第3話

やがてチャイムが鳴った。掃除時間が終わり、放課後の始まりの合図と共に、サッカーも終わったようだった。

 怠惰たいだな空気は一瞬にして解放され、わたしはほっと息をつく。


「あれ?」


 教壇に立ったまま、今日の日直が置きっぱなしにしていた日誌を書いていると、後ろ側のドアから声がした。

 河口君だった。制服のままサッカーをしたからか、ブレザーを脱いでいる。白いシャツが眩しい。


「今日の日直って、オレだったよな?」


 視線を向けられてどきりとした。

 真面目だねって、よく言われる。それは決して誉め言葉ではなくて、時には苦笑交じりに、時には迷惑そうに、わたしという人間が他人の物差しに当てはめられていく。

 河口君の顔を見るのが怖くてうつむいていると、


「ありがとな」


 想像とは違う声色が降ってきて、顔をあげるときまり悪そうな表情に出会った。


「オレ、全然真面目じゃないからさ。日直も忘れちまうし、掃除もすぐにサボっちまうし。いつもおまえがやってくれてるの、知ってるよ。だから、」


 ありがとう。


 他の男の子達に向けるものと同じ笑顔で、軽やかに手を振って教室を出ていった河口君の言葉が、じんわりとわたしを作り替えていく。

 真面目であるわたしは、教室にうまく溶け込めず、クラスメイトに馴染めなず、教室の片隅に寄せられた塵屑のように過ごしていた。

 だけど、見てくれている人がいた。褒めてくれる人がいた。物差しを向けていたのはわたし自身だったのかもしれない。

 ざっと風の音が響いたことで、教室後方の窓が開いていた事に気付く。風を受けた青色のカーテンが、掃除したばかりの床に淡い影を作っていた。

 わたしは日誌を棚に片付けて、教室を出る。

 大きな窓から差し込む放課後の日差しが、廊下に浮かんだミクロサイズの塵屑たちを輝かせている。




fin.

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わたしは塵屑 宮内ぱむ @pum-carriage

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