第4話 父と息子
「……!、!!!」
あぁ、やっぱり何も聞こえない。僕、やっぱり死んじゃったのかな。鮮血の桜を見たのも僕の幻だったのかもしれない。
「……ッ!……ろ!……な!」
あれ、これは誰かの声?僕はまだ死んでないのか?何だか身体を激しく揺さぶられている気がする。
「おいッ、起きろ!起きてくれシュラン!頼む、死なないでくれ!」
この声は……父さん!僕は重い瞼をゆっくりと開けた。
「起きたか!!あぁ……良かった……」
片手で顔を覆い、天を仰ぐ父さんを僕はぼんやりとした意識のまま見つめた。このまま寝転がっているわけにはいかないと身体を捻った僕は、あまりの激痛で声にならない悲鳴をあげた。そんな僕の様子を見て、父さんは普段からは想像もつかない程冷静で深刻な面持ちで僕に話しかけた。
「まだ動かなくて良い。お前の傷は相当深いからまだ動けるような状態じゃないんだ。幸い血は止まってるみたいだし、このまま寝ているからと言って死ぬようなことはない。ただ、とはいえここは魔獣がウジャウジャ生息する危険な森の中だ。このままずっと横たわっているわけにはいかない。だからシュラン、1時間後にここから出発する。あぁ、俺も母さんみたいに治癒魔法(ヒーリング)が使えたらなぁ……」
「……」
「どうした?吐き気でもするのか?」
「……ごめん」
「……?すまん、聞こえなかった。最近恥ずかしながら、耳が遠くなってきてるんだ。俺ももう若くないってことかなぁ」
「……ごめん。ごめん、本当にごめんなさい……」
「おいおい、何で謝ってるんだよ。シュランは怪我人だろう、謝る必要なんてないだろ」
「僕が、勝手に、家を飛び出したせい、だ。僕が、みんなに、迷惑かけて……父さんも、危険な目に、合わせて……僕のせいだ。僕が子どもだったから、みんなを困らせたんだ……」
「……」
涙が止まらなかった。嗚咽が止まらなかった。鼻水と涙で顔をくしゃくしゃにしながら僕は謝り続けた。自分が恥ずかしかった。自分が情けなかった。何にも考えずに家を飛び出して、森に迷い込んで、そして死にかけて、わざわざ僕を助け出すために父さんを危険な森の中へと入らせてしまった。僕は家族に迷惑をかけているだけじゃないか、僕は兄さんの気持ちを思いやった気になっただけで結局一番家族のことを気にかけていなかったんだ。
父さんは地面にあぐらをかいて静かに、僕が泣き止んで落ち着くまで待ってくれた。そして困ったような顔をしながら無精髭をボリボリと掻いた。
「困ったな……俺は父親らしい話が苦手で、頭が悪い。シュランには大した説教もしてやれそうにない。でも、そりゃ迷惑をかけたと言えばそうだな、確かに父さんは迷惑をかけられた。息子が勝手に家出して、森に迷い込んで、しまいには大怪我だ。これでも迷惑じゃないって言う奴がいればそれはきっと愛と慈悲の女神くらいだろうな」
そりゃそうだ。僕が勝手な事をしたせいでみんなに迷惑をかけた。父さんも怒って、僕に失望するのは当たり前のことだ。
「そんなにシュンとするなよ。俺が言いたいことはその続きだ。確かにシュランは迷惑をかけた。だけどな、父さんは怒ってなんかいないし、嫌いになんてなってない」
「何で……」
「何でってそりゃ……そうだな、何て言えば良いんだろうな。言葉にするのは苦手だけど、あえて言うなら子どもは親に迷惑をかけるぐらいでちょうど良い。それくらいが健全ってことかな」
「迷惑をかけて、当然?」
「そうだ。子どもは無茶をして、バカやって、泥だらけになって迷惑をかけるものなんだよ。赤ん坊だってそうだろう。昼だろうと夜だろうと構わずぎゃんぎゃん泣いて、ところ構わずお漏らしする。ミルクをあげてもゲップと一緒に吐き出して、母さんも父さんもゲッソリしちまうよ。だけどな、だからと言って赤ん坊を嫌いになる人なんていないだろう?誰だって我が子は可愛いんだよ。子どもってのは誰しもが親に迷惑をかけて、間違えて、次第に成長していくもんなんだよ。そしてそれを見守って、導くのが親の役目って奴だ。だから、お前が迷惑をかけようとも生きてくれれば御の字だ。怒ったり、嫌いになったりなんかしないさ。まぁ、と言っても母さんは絶対に許してくれないと思うけどな、覚悟しとけよ」
「……」
最後にあえて怒った母さんの顔をして、僕を脅かそうとする父さんが僕にはとても眩しく思えた。やっぱり父さんはかっこいいや。近衛兵を辞めて、昔感じていた威厳や荘厳さはさっぱり感じられなくなった。近衛兵時代の父さんは純白の軍服に身を包んでいた。一方、今父さんが来ているのはボロボロで普通の服だ。近衛兵時代の父さんはビシッとした面持ちで騎士らしさがあった。でも、今の父さんは無精髭も生えていて、温和で一般的なお父さんといった感じだ。だけど、そんな物がなくても父さんは誰よりもかっこいい。
見かけだけじゃない、心のかっこよさが父さんにはあるんだ。
「ありがとう、父さん。ちょっと気が楽になったよ」
「なら良かったよ。あ、だからと言って今後同じ事をして良いってわけじゃないからな。本当に心配したんだぞ。第一父さんが遅れていたら、シュランはここで死んでいたかもしれないんだ。きちんと反省して今度は二度と同じ事をしないように……」
「父さん、」
「ん、なんだ?」
「父さんは最高にかっこいいや」
「はは、そう言われると照れくさいな。でもな、シュラン。父さんもシュランの事、かっこいいなと思ったんだぞ」
「どうして?」
「過程と結果はどうであれ、母さんや父さんに反発してまでレオンの事を本気で思って、怒る姿は父さんに眩しく写ったよ」
「そっか……」
僕がしたことは褒められたことでもないし、良くないことだ。結果みんなに迷惑をかけてしまった。だけど、父さんにかっこいいと言われたことがどうしようもなく嬉しかった。意識を上に向けると、夜空には無数の色とりどりな星々が輝いていた。そして牛乳を垂らしたかのような天の川が悠々と夜空に流れていた。
「シュラン、本来なら暗い森で出発するのは命知らずな行為なんだが、あいにくここは四六時中夜の血の森だ。しばらくしたら、お前を背負って出発するぞ。それまでは少しの間だが眠っておけ」
「わかった、父さん」
僕は頷いて左手をそっと夜空にかざしてみた。薬指に付けられた指輪が夜空に瞬く星々の光を青白く反射したような気がした。
届かぬ君への鎮魂歌 unknown K @unknownk
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