第32話
夕食は住み込みで働いている船員さんと一緒に食べるみたいで、物凄い量のおかずがテーブルに並ぶ。
先輩もそちらの支度に忙しそうだった。
来る人来る人俺を見ては不思議な顔をする。
そのたびに軽く自己紹介をしていた。
「うまい・・・。あ、美味しいです」
「うふふ、そう?よかった」
胃袋をつかむとかよく言うけど、俺は一瞬で虜になった。
手が込んだ根菜類の煮物料理や新鮮な魚の刺身に酢の効いたきゅうりと玉ねぎの和え物。
中でもカレイのから揚げが信じられないくらい美味い。
「どっちがうまい?」
一口ずつ味わいながら食べている横で、先輩の兄貴が軽く聞いてくる。
げ・・・・刺身を醤油マヨで食ってるよ。
周りも割と同じ風に食べてるな。
なんかもったいない気がするのは俺だけか?
「なあどっち?」
「どっち・・・とは?」
「だから自分ちとうちの、どっちがうまいかって聞いてんの」
聞き方が気になるが、そういうことか。
そんなことであれば断然ここの家だ。
俺は、あの家であまりまともなものを作って食べさせてくれた覚えがないからな。
「そんなの、自分の家のごはんに決まっているじゃないの」
お母さんがそう言ってくれるけど、残念ながらそうじゃない。
「いま、俺以外の家族は旭川のほうに行ってて、一人暮らしなんです。だからいつも簡単なものしか食べていなくて―――」
そう言うと皆驚いた顔をしていた。
「タケちゃんは今年受験でしょ?どうしてそんな大事な時期に――――」
その先は言わなかった。俺に悪いと思ったんだろう。
「受験はしないつもりですが、ここで働くために一つ国家資格を取りたいと考えています」
「まぁ、それならなおさら食事面に気を使ってあげないと、取れるものも取れないわね!」
その勢いで暴走し始めた先輩のお母さんは、夏休みに先輩の家で寝泊まりしながらバイトと勉強をしなさいという話になった。
それからご飯を頂いてバスに乗って帰るという頃になって、バス停まで修二さんが送ってくれた。
「すみません、なんか変な方向に話が進んでしまって」
「いい。うちのおっ母は言い出したら聞かないから。おまえば気に入ったんだべ」
ちょっと吹き出しそうになった。
夫婦二人して同じことを言っている。
「夏休み始まったら荷物まとめてこい。ちょうど若いやつの部屋一つ空いてっから」
「はい、お世話になります」
「ん」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
長い沈黙。
先輩の家からバス停まで結構あるんだよな。
「いつも悪いな」
「何がですか?」
「いつも連れ出してくれてるだろ」
「まあ、そうですね。僕の我儘に付き合ってもらってる感じですが」
「・・・・・・・」
また沈黙だ。
でも、さっきのような重い雰囲気はない。
心地いいとも言えないけど。
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