蛇女、見つけます!

 春海が真っ先にやって来たのは、駅の近くにあった七階建ての商業施設。ただし四階以降は駐車場の為、実質調べる階層は、地下一階から地上三階までの四フロア分だ。


「さっき氷室さんは『午前中なら買い物に、午後はそのまま映画を家で』なんて話をしていた。でも、今から家に行くには、多分、時間が氷室さんももたないと判断する筈。それなら、いくらでも時間が潰せそうな、ここ!」


 一階に足を踏み入れると、まず最初に絵本の中の花畑に迷い込んだような香りの嵐に殴られる。次いで効き過ぎているくらいの冷房のお出迎えだ。

 それを真正面から跳ね返し、春海はじっとフロアの通路を行き交う人たちを見る。


(確か蛇女が着ていたのは、薄紫色のワンピース。氷室さんは白いTシャツにジーパンだったっけ? 何か上にもう一枚着ていたような気がするけど……蛇女さえわかればいいや!)


 ぱっと見、黒髪のロングで紫色のワンピースの男連れは見当たらない。それならば、下から順に上へと追い詰めてやろうと春海は意気込む。

 念のため、東西の通路を歩きながら南北を見て一通り見てはみるが、やはり姿は見当たらない。即座にエスカレーターへと飛び乗って、二階へと向かう。


(蛇はあまり目が効かない。その分だけ匂いと熱には敏感だって、聞いたことがある。だったら、このフロアはあえて飛ばす!)


 このフロアにあるのは服飾関係と雑貨、そして書店だった。春海も何度か来たことはあるため、何となくフロアの構造は頭の中に入っていたが、一人の人間を捉えるという意味で来たことは一度もない。

 下りのエレベーターを注視しつつ、足早に周囲を見渡して、ファッション店舗の並ぶ通路へと足を進める。だが、そこですぐに立ち止まる。

 魔法で姿を誤魔化している者が、服に興味をもつか。


(興味をもつことはあっても試着とかは難しいんじゃ? 万が一、何かの拍子に魔法が解ける可能性があるなら服の着脱も避けたいはず)


 あるとすれば氷室によって一緒に歩いてみる程度。じっくり見て回るとは思えない。さっと通路を歩き回りながら、次に行くべき場所を春海は考える。


(こっちの世界に来ていろいろと知りたがっている節があった。そういう意味では服もそうだけど、手っ取り早く知るなら本が一番早い!)


 フロアの一角を占める書店。

 本ならば、そこにいながら世界のあらゆる知識を身に着けることができる。今でこそインターネットによって取って代わられた部分も多くあるが、それでも未だに本を購入しようとする人々は多い。

 競歩染みた速度で書店の入り口に辿り着いた春海は、呼吸を整えて中へと一歩踏み出す。

 店員のお礼の言葉や会計確認の声を背に本棚と本棚の間を一つずつ確認していく。見つけた時点でスマホに電源を入れ、空人に連絡をすればいい。後はバレないように跡をつければ一先ずは安心だ。

 二人が一緒であるということが確認できれば、最悪の事態は避けられる。


「仮に話しちゃってても一緒にいるってことは、最終的に丸く収められる。話してないなら、それはそれで問題なし。後は退会云々の話を何とかすればオーケー。よし、私ならイケる」


 春海は自分に言い聞かせるようにして呟くと、両手で頬を軽く叩いた。何人かがその音で春海の方を振り返るが、その中に辰巳の姿はない。

 意を決して、更に奥へと進んで行くとワンピース姿の女性が目に入り、心臓が跳ねあがる。しかし、その色は白く、髪型も明らかに違う。何より、変装するための魔法を見破る眼鏡越しに見ても、何も変化が無かった。

 だが、ふとした拍子に別の人物が映る。そこには頭からニョキッと猫の耳が生えていた。


(なっ――――!?)


 何百人もの人がいるフロア内において、春海が見つけてしまったのは別の亜人。恐らくは、猫の亜人と言われるタイプだ。

 目で追ったその人物は女性で、眼鏡を通さなければ耳は見えない。だが、一度眼鏡を通すと猫耳が見える。思わず、辰巳を追うことを忘れてしまった春海だったが、すぐに自分の目的を思い出した。


「いけない。もう少しで理性を失って、目的すら見失うところだった……」

「お姉さん。あたしに何か用?」

「ひうっ!?」


 気付くと本棚の向こう側へと歩いて行ったはずの猫の亜人が、いつのまにか春海の隣に立っていた。茶色のボブカットを揺らし、真ん丸な目で春海を見上げるようにして見つめている。

 何とか喉から漏れ出そうになった悲鳴を無理矢理止めることに成功するが、それでも一部が出てしまって変な声になってしまった。


「まぁまぁ、落ち着いて。その様子だと、カラスさんところの従業員さん?」

「そ、そんなところです。もしかして、あなたは元依頼人さん?」


 胸を擦りながら春海が問うと、猫の亜人は頷く。


「去年、お世話になった。彼には感謝しても仕切れないよ」

「そ、そうなんですか。私、あなたのような人を見るのが二人目なので、驚いてしまってすいません」

「いいのいいの。それより、何でそんなものつけてここへ? ぱっと見わからないけど、頭の上やお尻の後ろとかをずっと見てると、わかる人にはわかっちゃうよ?」

「じ、実は……現在の、そういう方々を追跡中に見失ってしまいまして……」


 春海が恥ずかしそうに告げると、猫の亜人の表情が険しくなる。


「うぇっ!? それって、まだ正式に結婚していないカップルのこと? ヤバいんじゃニャい? あ、間違えた。ヤバいんじゃない?」


 どうやら、この猫の亜人。ナ行はニャ行として普段は発音しているタイプらしい。かわいいな、撫で繰り回してやりたいな、と春海は思いつつも、「ヤバい」状態には変わらないので静かに頷いた。


「あっちゃー。そうだよねー。でも、それ破るってことは、相当なペナルティがあるってわかってるのかな?」

「ペナルティが何かご存じなんですか?」

「まぁ、口酸っぱく、カラスの人に言われたからね。嫌でも覚えてるよ。何せ二重刑罰が待ってるし、逃げても絶対に捕まるから」


 おお怖い、と猫の亜人は二の腕をさする。


「因みに具体的には?」

「そうね。一つは契約の術式を破ると、契約の女神様に処罰される。ユースティティア様っていうだけど、怒らせるとこれが怖いのなんのって。まぁ、怒らせてる人が悪いんだけどさ。とりあえず、死なない程度に雷ブチ落とされるんじゃない?」

「雷って、物理的に?」

「そう。ドンガラガッシャーンってアレ」


 死なない程度の落雷とは、と春海の中で疑問が浮かぶ。確かに落雷で生きている人も存在はするが、生物は基本、雷に打たれたら死ぬ。それは間違いないはずだ。


「そこはほら、神様の不思議パワーって奴だよ」

「神様って、凄いんですね」

「で、そっちはまだマシな方。多分、カラスの人の処罰の方があたしとしては怖い」

「神様より、怖いんです?」


 春海は想定外の言葉に目を丸くした。確かに魔法を使うが、雷を落す神様に比べれば大したことはない。


「それはこっちに住んでいる人間だから言えること。あの人の許可が無ければ、こっちに来ることができない。つまり、何かやらかしたら、こっちの世界には来られない。せっかく、自分が知ることのできた素晴らしい世界が二度と手の届かないものになる。これほど辛いものも無いと思うけど? そう考えると、今回の人。よっぽど頭が悪いみたいだね」


 春海は、それはどうか、と首を傾げる。話し方は理路整然としているところがあり、決して知性がないようには思えなかった。もし一つ当てはまる部分があるとするならば、自分の欲求を我慢できないというところだろう。


「残念だけど、この辺りには来ていないと思う。来てたら臭いでわかると思うから。それじゃあ、頑張って」

「あ、ありがとうございます」


 お礼を告げて、春海は素早く書店の通路を歩きだす。最終確認はあくまで自分の目で。それをした上で、雑貨店のエリアへと向かうことにした。

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異種族魔瞳婚活譚「あなたの伴侶はここにいますが?」~就活失敗続きの私に紹介されたのは、人間と異世界の亜人の異種族婚活相談所のスタッフ!?~ 一文字 心 @IchimonjiShin

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