第5話 推しに虹を
【ーーー!ーーーー!ーーーーーーー♪】
僕は足を崩して推しの姿を眺めていた。
彼女の声は聞こえないが、振り付けから察するに十八番の曲「推す!とってもここday」を歌っていることは間違いない。
「ここちゃん最高~!ふぅー!!」
僕しかいないバーチャル空間の特権をいいことに、人目をはばからず彼女を堪能していた。
軽快なステップを踏みながら、最後に決めピースをする彼女。その瞬間、僕は思わず拍手を送った。空を見上げると、虹がかかっていた。
「ホコ、思ったんだけどさーー」
文字の歓声が鳴りやまない中、ツバサが口を挟んできた。
「君もスーパーチャットを送ってみたらどうだい?」
スーパーチャット、通称スパチャ。推しに直接的に気持ちを伝える有効な手段だ。
……だが僕は、この機能を説明するとき、つい曖昧な表現をしてしまう。無駄な論争を避けたいのだ。リアルに言えば、コメントと一緒にお金を送れる機能で、金額が大きいほど目立つ表示や特典が付く。
「送るったって、どうやるんだよ」
「コメント欄に君の顔を突っ込むんだよ。それも顔を真っ赤に腫らして。印象的な赤スパだろ?」
ツバサめ……すっかりリスナーらしいプロレスができるようになったじゃないか。内心、喜んでしまう。だが、少々過激だな、もう少しマイルドの方がここちゃんリスナー感がある。
「からかうな。それで、どうやるんだ?」
「ごめんごめん。簡単だよ。私が君の代わりに送るのさ」
僕は指を鳴らし、ツバサに「いいね」と返した。実に簡単な方法だ。
「……ただし、それじゃ駄目だ。ツバサの気持ちは嬉しいけど、それは自分の推しのために使ってくれ」
ダンディな台詞が自分でも誇らしかった。
「ホコ……何を当たり前のことを言ってるんだ?私のお金で君のコメントを届けるわけないじゃないか」
こいつ……それが仮にも寝たきりの幼馴染に言う台詞か?地味に傷ついたぞ。
「実はね、車に轢かれて寝たきりの君から、こっそりパソコンを拝借してきたんだ。奇跡的に事故から免れていてね、研究の足しになるだろうと持ってきた。推し活に勤しんでいた君のことだ、スパチャ用のお金くらいは残してあるんだろう?」
「ああ、いつでも最上位の色を一回は付けられるように手配してある。抜かりないよ」
「だろうと思ったよ。さて、それじゃあコメントを考えておきな。私は配信に入る準備をしてくる」
僕は様々な言葉を考えた。考えれば考えるほど言葉がまとまらない。
だって、こうしてコメントを考えられることに感動し、また推しを応援できる喜びで胸がいっぱいになったからだ。
だが、ツバサの通信が再開すると、話は思わぬ方向へ進んだ。
「ホコ、君のアカウントではコメントができない」
僕は血相を変えてモニターに詰め寄った。
「どういうことだ?アカウントが凍結されたのか?」
ツバサはため息をつきながら言った。
「いや、アカウントは問題なく機能してる。でもね……君、ネットリテラシーがなさすぎるよ。それとも、推しへの愛が暴走した結果なのかな?」
僕は記憶を辿り、ひとつ心当たりを思い出した。
「あ……ごめん、それは……その通りです。呼ばれたかったんだ、ここちゃんに……」
ツバサに泣きながら懇願するのは、20歳の男としてどうかと思ったが、仕方ない。
「頼むよツバサ……一回でいいから僕のスパチャを送ってくれないか?」
「ホコ……まったく、ほとほとあきれるね。でもまあ、お節介を焼いたのは私だ。私のアカウントなら普通のコメントくらい許可してあげるよ」
幼馴染の最大限の譲歩に、僕は両手を合わせて拝んだ。
「ん?ホコ、何か重大発表があるみたいだよ」
僕は配信画面に目を戻した。ここちゃんは胸に手を当て、笑顔で何かを語りかけている。
コメント欄に飛び交う単語を追い、僕は呟いた。
「新曲……」
「……そうみたいだね。来月にはリリースされるらしいよ」
僕にはその歌は聞こえないかもしれない。その考えに、一人ぼっちのような寂しさを覚えた。
「ホコ、考え直したんだけど、スパチャを送るかい?」
「……いや、大丈夫。今日はツバサのアカウントで送ってほしい。それでいい?」
「もちろん。私たちの仲だろ?」
僕はツバサに想いを託し、空を見上げた。
(ここちゃん。僕はこれからも応援するよ。たくさんのもを残していく君の活動を)
画面に表示されたコメントに、僕は目を細めた。
[これからも応援します!]
槍を握りしめた手に、これから先の彼女を守る決意を込めた。
しかし、この槍を振るうのが、次の配信で最後になることを、僕はまだ知らなかった。
転生してプログラムになっても、推しの活動は応援したい ドンカラス @hakumokuren0125
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