Déjà Vu
おにぎりくん
Déjà Vu
人はみな違う。それぞれの顔や背丈、価値観から好きな食べ物まで、すべてが違う。この世界はそんな全てが違う人間達が集い、各々が助け助けられて生きている。人を助けることが良とされ、困っている人を無視したり見捨てると悪となる。わたしも昔は人助けが好きだった。
名はヒロシ。半年前に定年を迎え、約40年勤めた会社を辞めた。いまは幼稚園バスの運転手をやっている。朝4時に起き、ブラジル産のコーヒーを飲んだあと、庭でラジオ体操を始める。大学時代からの習慣だ。わたしは朝が好きだ。とても静かで、この世にわたししかいないような感覚。あいつらの声が聞こえない、この時間が大好きだ。そしてセッターを3本吸い、朝5時になると愛車のオデッセイに乗って「ふたば幼稚園」に向かう。門の鍵を開けて、もう一つの愛車であるコースターの掃除を始める。わたしは綺麗好きだ。家や職場、わたしが過ごす場所はすべて綺麗でなければいけない。しかし、あいつらはわたしの綺麗を汚す。
朝7時、仕事がはじまる。最も効率いいルートであいつらを回収する。最初の乗客はミナミ。
ミナミはバスに乗るとずっと笑顔で俺を見てくる。可愛いやつだ。いつも着ている赤いシャツがよく似合っており、俺が唯一心を許している。他の奴らには秘密だが、俺はこいつにだけは笑顔を見せてしまう。ほんとうにいい奴だ。
次の客はナカムラ。いつも父親と一緒にいる。
「運転手さん、今日もよろしくお願いします。」
「あいよ」
「。。。」
ここの家には母親はいないのか。いまどき色々な家庭があってもおかしくはないが、ガキの世話を見るのは普通、母親の仕事じゃないのか。それにしてもナカムラはとてもおとなしい。他の奴らと話しているのを見たことがない。ずっと窓の外を眺めている。友達がいないのだろうか。それとも大人ぶっていて、他の奴らとは違うという思い込んでいるのか。まあ、そんなことはどうでも良い。
次に乗せるのはアオキだ。こいつは酷い。こいつらの中で1番うるさく、暴れ回る。
「ジジイ!はやく行って!うんこしたい!うんこ!うんこ!」
「はあ、静かにしてろ。」
こいつはこの間、バスに卵を持ち込み、そこらじゅうに投げまくっていた。卵のひとつがミナミに当たり、ミナミは怖かったのか、体が小刻みに震えていた。俺はアオキが嫌いだ。はじめてこいつを乗せたときは、あまりに暴れるため流石に怒鳴ったが、こいつには反省の余地がない。毎日毎日同じように暴れ回る。日に日に勢いが増しているようにも思える。何度か怒鳴ったとき、俺は園長に呼ばれた。どうやらこいつの親はどこかの社長で金持ちらしい。加えて、かなりのバカ親で、このガキに何か不都合があれば、すぐに園長に連絡を入れる。前にバスの運転手をやっていた奴はこいつをぶん殴って、警察沙汰になったらしい。まあ気持ちは分かる。
そして最後に乗せるのはサワダだ。ここの家は極めて普通の親だ。いつもスーツ姿の父親とエプロンをした母親がサワダを連れてくる。
「運転手さんおはようございます。今日もよろしくお願いします。」
「よろしくお願いします!」
「はいはい。」
こいつは明るい性格で、おとなしいナカムラやうるさいアオキにも話しかける。こういう奴が将来いい人生を送るのだろう。
朝8時、朝の送迎が終わった。こいつらをバスから出したあと、また掃除を始める。今日は卵は投げられてない。安心したのも束の間、異様な臭いがする。
「なんだこの臭いは。」
恐る恐る臭いのもとへ行ってみると、そこにはクソがあった。ここはいつもアオキが座っている場所だ。最悪だ。さっき、こいつがうんこうんこと騒いでいたのはこれのことか。被害は卵の比ではない。アオキを殴ったところで警察を呼ばれてしまう。あのバカ親にバレないように仕返しをしなければ。こんな話をこっそりミナミに話した。掃除が終わる頃にはもう昼時になっていた。
「いっただきまーす!」
ここの幼稚園の昼飯はガキどもとスタッフがみんな一緒に食べるという、最悪のルールがある。今日、俺の向かいで食べていたのはナカムラだった。いつもの通り、1人無口で黙々と昼飯を食べている。箸の使い方は綺麗だが、野菜が嫌いなのだろうか。いつもトマトやピーマン、玉ねぎを残している。
「おいナカムラ、全部食べろ。」
「。。。。」
食べ物に好き嫌いがあるやつは嫌いだ。食べ物を粗末にするやつは、農家の人たちに頭を下げてこい。味を感じる時間は一瞬で、その一瞬さえ我慢すればいいものを、その一瞬の我慢ができないやつらが多すぎる。親は食べ物の大切さと我慢のさせ方ってやつをガキに教えてやらなければならない。そして、隣に座ったのがアオキだ。最悪だ。
「先生!ごはん食べ終わったらウルトラマンごっこしよ!」
「やべ!カレーこぼした!」
こいつは飯時でもうるさい。箸の持ち方もめちゃくちゃで食べ方が汚い。顔以外に机や床にも食べ物をこぼしまくっている。さすがのサワダも苦笑いをしていた。さらに今日の昼飯はカレーだ。朝のクソを思い出すし、俺のジーンズにこいつのカレーが付いた。いまにも殴ってやりたがったが、堪えた。本気で堪えた。
15時、帰りの送迎が始まる。
「せんせー!さようならー!」
帰りの乗客にアオキはいない。あいつはいつも親が直接迎えにきている。なぜ朝はバスを使うのだ。本当に腹がたつ。アオキがいない分、帰りの送迎は平和だ。サワダとミナミのたわいもない会話がバスのBGMとなっている。
サワダ、ナカムラを家まで送り、ミナミと2人きりになった。さっそく今日のうんこ事件の仕返しについてミナミと話した。
「なあ、ミナミ。アオキに仕返ししないか。」
ミナミはニヤニヤと悪い顔をした。
2人で出した答えは、アオキの家の前で俺らがうんこをする、最高の作戦だ。朝の仕返しをするのだ。朝の送迎でミナミと2人きりになる時間がある。ナカムラを乗せる前に、こっそりアオキの家の前でうんこをしようという計画だ。誰かにも見られる心配はない。そして、アオキを送迎するときに、俺らのうんこを見たアオキとその親の反応を見るのだ。さてどんな反応をしてくれるのか。
次の日の朝、さっそくミナミと一緒にアオキの家を訪れた。周りに人はいない。絶好のうんこチャンスだ。
「ミナミ。いけるか?」
ミナミは静かに頷いた。俺はいくら踏ん張ってもうんこが出なかったが、ミナミはすごかった。もはや芸術的とも思えるような巻きグソだ。さあ、反応が楽しみだ。いつも通りナカムラを乗せて、アオキの家に向かう。
「。。。?」
ワクワクが顔に出ていたのか、珍しくナカムラが俺たちの顔を不思議そうに見ていた。そしてアオキの家に着いた。今日は母親と一緒にアオキが玄関から出てきた。なんとも高そうな寝巻きを着た母親が俺に声高く挨拶をした。
「運転手さん、今日もよろしくね。」
「、、、おうよ。」
俺はニヤニヤを隠しきれず、変な声が出てしまったが、おそらくバレていないだろう。アオキ達がうんこの前にきた。
「ねーねー、かーちゃん!今日の夜ご飯なにー?」
「今日はあなたが大好きなビーフストロガノフよ」
しかし、2人はうんこに気づいていないのか、何の反応もなく、アオキがバスに乗った。そしていつものように騒ぎ出した。俺とミナミは拍子抜けし、一気にワクワクが消えた。
「ミナミ。明日はもっとデカいのをしよう。」
ミナミは悲しい顔で小さく頷いた。
いつもと変わらない朝になってしまったが、ひとつ変化があった。サワダの家にいくとサワダ1人だけが玄関から出てきたのだ。車内でサワダがアオキに両親のことを話していた。
「きのう、おとうさんがね。」
どうやらサワダの父親は会社での不正行為が発覚し、会社はクビ。さらに不倫もバレて、母親は家を出ていってしまったらしい。サワダはしばらくの間、父親と2人で暮らすのだそうだ。ああ可哀想に。たった1日でサワダの人生はガラリと変わってしまったのだ。俺らのうんこ作戦と同様、人生うまく行かぬものだ。
朝の送迎が終わり、園長がサワダに声をかけた。今日の帰りは園長がサワダを家まで送るらしい。父親とも話すのだろう。園長は人を助けるのが好きだ。たまに園長がナカムラと2人で話していたり、ナカムラを家まで送る時があるが、これも何かしらナカムラを助けようとしているのだろう。可哀想だとは思うが、そこまでする気力は俺にはない。
学生時代、俺は生徒会長をやっていた。この頃は園長のように人助けをするのが好きだった。校内で困っている人を見つけたらすぐに話しかけたり、少しでも学校の雰囲気を良くしようと様々な企画を考えたものだ。しかし、良かれと思って他人に与えたものが、他人にとっては悪だったりする。文化祭でカラオケ大会を開催したときは、あるクラスでいじめられっ子が代表に選ばれ、全校生徒の前で歌った。その子がいじめられていることを知らない生徒たち、いじめっこ達はとても盛り上がっていたが、それ以外の人達はなんとも言えない顔をしていた。俺が企画したカラオケ大会が、結果としていじめを助長させてしまったのだ。その子はその後、学校にくることはなかった。この出来事が俺を変えた。
会社に入ると、チームより個人の成績を優先して仕事を進めていた。周りからは協調性がないだの、思いやりがないだの言われたが、会社としては大きな利益を生んでいたため、退社する頃にはそれなりの役職をもらっていた。周りから白い目で見られていたこんな俺でもただ1人愛してくれた人がいる。妻のフミエだ。俺が入社5年目のとき、フミエが新卒で入ってきた。俺はフミエの教育係として1年間一緒に仕事をした。とは言っても、俺はその頃には1人で仕事をしていたため、フミエの教育は一切考えなかった。何も教えることなく1年が過ぎたのだが、そんな俺をなぜかフミエは好きになってくれた。俺は正直フミエに全く興味がなかったのだが、教育係から外れても尚、フミエは俺に話しかけてきた。あまりにしつこく話しかけてくるため、俺は次第にフミエに興味を持つようになった。いつしか特別な感情を抱いていき、俺が32になった年、俺らは結婚した。しかし、人生はうまくいかない。
結婚して1年経たずして、フミエは病に侵され失明した。正確には少しは光を感じるらしいが、ほば見えていない。俺はあのカラオケ大会後、人助けに対してトラウマを抱えていたが、フミエを助けることには全く抵抗がなかった。自分でも不思議に思うが、余程フミエのことを愛していたのだろう。フミエは会社を辞めて、専業主婦になった。ただし、買い物など外に出る時は俺と一緒だ。フミエの介助を始めて十数年、俺は部長に昇進した。客との接待も増え、フミエと過ごす時間が少なくなっていった。俺1人ではフミエの面倒をみることができなくなっていた。このことを社長に話したところ、ある施設を紹介された。
俺は郊外にある「ドッグアイ・サポート」を訪れた。この施設は国に認定された盲導犬の訓練施設であり、厳正な審査を通れば盲導犬を飼うことができるらしい。緊張しながらも施設に入り、窓口にいた若い青年に声をかけた。
「あの、すみません。ちょっといいですか。」
「はい!なんでしょう。」
その人はヤマモトといい、これまで何度も優秀な盲導犬を育て上げてきた、業界では有名な実力者だという。俺はフミエのことを説明して、いまの状況を理解してもらった。ヤマモトの提案で盲導犬の訓練の様子を少し見させてもらった。何頭か見ている中で、1頭気になる犬がいた。その犬は白い毛並みに独特な茶色の斑点があり、とても目を引くものがあった。その子の名前は「美波」という。なんと美波はフミエと同じ誕生日だった。ますますこの犬のことが頭から離れなくなり、ヤマモトにこの犬を飼いたいと伝えた。すぐに審査に入り、少し経ったあと、美波を家に迎えることができた。フミエと美波はすぐに仲良くなった。俺としては少し寂しい気持ちもあるが、フミエが幸せならそれで良い。
美波が家族に加わって5年が経過した。いつものように俺は朝4時に起き、ブラジル産のコーヒーを飲んだあと、庭でラジオ体操を始めた。体操が終わる頃、フミエが起きてきた。
「あなた、おはよう。今日も朝がはやいのね。」
今日はフミエの誕生日だ。今夜はヤマモトも一緒に近所の料亭で夜飯を食べる予定だ。俺は夕方から大事な客との会食があるが、早めに切り上げてフミエとヤマモトと合流する。フミエに今日の予定を改めて伝えた後、プレゼントである赤いチェックシャツを鞄に忍ばせ、会社に向かった。夕方、会食を早々に切り上げたが、少し遅れてしまった。いまから向かう、とフミエに伝えた。愛車のオデッセイをかっ飛ばし、急いで料亭に向かった。
ここを曲がったところに料亭があるのだが、その交差点で赤いランプを光らせる救急車とすれ違った。とても嫌な予感がした。交差点を曲がると料亭の前に人だかりができていた。そこにはフミエと美波の姿はない。すると、ヤマモトが俺の元へ来て、事の顛末を話した。
「ヒロシさん!とんでもねえことが起きた!」
俺から連絡がきたフミエは、店の前でヒロシさんを待つと言い、店を出た。たまたま店の前を歩いていた子供達が美波を見つけた。
「わー!ワンちゃんだ!ねーねー触っていい?」
「いいわよ。ただし少しだけね。」
「キャン!キャン!」
フミエは優しく答え、子供達の親も一緒に美波を取り囲み、白い毛並みを触ったり、写真を取ったりしていた。すると突然、猛スピードで交差点を曲がってきたスポーツカーがフミエ達に突っ込んできた。
"ブオオオオーッ"
"キャー!"
子供達の親がすぐに異変に気づき、それぞれの子供達を抱え上げた。美波はその瞬間まで囲まれていたため、異変に気づくのが少し遅れた。事故に巻き込まれたのはフミエと美波だけだという。それを聞いた俺は頭が真っ白になった。急いで病院に向かったが、フミエはもうすでに逝っていた。美波は奇跡的に助かったが足に後遺症が残るという。俺は後悔した。あのときもう少し早く会食を切り上げられたら。そもそも会食を断り、フミエ達と合流していたら。そして、美波に夢中になっていた子供達と親、こいつらがいなければ。盲導犬に触ってはいけないというルールを理解していたら。いろいろと思うところがあるが、もう遅い。この幸せな日に大事な人を失った。
あの日はわたしの誕生日だった。しかし、ヒロシさんが少し遅れるらしい。わたしたちは店の前でヒロシさんを待った。交差点から人が歩いてくる。親子連れだ。わたしの方に近づいてくる。わたしは子供達に囲まれた。触っていい?と言い、答える間もなく触られた。
「ちょっと!汚い手で触らないで!」
「どいてよ!ヒロシさんを待ってるの!」
わたしはこの人を守らなくちゃいけないんだ。子供達に囲まれながらも、周囲を気にして、この人に危険がないか確認していた。すると、近くにいた親達もわたしの周りを囲んだ。周囲が見えない。この人を守らなくちゃ。どいてよ。危険が近寄ってきてるかもしれない。何も見えない。すると突然大きな音が聞こえた。交差点の方からだ。
「うるさい、なんの音?」
何が起きてるか分からずにいると、急に目の前が開けた。銀色の車が猛スピードでこっちに向かってきている。間に合わない。
目の前が真っ暗になり、気づいたらヒロシさんがいた。
「ここはどこ?」
ヒロシさんが泣いてる。どうしたのか。フミエさんはどこ。この状況、嫌でも察する。どうやらわたしだけ生き残ったらしい。わたしは盲導犬失格だ。大好きなフミエさんを助けることができなかった。わたしがあの車にはやく気づいていたら。
「わたしがもっとしっかりしていたら。」
それからわたしはヒロシさんのペットになった。盲導犬としての役目は終わった。これからは「ミナミ」として普通のペットになる。ヒロシさんは家ではとても優しいが、外に散歩に出ると人が変わる。特に親子連れに対しては目つきが変わる。絶対にわたしを触らせようとしない。わたしも触られるのは嫌だ。わたしのことを触っていいのはヒロシさんだけだ。ヒロシさん以外の人間が嫌いだ。
来月、定年退職をする。次の仕事はどうしようか。フミエがいなくなってから暫く経つが、あの日から生きる意欲がなくなった。美波が生き残ってくれなかったら、俺はすでに死んでいただろう。俺には美波しかいない。ある日、懐かしい人から連絡があった。
「ヒロシさん、お久しぶりです。美波は元気ですか?」
ドッグアイ・サポートのヤマモトだ。
「ちょっと話したいことがあるので、今夜飯でもいきません?」
あの日振りに近所の料亭にきた。少し店のレイアウトが変わっていたが、味は変わっていない。ここの卵焼きがうまいんだ。そして5分後、ヤマモトと合流した。ヤマモトの話とは幼稚園バスの運転手をやらないかという相談だった。ヤマモトはあの事故の数年後に転職し、幼稚園に勤めていた。いまは園長をやっているらしい。
「わたしはね、子供達にいろんなことを教えたいんだよ。」
正直ガキのことは嫌いだが、ヤマモトの頼みだ。俺の定年後の仕事が決まった。
今日もまた朝の送迎が始まる。乗客はミナミとナカムラ、アオキだけ。サワダはしばらく休むそうだ。いつものようにミナミとナカムラを乗せて、アオキ宅へ向かう途中、後ろに変な車がついてきていることに気づいた。いまどき煽り運転をするイかれた奴がいると聞いたことがあるが、幼稚園バスを煽るとはなかなかの奴だ。特に気にすることもなくアオキ宅に着くと、後ろにいた車は猛スピードでこっちに突っ込んできた。
"ブオオオオーッ"
逃げる間も無くバスに衝突した。俺はハンドルに強く頭を打ち、意識を失った。救急車のサイレンで目が覚めると、救急隊や警察、野次馬が周囲を囲んでいた。意識が朦朧としているなか、近くを見ると、見覚えある光景が広がっていた。
「あの車。。。」
バスに突っ込んできた車は10年近く前にフミエを殺した、あのシルバーの車だった。運転手はすでに搬送され、そこにはいない。
「ガキどもは。。。」
アオキは親に抱きつき玄関で泣いている。怪我はない。ナカムラは警察と話している。血は出ているが軽傷のようだ。ミナミはどこだ。
再び意識を失い、気がつくと病室だった。そばにはヤマモトがいた。
「ヒロシさん、気がついたか。さっそくで悪いがお前さんに話すことがある。」
事故の詳細をヤマモトから聞いた。シルバーの車を運転していたのは90歳の高齢ドライバー。フミエを殺した奴だった。またあいつにやられたのだ。すぐにでも殺しに行こうと思ったが、すでに死んでいた。
「ガキどもは無事か。」
ヤマモトは少し間が空いて、話し始めた。アオキはバスに乗る前だったため無傷。ナカムラは腕にスリキズ程度の軽い怪我のみだという。ところがミナミは重症で、現在別の病院で手術を受けているという。すると病室に看護師が入ってきた。
「サカモトさん、ミナミちゃん無事でしたよ。」
先ほど手術が終わり、無事に成功したとのこと。俺は涙が溢れた。また大事な存在がいなくなってしまうところだった。
「良かったな、ヒロシさん。本当に良かった。」
ヤマモトも泣いている。数日後俺は退院し、ミナミを迎えに行った。病院へ行くと片足を無くしたミナミが元気に走り回っていた。ミナミは俺を見つけるとすぐに駆け寄ってきた。
「ミナミ、本当に良かった。生きていてくれてありがとう。」
「ワン!ワン!」
事故から1週間後、俺らは家に帰ってきた。ヤマモトの提案で、しばらくバスの運転手は休むことになった。復帰しても良いし、そのまま辞めても良いと言ってくれている。俺の気を遣っているのだろう。ただ、ヤマモトが思っている通り、もう車は懲り懲りだ。何より、もう大事なものを失いたくない。ヤマモトに辞職の連絡を入れた。
今日もいつものように朝4時に起き、ブラジル産のコーヒーを飲んだあと、庭でラジオ体操を始める。いつもはセッターを3本だけ吸っていたが、これからは違う。ミナミと散歩しながらセッターを吸うのだ。こうすれば人は寄ってこない。我ながらに名案だ。ミナミは少し嫌そうだが、お前のためだ。我慢しろ。散歩中、近所のジジババやガキと遭遇する。挨拶をされるが、俺とミナミは無視した。近づこうものならミナミが大声で吠えた。俺とミナミは近所で有名な変人になった。そして新たな習慣ができた。シルバーの車を見つけたら、ボンネットの上にうんこをしてやるのだ。あの時の記憶を忘れることはできないが、こうやって仕返しするのだ。正直なところ、車の持ち主には関係ないが、シルバーの車に乗っているのが悪い。そういえばアオキの家にシルバーの車があったな。特別に2人のうんこをおみまいしてやろう。
「ミナミ、特大のやつイケるか」
「ワン!」
俺らのうんこ生活がはじまった。
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