東京カルテル

wakaba1890

第1話 なんでもない東京出張。


2036年 6月19日 pm 7:39 都内某所。


「ーー・・はっ...はっ..はっ...」


激しい雨に打たれながら、とある男が路地裏を活歩していた。


「嘿!不要错过! !(おいっ!そいつを逃すなっ!!)」


「我不在乎!射击(構わねぇ!撃っちまえ)」


「うっ..そっ...だろっ!!」


耳元の寸前に鉛玉が掠り、キーンと無機質な耳鳴りが纏わりつくが今はただ逃げることに必死だった。


「呵呵……我已经逃不掉了。(へへ...もう逃げれねぇぞ。)」


「くそっ!くそっ..」


いつの間にか一本道に誘い込まれてしまい、まんまと挟み撃ちにされてしまった男はジリジリと距離を詰められる中、男はここまでに至った経緯を走馬灯のように振り返っていた。


(なんで、なんで僕がこんな目に....)





ーーーーー2036年 6月17日 am 5:30 イギリス・ロンドン。


「ーー・・日本は久しぶりだなぁ」


「賢一さん....本当に大丈夫なの?」


いつものように海外出張の際は、何かと心配症な妻は今回の日本出張でも同じ様子だった。


「?...ははっ、大丈夫さ。小さい時だけど、日本には何度も行ってるからね。」


「でも、あの動画が本当だったら....それにまだ宇美も小さいから、万が一があったら...」


彼女は今回の日本出張へと至った経緯の一つでもある、とある動画のせいで余計に心配していたようだった。


「あー...あれは只のフェイク動画だよ、ちゃんとBBC日本支社の鑑識にも通ったからほぼ間違いなくね。」


「....うん。とにかく、ちゃんと帰ってきてね。」


「あぁ、行ってくる。・・ーーー」




そう、この時、僕は無理にでも辞退すればよかった、いやすべきだった。


本当に後悔先立たずとはよく言ったものだ。


そううして、私はその日にロンドンを発つと飛行技術の発達のお陰か、幼い頃の記憶よりも早く日本に到着し、時刻は深夜の11時を回っていた。


飛行機から降りると、日本の世界的なゲームのキャラクターが描かれた壁面に迎えられ、立体ホログラムで映し出された黄色いネズミのキャラクターが平面エスカレーターと並走しており、手を伸ばせば触れられてしまう程リアルで精巧なホログラムで、やはり、訪れた人を退屈させない日本のおもてなしは目を見張るものが多かった。


「ーー・・うわぁお...」


そして、殆ど自動化された保安所を通過し搭乗口を出ると、目に入るもの全てが新しく思わず大人気なく声が出てしまった。


ガラス張りの天井には、ホログラムの天翔る龍が舞っておりその龍の頭上に誰もが知るアニメの主人公が乗っていた。

そして、それに相対するするように世界的な忍者アニメの主人公や、海賊アニメの主人公が乱立し動いており、まさに僕が一番好きな週刊雑誌のオールスターであった。


「....失礼ですが何かお困り事ですか?」


しばらく天井に映し出された日本アニメの結晶を眺めていると、空港の職員の方が英語で話しかけてきた。


「あ、いえ、大丈夫です。すみません」


「そうでしたか、失礼しました。」


本当にただ感動していただけであったため、そう答えると、職員の方は笑顔で短くそう言ってどこかへ行った。


「....まぁ、気のせいか」


遠くなっていく先の職員を妙に目で追ってしまっていたが、それはともかくとして、ふと空港内の風景を見渡すと売店の店員から、搭乗員の受付の方まで接客の丁寧さは素晴しく、どこも円滑に回っているように見えた。


「やっぱり、変わってないな...」


彼はそう呟きタクシーの方へと向かっている最中、小さい頃の日本での思い出を思い起こしていた。


確か、あれは10歳になったくらいの頃、羽田空港での待ち時間を潰すために、買ってもらった携帯ゲーム機に夢中になってたせいで迷子になった時だった。


「ーー・・どうしよう....どこ行ったんだろ...」


「どうしたの?迷子?・・」


一人で不安で仕方ない中、一人で来た道を行ったり来たりしていたところで通りかかった優しいパイロットの方が帽子を被せてくれ、それだけで強くなった気がして、それまでの不安が嘘のようだった。


その時、なんだか日本人の粋さを感じたというか、とにかくそういった日本のおもてなし的な文化は変わらず介在しており、来て早々心地よさを感じていた。


そうして、既に予定通りに到着していたタクシーに乗り込み、滞在先のホテルへと向かった。

その道中、先鋭的な高層ビルが立ち並ぶ夜のTOKYOには無数のネオン看板が光り、実体がすぐそこにいるようなホログラムの先進的な広告が空中に映し出されており、ここでも退屈することはなかった。


また、高速道路が何層にも重なり数年前に自動運転が本格導入されたことで、TOKYOの複雑な交通網は最適化されており、積年の課題であった都市渋滞などは大昔の話になっており、欧米経済が鈍化する中、とある起点を境に、ここ10年余りで淡々と最適化され続けてきた高度な社会システムを通じて、日本経済が一人勝ちしている理由が直感的にわかった気がした。


そうしているうちに、一時間もたたずしてホテルの到着した。


「ーー・・わぁお....日本支社は羽振りがいいね...」


ホテルのロビーは言わずもがな、用意されたホテルの客室は豪華さが全面に出されているわけではないが、和テイストの侘び寂びを感じ、それもあってか全体的に落ち着いた色合いで間接照明の照り具合も最適、まさに最高の睡眠を摂って明日に備えるには最高の環境であった。


なのだが、ベッドの目の前には50インチは有りそうなテレビには最新のゲーム機が付属しており、明日のため今日は早く寝ないといけないのはわかってはいるが、少しだけと年甲斐もなく遊びかけたが、ギリギリで踏みとどまった。


そして、誘惑はそれに止まらず、冷蔵庫に入っているお酒や飲み物は全て無料で、久しぶりの日本原産の日本酒もちらついたが、今日は檜の香る浴槽を傍目に軽くシャワーを浴びて、大人しく寝ることにした。




ーーーー2036年 6月18日 am 7:30 東京都 千代田区 サイリスフィールホテル。



有り得ない程ふかふかのベッドで熟睡できた、僕は7時に自然と起床し昨夜入り損ねた檜風呂に浸っていた。


「ーー・・ふぅ....極楽..極楽...」


携帯を見る余地すらないくらい今が心地良く、結局30分ほど長風呂してしまった。


そして、湯から上がる頃には丁度ホテルのルームサービスが到着し、和テイストの朝食を食べながらテレビをつけぼんやりと見ていると、朝の番組らしい天気の話や、グルメの話、そして控えめな政治の話とどのチャンネルも同じような内容を扱っていた。


「ーー・・台風11号は沖縄付近で勢いを失い、ゆっくりと九州へ移動しています。」


「ーー・・蒸し暑い夏目前!軽井沢日帰りグルメツアー!調べてみたら!」


『ーー・・今年度の都知事選は、今年で過去最高の20年目を迎えた大池都知事(81)の出馬が濃厚となっており、既に都知事選の候補者数は40を上回っており、こちらも過去最高となっています。それでは次のニュースです。西原さん!あくもじろうー!」


「ぶぐっ....はぁ...なんだ、あのキャラクターは...」


久しぶりの味噌汁を堪能しながら、ニュースに準じていると、アヒルなのか鳥なのか訳のわからない着ぐるみを着たキャラクターが映り、思わず吹き出しそうになった。


「やば、もうこんな時間かっ!」


そして、まったりしすぎたせいで出発時刻10分前を過ぎており、急いで身支度をしてBBC日本支社へと向かった。


「・・ようこそ、綾賢一様。私は経済支部長の篠塚 毅と申します。よろしくお願いします。」


「あ、はい。よろしくお願い致します。」


タクシーから降りると、すぐに支社の方に迎えられ日本特有の作法であろう名刺交換を済ませ建物の中へと入っていった。


「長旅ご苦労様でした。昨日はよく眠れましたか?」


「はい、お陰様で....」


おそらく視察も兼ねた出張であろう事は伝わっているらしく、そのせいもあって普段よりも高待遇であったと推察できた。


また、篠塚さんの世間話を聞きながらオフィスに視線を配ると、支社内のオフィスは特に本社と変わった様子はなく、皆黙々と仕事を進め、そして何より皆デスク場が綺麗に整頓されている点がまさに勤勉な日本人の気質を如実に表していると感心していると、エレベーターの前へと到着した。


「....支社長が28階でお待ちしてます。」


「はい。わかりました。」


篠塚さんはエレベーターのドアが閉まる寸前まで、僕を笑顔で見送ってくれていた。


(....うん、帰ったら日本支社に転属願いを書こう)


イギリス本社での仕事も悪くはないが、イギリス人特有の皮肉めいたジョークやグレーな発言はゼロではなく、やはり前々から考えていた日本への転属を展望していると間もなく、最上階に到着した音が鳴り響いた。


エレベーターの先には秘書らしき人がこちらにお辞儀をして、社長室の扉の前に待っていた。


「お待ちしておりました。綾 賢一様。私は支社長の秘書をしております。竹下 詩乃と申します。早速ですが、支社長が中でお待ちしてます。」


「....は、はい。」


日本の映画やドラマなどの女優さんを取材したことがあるが、目の前の彼女はその彼女たちと引けを取らない程の美人でスタイル、声、顔とどこを切り取っても文句のつけようがなく、妻帯者にも関わらず、若き頃の綺麗な女性を前にした緊張を覚えていた。


「ふふっ、社長。綾様が到着いたしました。」


その反応がわかりやすかったのか、彼女は軽く微笑み扉を開けた。


「...遠路はるばるよく来てくださった!私は乃木 楽。日本支社の支社長をしている。よろしく頼むよ。」


「こちらはBBC本社から参りました。綾 賢一と申します。こちらこそよろしくお願い致します。」


「おー、日本語流暢だね。イギリス育ちとは聞いたけど、明日からここで働いても問題ないね!」 


「たはは...家では日本語が主だったので、そうですね。」


社長特有の力強い握手で迎えられ、初対面ではあるが早速懐へと入り込んでいた。


そして、握手越しからでも前腕の発達が顕著に見られ、ステレオ的な日本人の社長とはかけ離れた筋肉質で若々しいのが伝わってきて、さらに目尻の笑い皺が影深くついているところから、ここまで登り詰めたのは彼の人柄もあっての事だと見て取れた。


「じゃ、早速だけど本題に入ろうか、竹下さんは外して貰えるかい?」


「はい。では、失礼致します。」


「?」


主要なメディアを担う立場からして、情報機密性は重要ではあるものの秘書を外すのは不思議だった。


社長室の扉が静かに閉じられオートロックの音が無機質に室内に鳴り響き、静謐な奇妙な無音が響いた。


「...さて、ここ数年、日本出張はロイさんが来ていたんだけども、彼は元気かい?」


「?...あー、はい。ロイさんはミュンヘンに異動になったので、その影響ですかね。」


初端からするような話ではないような気がするが、互いの知り合いの話をすることでアイスブレイクを図っているのだろうと思い流した。


「...そうか、彼にはお世話になったからね。日本に来た時はお礼したい所だね。」


「そうですか、今度会う約束をしているので、僕からも伝えておきますね。」


乃木社長は目の奥が見えない程の笑顔でそういい、本題へと入っていった。


「あぁ、よろしく頼むよ....それで、今日の取材内容だが・・ーー」


日本出張における、僕の主な仕事内容は現地に住む人たちの生活を伺ったり、企業人や、学者などからの取材を行うことだった。


乃木社長と秘書の段取りは迅速で、すでに取材相手が局にいるそうでトントン拍子で取材の準備が進んでいき、ここに来てから30分足らずで取材を開始出来た。


そして取材初めの一人目は、東京都港区で弁当屋を営んでいる40代の主婦で、年相応に中年太りをしているが、血色は良く健康状態は良好そうだった。


前半はインタビュー中はチラチラと僕の後ろのカンペを見てはいるものの、インタビュー自体は平凡なものだった。


「ーー・・確か、長男の誠くんが来年受験を控えているそうですが、家計的には賄える状況でしょうか?」


「え...あ、っと、そうですね。」


遠回しに彼女の家の家計状況を探っただけなのだが、思ってもいないところをを突かれたかのように言葉をあぐね、視線が定まっていなかった。


「?...政府や東京都は二人目からの大学無償化を行なっていますが、誠くんはそれに準じないので大変でしょう?」


「まぁ...はい、一応、主人の仕事もあるので、なんとか賄える状況です。」


「..成程、ご主人はどういった仕事をしていますか?」


「建設業で施工管理をしています。」


「ほぉ、それは大変ですね。残業規制などを段階的に行なっているとはいえ、工期に間に合わせるために、未だに無理な作業を強いられているそうですが、それについてはどう思いますか?」


「え、っと...ちょっと、そこまでは」


日本の状態化しつつある労働環境に突っ込もうとしたが、身内とはいえそこまでは把握してはいないようだった。


「失礼しました。では、物価についてですが...・・ーー」


物価においても、長年の通貨安の影響で食料も含めた殆どの生活費必需品は、安定した価格を記録しており、特に生活で困ることはないようだった。


そして、20分の休憩を挟んだ後、次のインタビュー相手は北川 茜という都内の大学院生で、身長は170近くあり、一度も髪染めをした事のないような綺麗な黒髪をポニーテールにしており、その曇りのないまっすぐな目と、佇まいも体幹がしっかりとしてのも相まって、どこかサムライのような雰囲気を醸していた。


「ーー・・出身は東京?」


「いえ、横浜です。」


「いい所だね。それで専攻は、教育学なんだね。教師を目指しているの?君の経歴なら学者にもなれそうだけど」


彼女のプロファイルを眺めると、両親は横浜の自動車産業に従事しており、彼女が通っている大学は日本の最高学府で、更に彼女の論文はいくつか学会でも発表されているようだった。


「いえ、教育学者は考えていないです。できるだけ、生徒に近い所が良いので」


「うん。素敵だね。でも、今はネットで何でも知れるし、無料で学べるのになんで教師になろうと思ったの?」


「それは、子供の頃に良識のある格好良い大人が身近にいると、その人を道標に、正しい道に進もうと思えるから、だから、私は座学で知識をただ教えるだけでなくて、かっこいい大人の様を子供に教えたいから.....へへ、私ちょっと話しすぎましたかね...」


彼女は賢一の意地悪な問いかけにも澱みなく答えていたが、最後は少し控えめに回答を終わらせた。


「ううん、いいね。素敵な考えだと思うよ。」


やはりどこの国にも、こういった心意気を持った若者はいるのだと感心した。


そして、殆ど世間話みたいなインタビューを終えた後に、昼休憩を挟み、矢継ぎ早に他の数人の学生や、サラリーマンとのインタビューを終え、早くも今日最後のインタビューを迎えた。


最後の相手は都内の国立大学に勤める経済学者・喜多方 寛次郎さんで、薄水色のワイシャツにごげ茶色のスーツを羽織り、燻んだ黄色目の目を引くようなネクタイを結い、全てが詰まっていそうな広い額を持った如何にも学者といった風貌であった。


軽い経歴や研究内容を簡潔に紹介してもらった後に、現在の日本の経済状況へと切り込んでいった。


「ーー・・長年の円安政策により、輸出産業や国内産業がより強固になりましたが、実際に国民の生活が良くなっている具合はいかがでしょうか?」


「えぇ、サワベミクスで一時期円安になり、その後緩やかに円高に向かった後、コロナ後の脱中国の影響で、中国へ投資をしていた資本家たちが日本への投資にトレンドとして切り替わりました。

そして、そのタイミングで、NISAIの税制優遇が施行され今日まで円安が続いています。それを踏まえ、日本全体の雇用は回復し、賃金は緩やかに上がり続け、世界と比較しても日本の失業率は過去最低を更新し続けています。」


「なるほど、つまり、日本はAGI(汎用型生成AI)の台頭による労働者の大量失業は免れたと?」


「はい、確かにホワイトワーカーの殆どはAGIに雇用を代替されましたが、その分ハードウェアにおける技術系も含めた、慢性的なブルーワーカーの人材不足は解消できたと言えるでしょう。」


「しかし、それでは人々の職業選択に限りが出る問題が解消できていないと思われます。」


喜多さんの言っていることは概ね正しく、日本出張の前に謁見したイギリスの経済学者の分析内容と遜色なかった。しかし、記者という特性上、重箱を突かないわけにはいかなかった。


「おっしゃる通り、それは避けられませんでした。ただ、AGIによって、ある種既得権益に守られていた知的エリート層しか行えなかった仕事や社会的な手続きを、より公平に誰でも行えるようになった。そして、その恩恵を大多数が享受できる。これは賢明なトレードオフと言えるでしょう。」


実際、誰でも個人でアイディアをデジタルサービスに昇華できるようになっており、確かに企業に一労働者として勤め、定額給与を受け取る枠組みは瓦解しつつあるが、その分個人で創造的なものやサービスを作りやすくなっているのも事実であった。


「そ、そうですね...」


別にバトルをしたいわけではないのだが、どこか煮え切らない中、見かねた喜多経済学者が話を続けた。


「確か一昨年発売されたVRMMORPG センゴク・ワールドは、私の大学の工学部生がAGIを活用して、ゲームエンジンを個人開発したものでした。これからも分かる通り、かつて真っ当に見えていた緻密に能力を練る能力主義から、アイディア主義に移行しただけかと思われます。」


「...それでは、アイディアが得られない人はどうすれば良いのでしょうか?」


「それは難しい質問ですね。運よくアイディアが思いつけば良いですが、ただ、皆誰しも明瞭な目的を持って生きているわけではないので、そう言った人たちの受け皿としてブルーワーカーの仕事があり、彼らが社会を支えているのは紛れもない事実です。」


喜多経済学者が言うには、誰でもAGIを扱えても、皆が皆成功するわけではないというのは普遍的であると遠回しに言っていた。そして、そうではない人間がしたくない仕事をしている事で社会は成り立っているとも言っており、賢一はその普遍的な摂理を理解していた。


「...それは、どこか....悲しいですね....」


それでも、やはり彼はその事について納得はできなかった。


AGIほどの技術革新が起きようとも、人間社会が元来から孕んでいる機会、能力、環境、運の格差が改善することはあっても、なくなることがないと言うのが、嫌に真実から更に遠くなってしまったのではないかと、痛感してしまった。


「えぇ、少し統計の話になりますが、正規分布の上位10%の層と平均的な層を比較しても、構成する人の種類といいますか、殆どの場合、共通項的な性質を確認ができ、それに伴う能力や成果数も誤差の範囲に収まる。それはつまり、いくら条件を整えても、皆が皆同じ結果を得られないという事です。」


少し端折っているところもあるが、それはつまりどの群を切り取っても良い結果が得られる人の割合は概ね似通っており、それはAGIによる社会構造の変化が起きた今の世界でも同様の事が言えると言う事であった。


「なるほど、アイディア主義は、運主義、語呂を考え言うならば、ラック主義ですか。」


「ははっ、言い得て妙ですね。・・ーーー」


経済学者・喜多方とのインタビューは、昨今の日本経済の話から激変した社会構造への普遍的な黄金律的な話にまで飛躍し、初めはインタビュアーらしく話の脆い点を突いていたが、知らずうちに彼の見解に納得させられ所が多くなり、段々と彼の考えに惹かれていた。


その時間は、ただただ心地の良い奇妙な調和の取れた議論ができていて、気づけば予定の時間を超えてまで議論を重ねていた。


最後のインタビューを終えた後、忘れず内に喜多方さんとの連絡先を交換し、その日の仕事は終わりを迎えた。

その後、ホテルのビッフェを堪能し、お風呂でほかほかになった体のままソファーにもたれ、天井の空調プロペラを眺めてながら、今日取材した人たちも含め、今日の出来事をぼんやりと振り返っていた。


「....ふぅ....」


今日、インタビューした人たちは一部を除いて、基本的に普通の人でありどこか物足りなさがあった。


彼らの経済状況は身なりから見ても、より経済状況が顕著に出やすい靴もくたびれている様子はなく、大学生も主婦もサラリーマンも特に変わった様子はなかった。


支社があえてそういった、わかりやすい上流層よりも、中流層の中でも上流の人たちを用意した可能性もあるが、それでも今まで1万人弱取材を重ね培った勘が、何か引っかかっていた。


「もしや.....」


違和感の裾を掴んだと思った彼は、すぐにパソコンに移しておいた今日の取材映像をトップに展開し、一人目の女性の顔を検索エンジンにかけると、彼女が店を構えるお店がヒットし、彼女とその家族が店の前で立っている企業のトップ画面に写っているような写真がヒットした。


「まぁ、流石にそうか...」


考えられる事としては、なんの意図があってかはわからないが、クライシスアクターを用意して台本を読ませた可能性があった事だった。


「....ただ、やっぱり...」


今日のインタビューだけでは足りないだけかもしれないが、彼らの日々の生活の実態がいまいち掴めていなかった。


おもむろにホテルの窓の方へと向かうと、そこから見える景色は今もなお最高のアニメーション映画で、かつて見た近未来のTOKYOのあの景色と同様に、一昔前まではTOKYOのシンボル的な建物であったであろう建物よりも、より先鋭的な高層建築物が密集し、一見雑多のようで、こうして高いところから眺めてみると、ミツバチの巣のような規則的で奇妙に調和の取れた街並みが目の前に広がっていた。


下調べは当然ながらしてきた。


先との喜多方とのインタビュー然り、日本は長年の円安政策でハードウェア産業にて一人勝ちと言っても差し支えなく、少子高齢という未だ人類が克服できていない問題も同じく抱えてはいるものの、AGIによってホワイトカラーの殆どが自動化されたことで、労働者不足は解消しつつあり、直接的な影響も軽減されつつある。


また、日本の人たちの生活においても、実際につい最近までTOKYOに住んでいた人の話を聞いても、消費税20%と税金は年々上がってはいるが実生活で、特別困ったことはなく、学生時代も社会人時代も夜に飲み歩いていても、危ない目にあったことはない言っていた。


(...まぁ、その人自身、日本の商社マンだったからかもしれないが)


そして、次に想起したのはイングランドの名門クラブに所属する日本人にインタビューした時のことだった。


「ーー・・サッカーアニメを見て、始めたと聞いたのですが如何ですか?」


「あー、ははは、確かにそれもありますね。」


「ははは...えーでは次の質問に移ります。日本では、どう育ちましたか?」


「....」


彼は子供っぽいと思い照れくさそうにしていたが、何でもないはずの質問に彼は条件反射的に無表情になり、妙な間が生じていた。


「?...えっと、遠藤さん?」


「...あ、あぁ...父からは、幼い頃から厳しい練習をしていまして、まぁ、それしかなかったんですが....今は感謝しても仕切れないです。・・ーーー」


初めはアニメや漫画の話でアイスブレイクをして、世代も近かったことからゲームの話で盛り上がったが、何でもない質問をした際にどこか取り繕うかのように、定型的な話が返ってきていた。


父からの厳しい練習がどの程度かわからないが、プロアスリートになる人間は幼い頃から異常な練習量をこなしていたのは何も珍しい話ではないから、その時はスルーしていた。


もしかしたら、それが結構トラウマになっている可能性もあったが、今では真相は分からずじまいだった。


「....うわぁお」


ちょうどそんなことをぼんやりと考えていると、目の前のビル一面に件の日本人選手の広告が映し出され、その時の違和感は端に追いやられてしまった。


そうして、彼はソファーへと再び戻り、もう一つの違和感を確かめるため、ワードのアプリを展開した。


今回上司から通達された、BBC日本支社に関する調書というタイトルのテンプレートを開くと、いくつか項目が箇条書きされており、その中に、最後の行の右下に奇妙な文言が小さく見えにくいフォントで奇妙な内容の追伸が書かれていた。


ーー追伸:この調書に関する内容は一切の漏洩を禁止する。なお、これを作成する者はそれが破られた際、必ず本調書をクラウド上にアップロードする事。ーー


これをそのまま解釈するならば、調書内容が漏れたら本社の外部クラウドにその調書を上げろという事であり、調書内容を守りたいのか守りたくないのか一向に定かではなかった。


「....何なんだ、これ。」


総じて得た感想はそれであり、少し前に施行された改正・国家安全機密情報保護法に関係ありそうな匂いはするが、もしそうであれば初めて海外出張する僕に、何かしら説明がある筈なのだが、この事については一切聞かされていなかった。


「....ふぅ、まぁ明日聞いてみるか。」


ひとしきり考えては見たものの、やはり今すぐに明快な答えは得られなかったので、明日に回す事にした。


しかし、寝る支度を終えて寝床ついては見たものの、脳みそはまだ仕事を完了していないとみなしているのか、妙に頭が回っていた。


ーー・・データを見ても低賃金は確かにそうだが、その分物価は安く、インフラは正常に機能している。税金も年々少しずつ上がってはいるが、主要な日本企業はどこも増収を記録しており、海外の投資家からしても日本の株式や債券は高格付けを更新しており、安全資産とみなされている。


やはり、日本の経済も政治もこれといって致命的な欠陥があるようには思えない。


だったら、何なんだ.....この胸の奥でつっかえている違和感は....


確かここ数年で、暴力団対策法でヤクザといわれる反社会勢力も淘汰したらしいから、その面はないだろうが....


プルルルルルルルっ!


「わぁっ?!....」


何かわかりそうになったが、丁度そのタイミングで本社の同僚からの電話が鳴り、大袈裟に反応してしまった。


一先ず、バクバクと鳴り止みそうにない心臓を宥めるように、深く息を吸ってから電話に出た。


「スゥ...ふぅ..っ...はい、もしもし。賢一です。」


「...よう、日本旅行は楽しんでるか?」


「なんだ...びっくりした、君か...」


突然、知らない所からFaceTime鳴ったが、連絡元は綾の同僚のコール・ブラッドマンだった。


「そんなとこ悪いんだがな、悪いニュースだ。」


「ん?なんだよ、悪いニュースって」


「ロイが死んだ。」


コールが発した名は、綾の前に毎年日本出張へ赴いていた同僚で、最近ドイツ・ミュンヘンに異動となった者だった。


「.....は?」


「俺もほんの一時間前に知ったんだが、死因はオーバードーズだってよ。」


コールはなるべく淡々と話し簡潔に説明してくれるが、何一つ頭に入ってこなかった。


「オーバードーズ?彼は敬虔なキリシタンだぞ?酒やタバコすらやらないのに....どうして...」


そう、ロイは毎週日曜日に欠かさず教会に赴き、結婚していない事もあってか給与の10%は慈善団体に寄付するほどの信心深い善人だった。


「わからない、余程ドイツでの生活が参ったんじゃないか?」


「いや....そんなわけ...」


「まぁ...とりあえず....お前も気をつけろよ。」


「ん?わ、わかった。」


頭ではわかってはいても、未だ何が起きているのか受け入れられていない彼は、失意のままに接続が切れた電話を眺めた。


「何なんだ....全く...」


そして、しなだれるかのようにベッドに突っ伏し、気づけば随分前に12時を回ってしまった時計の針を目で追っていた。









後書き


綾 賢一 34歳。出身 : 広島。

170cm 75kg 少し筋肉質。

イギリスのBBCジャーナリスト。父は日本人でイギリスの金融機関で働いている。

見た目はイーサンウィンターズっぽい日本人。

ラグビーを小中高大とやっていた。

26位まで宇宙飛行士を目指していたが最終試験で落とされ、父の伝手でイギリス国営放送の記者をやっている。

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