つま先立ちで見た景色
木曜日御前
いつか出来ると思ってた
かかとは、誰よりも高く。
足の指は、地面に突き刺さるように。
甲は、弓のように突き出す。
たとえ、ふくらはぎが痛くても。
たとえ、足の裏が攣っても。
たとえ、足先を誰かに踏まれても。
代わり映えのない電車の中、つり革に捕まって、いつものようにつま先立ちをする。
言われたものは、美しいつま先立ちの条件だそうだ。
『バランスが悪いよね、本当に』
チアダンスのコーチに言われた指摘は、ぐさりと心に刺さって今も抜けそうにない。
仲良くなった部活仲間と、ラインダンス。私だけが高さを維持できず、頭を抱えたコーチに言われた。
ジャズウォーク、ピッケ、ターン。
他にも要領よくこなせず、叱責されることもあった。
皆は上手くなっているのに、私だけが一向に初心者のままだ。
がたんごとんと、不安定に不規則に揺れる電車。最初に比べ、足首を捻らなくなってきたが、積み重なったふくらはぎの疲れは今も感じる。
今もふとした瞬間、かかとが地面へと降りていく。
『貴方のために言うけど、忍耐力はつけた方が良いわ』
ジャズダンスの先生に吐かれた言葉に、私はただ項垂れる。
今日も行けなかった、先週も行けなかった。
コンテストなんて興味ない、発表会になんで出なければいけない。
練習に行きたくない、電車に乗りたくない、バスに乗りたくない、行きたくない。
部活でも駄目だった私に、母親が「これならできるかも」と、願ってるのがわかるから。気を抜いたせいで、足の裏がつり、指から力が抜けてぐらりと傾く。
『お前ってさ、集中力なさすぎじゃね』
よさこいサークルにいた好きな人の酔った一撃に、私はへらへらと謝ることしかできない。
何かしら本番でミスする。なぜ、ミスするのかわからない。練習なら踊れるのに、本番はなんで、どうして、一度も成功しない。
誰よりも好きな人が考えた世界で、衣装で、振り付けで。どうせ、実らないならこれだけでも。
間違えたくないのに。
踊っても、踊っても、だれよりも踊っても。
私より練習してない人のが、完璧で。
私は常に不完全。
自問自答しても、わからない。
けど、他人から見た結論は、それなのだろう。
気付けば、突きだそうとしていた甲すらも、ゆるやかに引っ込む。
運が悪く、アナウンスと共に扉から入ってきた乗客に押し流された。
どんっ。
無機質なプラスチックのような、弾力のあるゴムのような床材の感触は、この重い身体を受け止めてくれるようだ。
ああ、今日もまた、目的地に着く前だった。
若かりし自分がつま先立ちで見てた視界とは、一段低い世界。
踊ることをやめて、何年経っただろう。
十年は経ってしまったような気もする。
楽しさに憧れて、頭の上の星だけを見て、自分の足下が見えてなかった日々。
楽しかったが、もう、戻りたくはない、
筋肉痛は辛いし、関節だって若くはない、なにより怪我をしたくない。
それに、今は自分に合った地に足踏みしめて歩く方が、向いているのが分かっているから。
つま先立ちで見た景色は、もう——。
おわり
つま先立ちで見た景色 木曜日御前 @narehatedeath888
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