第2話 休みたかった休日。

ーーーー2036年 6月18日 am 7:30 東京都 千代田区 サイリスフィールホテル。


結局あまり眠れなかったが、幸いな事に出張に来て早々ながら、今日、明日は休日のため、朝刊を読みながらホテルのルームサービスをゆっくりと味わっていた。


「わぁお、すごいね。日本人選手は...」


新聞の表紙にデカデカと掲載されている記事は、メジャーリーグで活躍している日本人投手が先日の試合で完全試合をしたという記事だった。


『ーー・・ロサンジェルス・ドジャース所属の笹木浩介選手は、先日オリエンタル・テキサス戦で完全試合を記録し、日本人で二人目の快挙となりました。』


そして、流れているテレビの同様の内容を扱っており、やはり日本人の世界におけるスポーツの活躍は目を見張るものがあった。


『ーー・・先週から秋葉原にオープンした。ザッハ秋葉原では、100種類のスイーツが楽しめ、特に、注文を受けてから調理するパンケーキが一番人気です。』


また、新聞を眺めながらテレビのニュースを聞いて追っていると、聞き捨てならない情報が入ってきた。


「パンケーキ....」


小さい頃、お婆ちゃんに作ってもらってから今も今まで、パンケーキに目がない彼は朝食を早急に食べ終え、シャワーを浴びて身支度をして、すぐさま現場へと向かった。


幸いな事にホテルから近かった事もあり、すぐにお店に到着することができた。


「ーー・・開店前なのに、いるもんだな。」


休日ということもあってか開店30分前でも10人程並んでおり、その殆どがカップルか女性で、もちろん男性は自分だけであった。


「....あ。」


若干の居ずらさを覚えながら、スマホゲームでもしようかと思ったが、まんまとホテルに置いてきてしまっていた。


「....ふぅ。」


急ぐ必要などなかったはずなのに、昨日の訃報を聞いてしまっていたせいか、どこか気を紛らわすのに夢中になっていたのだと妙に納得した。


「.....」


意識のやり場に困った僕は、ふと街行く人達をぼんやりと眺めていた。


サラリーマンらしき人は忙しなく早歩きで右から左へ通り過ぎていき、恐らく日本のロボットアニメが好きであろう観光客らしき人は、駅前にあるロボットの模型を少年のような目で眺めていた。

そして、メイド服を着た女性が店先に看板を出し、掃除をしていたりもしていた。


日本を旅行したVlogから得た知識ではないが、秋葉原というとオタクの聖地で有名で、一時期オフィス街になってしまったが、リモートワークや長年の円安の影響もあってか、政府や自治体は日本のアニメや漫画などのコンテンツ産業に大規模な財源を割いた事で、アニメファンにとっては抜群の観光地となった。


そのせいもあってか、そう言えばと聞こえてくる言語の殆どは外国語が混ざっており、働いている従業員は日本人だと思うが、そのサービスを受ける人は観光客が多いのは明らかだった。


ホワイトワーカーは確かに少なくなったが、対面のサービス業は依然として活発なら、人口減少も相まってか丁度良い具合にホワイトワーカーの失業が相殺されているのか...


....いや、だとしたら


『ーー・・只今から開店いたします。順次ご案内するので、1組ずつお入り下さい。』


何かわかりそうになったところで、店員らしき女性が扉を開き流暢な英語で開店の知らせを号令され、並んでいた人は吸い込まれるように店内へと誘われていた。


「....ふぅ、食べた食べた。」


パンケーキの量は基本一人客を想定しておらず、グループ客の量が提供されたが、図らずとも朝食を少なめにしていたため、なんとか食べ切ることができた。


そして、ふくれた腹を凹ますためにも、皇居の周りを一周する事にし、スマホはなくとも標識を辿っていき、すぐに辿り着くことが出来た。


ランナーたちを見送りながら、回っていると途中東京国立美術館を通ったが、芸術的なセンスに疎い自分はスルーした。


「・・あ、まさか...ははっ、今更わかるなんてな...」


そして、芸術的センスのなさが宇宙飛行士の最終試験で落ちた要因なのかなと、嫌に思い出すと同時に納得してしまい、かなり勿体ぶって訳がわかるというのは、なんとも難儀なものだと今更ながら思った。


そうして、ついでに東京タワーを観光したところで、腹の虫が鳴り始めた。


「あ、確かこの辺か....」


そう言えばと、一番初めにインタビューした女性の弁当屋がこの近くでやっているそうなので、早速行ってみる事にした。


どこも真新しいマンションが立ち並んでおり、本当にこんなところにあるのかと心配になりながら向かっていると、頑強なマンションの間に挟まっているように昨夜検索にかけた時にヒットした写真まんまの弁当屋が目に入った。


「あれ、やってるのかな...」


昼時を少し過ぎてしまったためか、ショーケースには殆ど商品が残っておらず、店主も店先にはいなかったが、一応声をかけてみた。


「..ごめん下さーい」


すると、ピーク時を超えて小休憩していたであろう、エプロンに三角巾を身に纏った昨日の女性がカウンターに現れた。


「はーい....え、」


「あ、どうもこんにちわ。昨日ぶりですね。」


彼女は最後通告でもされたかのように固まっており、日本人特有のマナーに反してしまったのか、流石にいきなり来てしまったのは不味かったかなと、申し訳なく腰を低くして挨拶をした。


「...私...何かしましたか?」


言葉に詰まりながらも、彼女は何か失礼があったのかと目を泳がせていた。


「?...いえ、たまたま通りかかったので、良ければ賞味したいと思いまして」


昨日のインタビューを受けた以外に、彼女と関わってないよな?と記憶を思い巡らせても、やはり無いと結論付けた彼は、素直に答えた。


「あ、あぁ....そうだったのね。一番人気はないけど、好きなの持っていきな!」


「え、いや、それは...悪いですよ。」


彼への警戒を解いた彼女は、溌剌な主婦らしい振る舞いで太っ腹な事を言ったが、流石にそれは悪いと彼はお金を払おうとした。


「いいのよ。若いんだから、食べて体力つけないと!・・ーー」


しかし、結局、彼女のお母さん気質に押し切られ、どうせ廃棄になるからと袋いっぱいにサンドイッチや、残った弁当に、よく冷えたペットボトルのお茶まで頂いてしまった。


初めは申し訳なさが胸に残っていたが、今日の天気は、年中曇りか雨のイギリスではあり得ないような天覧快晴のせいか、彼女の気分の良い思いやりの方が心に響き、早速、近くの公園で彼女の御好意を素直に受け取る事にした。


「ーー・・ふぅ....」


芝生に座ると湿度は少し高くとも、気持ちの良い浜風も流れているせいか、程よい心地良さを感じ、気づけばそのまま仰向けになっていた。


「....っと、いかんいかん。....ぷはっ...」


目を瞑り、頬を伝う風に意識を乗せかけたところで、我に返り体を起き上がらせ、まだ冷えているお茶を飲んだ。

久しく飲んでいなかったお茶は、気づけば結構歩いて汗をかいていた体に優しく染み渡った。


そして、早速、容器いっぱいに詰め込まれている唐揚げ弁当を開けると、鼻腔に香ばしい揚げ物の匂いが通過した。


「....うん。うまい。」


油で揚げたものは何でもうまいのは万国共通で、お日様の下でそれも清潔でゴミひとつ落ちていない芝生の上で、食べられているというのは代え難い至福だった。


「パパーっ!」


「ははっ!捕まえたっ」


休日ということもあってか子供連れで芝生を駆け回っていたり、日陰のベンチで談笑しているカップル、そして、精強にランニングをしているランナーと、絵に描いたような理想的な社会が目の前に広がっていた。


あろうことか、年中ネタを探している我が社はこの平和で自由な国で発生した、何でもないイタズラ動画の真相を調べるために、まぁ、視察のついでかもしれないが、わざわざ出張に出向かせたというのは、やはり釈然としなかった。


「まぁ、確か大分前に、フォーチャンネルで発祥した陰謀論のコンテンツって、取材は断られたんだけっか....お、サンドイッチもうまいな」


そういえば、前にもこう言った掲示板発祥の陰謀論チックな話題が掲示板に載せられ、掲示板の創設者に取材を断られた話を先輩から聞いたのを思い出していると、ハムとチーズが挟まれたシンプルながら、素朴な旨さのサンドイッチに流されそうになった。


「....異動届、出してみようか...」


『ーー・・ロイが死んだ。』


『ーー・・....お前も気をつけろよ。』


あまりの居心地の良さに、前々から考えていた日本支社への異動を決めようとしたその時。昨夜のことがフラッシュバックした。


「....調べてみるか。」


この時、そう思い立ってしまった時点で、無事に出張を終える事などありえもしなかった。


その後、木陰でピクニックをしていた高校生らしき人たちに、残っていた弁当やサンドイッチを渡した後、お礼を言いに弁当屋に戻ると、皇居で走っていたような格好の男が、弁当屋の彼女と何やら話し込んでいた。


反射的に建物の角に隠れると、彼女らの話している声はこちらまで聞こえてきた。


「.....何か話したのか?」


「いえっ、お弁当を渡しただけです...」


「....本当にそれだけか?」


男は一拍置いて、先よりも低い声で問答を繰り返した。


「え、えぇ....」


彼女は不安そうな様子で、言葉を詰まらせていた。


「....あの、大丈夫ですか?」


「ちっ....」


(ん...舌打ち?)


何か揉めているそうであったため、仲裁に入りに行くと、こちらに気づいた男は舌打ちをして通りの方へと颯爽と姿を消してしまった。


「....あの、大丈夫ですか?」


「え、ぁ、はい。」


「あの、そろそろ閉めるので、それでは...」


「あ....」


感謝の言葉を言おうとしたところで、逃げるようにシャッターが閉められてしまった。


「....何なんだ、一体。」


出張の口実でもある海外の掲示板に掲載されたとある動画。出張前任者の突然の死亡。同僚からの忠告。インタビューした弁当屋の彼女への違和感。一体、何が起きているのか、記者として彼は調べずにいられなかった。


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