデータ集計のためで、知られたくなければその他を選べるし、非公開にも出来る。無論、ユーザーの性別が表示されていたとしても、それはあくまで自己選択によるものなので、男性自認の女性や男性自認の女性、異性に近づくために悪意を持って性別を明かしていない人の違いが区別できないのは旧来のゲーム通りだ。
私としてはこの仕様は、性別の概念が薄くていいな思っている。満月ちゃんのネカマ事件もそうだが、そもそもゲームの世界にまで男女の区別を持ってくるのがナンセンスだ。仮想現実でくらい、現実のしがらみを何もかも忘れて遊ばせてくれてもいいと思う。
そう、男性であることを明かしながら女の子のような恰好をしている彼のように。
『ご、ごめんなさい、服装と声で女の人だって決めつけて、性別アイコンまでよく見てなくて』
私は慌てて地面から飛び起き、みちるさんに頭を下げた。声が柔らかくて高めだから、すっかり女性なのだろうと決めつけていた。まさか男の娘だったなんて……。わざわざ性別を明かしてそういう格好を楽しんでいるのだから、もしかしたら彼の何かしらのプライドを傷つけてしまったかもしれない。
『いや、紛らわしい恰好をしている自覚はあるので』
彼女……いや、彼はそう言いながら黒いキュロットの裾をそっと撫でた。その姿も変わらず美しい。
『えっと、男の娘だったというのは分かりましたけど、どうしてフレンドになれないのか、聞いてもいいですか?』
男の娘であったことは私が勝手に女性と勘違いしていただけで、みちるさんが謝るべきことではない。そうなると、やっぱり私が振られた理由がわからなかった。
個人プレイが好きなら、わざわざ“同じ村に住む者同士よろしく!”なんて言わないだろうし、そもそも初対面のプレイヤーを助けにきたり、ましてや村まで送ったりしないだろう。
『(もしかして、彼女さんが女性プレイヤーと遊んでると怒るとか?)』
それならまぁ納得ができる。彼と交流した時間はまだほんの数分だが、話し方や喋り方から既にいい人なのが伝わってくる。恋人……いや、結婚していてもおかしくないだろう。
『(あんまりぐいぐい行くのもうざいとは思うけど、理由だけでも知りたい)』
断られてなおも引く気のない私に、みちるさんはすこし驚いた様子だったが、すぐに儚げな笑みを浮かべる。
『えっと、だから、同じ女の子ユーザーとして友達になりたいって言ってるなら、無理なんです。ごめんなさい』
『…………』
まるで大きな罪を犯してしまったかのようなその悲しげな顔を見て、こちらまで胸が締め付けられるような気持ちになった。全ては私が性別の確認もせず考え無しで提案したことで、彼は何も悪くないのに、どうしてそんな悲しい顔をするのだろう。
『(満月ちゃん……)』
私はなんとなく、目の前の彼と引退してしまったかつての推しVRアイドルのことを重ねてしまった。満月ちゃんも
、男でありながら女性の格好をしていて、そのせいで炎上してしまった。満月ちゃんは引退時に上げた動画で、「みんなを騙すつもりはなかった。満月は自分の理想の姿で、現実を忘れて自由に生きられる希望だった」と語った。
私だってそうだ。現実では猫アレルギーだから、その現実から抜け出すために仮想世界に逃げてきた。自分の理想を叶えるために。そんな私と彼らで、一体何が違うんだろう。
私はもう一度、目の前のみちるさんを観察する。その可憐な容姿は、一体どれだけ時間をかけてキャラメイクをしたのか想像もつかない。その容姿によく似合いう妖精を思わせるような衣装も、多分一生懸命素材を集めて作ったのだろう。それなのに、ただ中身が男というだけで見向きもされない。そんなの、悲しすぎる。
みちるさんは私を騙そうとしたわけでもなく、ただ好きな服を着ているだけだ。そのことが罪になるのだというのなら、キャラメイクで理想の自分を作ることそのものが罪にならなければ可笑しい。
私は、みちるさんを信じる。もしこの美しい物憂げな表情が全て演技で、本当はナンパ目的だとしたら、私は喜んで手のひらで踊る道化になろう。
そんな決意が、私の背を押した。
『性別なんて関係ないです』
『え?』
『私がフレンドになりたいのは女の子のみちるさんでも男のみちるさんでもなく、私に親切にしてくれたみちるさんです』
私は、戸惑うみちるさんにもう一度フレンド申請を送る。これで断られたら今度こそ潔く身を引こう。だけど彼の諦める理由が性別なら、私は解決できると信じている。
『男でも女でもどっちでもいい、あなたが好きです!どうか私とフレンドになってください!!!』
私は頭はビシッと90度以上下げ、手を彼の前に差し出して、心の中で祈る。
もう一度だけ、チャンスが欲しい。男も女も関係ない、ただ同じ世界を生きる同士として、みちるさんと友人になれるチャンスが!
『僕が、男でも女でもいい…………?』
『はい!むしろ、可愛いのに格好いいし優しいし、嫌いになる要素がないというか』
どちらかというと、みちるさんがこんなに自分に自信のないことのほうが問題だ。だってかわいくて強くてかっこいいなんて、そんなの美味しいとこ全部のせハッピー御膳じゃないか。友達になりたいに決まってる。
私の嘘偽りがない曇りなき眼を見て、みちるさんの瞳が大きく揺れる。
『で、でも、気持ち悪いでしょ?』
『まさか!むしろ願ったり叶ったり?役得?ってやつです!……それとも、私が女だからフレンドになれませんか?』
『そんなこと……!』
彼がふるふると首を大きく横に振る。
もちろんそうだろう。性別でフレンドを嫌がるなんて、そんなこと思うわけがない。だってそれを一番嫌がってるのが、みちるさん自身なんだから。
『私も同じ気持ちですよ、みちるさん』
『同じ……』
私の言葉にみちるさんは俯き、舌の上で私の言った
言葉を何度も転がしている。
『…………そっか。うん………………、僕でよければ、
喜んで』
そして自分のなかで何かしら折り合いをつけたらしく、今度こそ私のフレンド申請を承諾してくれた。
『これからよろしくね、キタマリさん』
『や、やった〜〜〜!よろしくお願いします、みちるさん!!!』
私は嬉しくて飛び跳ねながら差し出された手をぎゅっと握った。それをはにかみながら受け入れるみちるさんの笑顔は、やっぱり男女関係なく儚く優しい素敵なものだった。
『ところで、みちるさんはどうしてこのゲームを始めようと思ったんですか?』
一通り握手を交わした後、私はみちるさんにそんな質問をした。私がこのゲームを始めたのは猫のためだということは話したが、みちるさんの理由はまだ聞いてなかったのだ。
『あぁ、僕は可愛いアバターに可愛い服を着せたくて』
『へ〜〜〜!みちるさんの熱意と愛情がたくさん込められてるから、こんなに可愛いんですね!』
『ふふ、ありがとう』
『でも、それなら男だって明言しないほうがいいんじゃないですか?やっぱり中身が男だってだけで嫌な顔をする人はいますし』
『確かに非公開にも出来るけど、でもそうしていると周りを勘違いせちゃって、あとで嫌な気持ちにしちゃうから。だからはじめからちゃんと言っておかないと、ね』
みちるさんの言葉には重みがあった。きっと今までこのことで苦労してきたんだろう。確かにこんな可憐な女性プレイヤーがいたら仮想でも関係なく付き合いたいと思うだろうし、だからこそ勘違いしていざ実際の性別を知ったときに「揶揄われた!」と怒らせてしまうかもしれない。
あくまでただの世間話のつもりだったのだが、みちるさんにまた悲しい顔をさせてしまった。彼女の物憂げな表情は美しいが、私は笑っているときのみちるさんの表情のほうが好きだ。
だから私はなんとか必死に彼を励ます。
『大丈夫です!みちるさんはアバターだけじゃなくて、行動も可憐で穏やかでしっかりしてて、一緒にいて楽しいです!上辺だけじゃない、ひと粒で二度美味しいってやつですよ!』
『はは、そんなこというのはキタマリさんだけだと思うけど、嬉しいです』
『なら、私が何度だって言います!みちるさんはかっこかわいくて最強だって!』
『うん、ありがとう』
あんまり信じていなさそうなみちるさんに、私はもどかしくなる。でも、まだ関係の薄い私がいくら「貴方は素敵だ」と言っても、彼の傷ついた心には響きはしないことは理解できる。
『私がいっぱい甘やかしてあげないと………』
『?』
そしていつか、アバターが可愛いからではなく、彼自分の魅力で愛されるのだと、心の底から笑って言えるようにするんだ。
私は心の中でこっそりと、新たにそんな計画を立てたのであった。
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