サロ星人差別禁止
高黄森哉
サロ星人禁止
俺は全宇宙文学賞の選考委員に招待されたたった一人の地球星人だ。といっても、この無数に存在する知的生命体から十人しか選ばれない選考委員に、地球星人が一人でも入っているというのは驚くべきことではある。
なぜ、宇宙の隅っこにいる地球星人(体毛のない原始知的生命のこと)がそんな名誉ある立場にいるのか。それは、この星の知的生命が、他よりも文学的に優れているからである。こう書くと、長い間、宇宙の孤独な知的生命という高慢な自尊心を持っていた、この星の生命のありがちな勘違いに思われるかもしれないが、実際、優れているものは優れている。つまり、もしトーナメントでじゃんけんをすれば、どれだけ天文学的な数字でも、勝ち続ける勝者が存在するのである。
選考は白鳥座51番星の衛星軌道に位置するレストランで行われた。レストランといっても、地球で言う居酒屋に近い。ここで、酒を飲みながら議論を交わすのが、宇宙文学選考の通例となっている。
俺はコーヒーをお猪口についだ。残念なことに地球星人でいう酒は、多くの星で劇毒指定されているため、地球くらいしか扱っておらず、わりかしどこでも手に入るカフェインの酔いで我慢をするしかない。その癖、隣に座っているオロ星人はヒドラジンというひどく危険な飲料を傾けている。ヒドラジンは、多くの星でたしなまれている。
イカの頭をした、一つ目のトミダ星人がまず口を開いた。
「僕はやはりサロ星人を推そうと思う。サロ星人の作家、サロ・ヨシジロウの『棘の頭の中で』はよかったと思う。彼らの歴史を織り交ぜて独特の世界観を醸成していた」
俺はうんうんと頷いた。しかし、心中は幾分か違っていた。
テーマがこびていて気に入らない。テーマは、抑圧されたサロ星人(この種族は長年差別されていた)の風土と、そこから導かれる鬱屈とした世界観というものだが、なにが気に入らないのかというと、まずサロ星人の悲劇の歴史をまるでアピールかのように、ふんだんにくどくどしく、使っていることだ。まるで、その作品を評価しないのは、宇宙史的に無教養で、全時代種族である、といいたげに。
「たしかに。サロ星人は、全一億六千回の全宇宙文学作品賞に一度もノミネートしたことがない。そろそろ、彼らの番なのかもしれないな」
歴史の加害者であるオロ星人は、作品の内容には触れず、つぶやくように述べた。オロ星人はサロ星人を奴隷のように、いや、奴隷として扱っていたため、そう言わざるを得ないのだろう。しかし、その管楽器のような声色から、乗り気ではないことは、明白である。
「サロ星人には、第三の性別があるそうじゃないか。その第三の性別から書く恋愛観はユニークだと思う」
俺は発言した。
三千年前から続く性別にまつわる論争や風潮は、未だに地球星を覆っており、文学評論家である以上、そこに触れておかなければ、無教養だと思われ、ひいては地球文学界にふさわしくない、と追放される恐れがある。だから、作品の内容はともかく、サロ星人が受賞することは、俺にとっても好都合ではあった。
「そうだな。とっぴなアイデア、宇宙のタブーに切り込むような視点は評価したい。今の宇宙にはこういう新機軸の発想がないとは思う。宇宙社会の弱者を照らし上げる視点だ」
と、エイのような宇宙人。
わざとらしく社会問題にふれる、そしてその斜めの発想で評価されよう、という戦略は、地球の末期文学に似ていた。いかに手に取られるか、いかに話題を呼ぶか、の生存戦略が行き過ぎた結果、地球の文学は文学を逸脱していった。しかも悪いことに、作家の考える逸脱は、所詮、同じ方向であり、単一化を避けるつもりが、内容はまるで似たものばかりになっていった。例えばこんな風に、
題名・父子家庭における殺人の呼び声
内容・父子家計における女装と殺人、その末に起こる食人、また、食事における社会的メタファーに重点を置く。旧アメリカの原罪的意識と歴史における奴隷制の再考を、批判を恐れずに真正面から描き出す問題作。
この内容が去年は三作品上がってきた。そのうえ、奇跡のシンクロとして、作品の内容を脇に置き、地球の文学賞をそうなめにしたのである。
賞は巨大になればなるほど、実力の勝負からかけ離れ、政治的意図に汚染されていく。または、政治的意図に汚染されまいと、内容の評価から逸脱していくのである。
その時、給仕がすっころび、ヒドラジンが俺に襲い掛かった。俺は朦朧として手元が狂いコーヒーをぶちまけ、カフェイン耐性のないオロ星人にかかると、急性カフェイン中毒を起こす。心臓の機能が弱いオカベ星人はその惨状を見て発作を起こし心肺停止、窓の外にいた巨大なサイコ星人は心理的ストレスで自壊してしまった。
結論から言うと、選考は計六人の死者と、三人の意識不明を出す大惨事に発展した。こういう事情で、選考はついに行われなかったのだ。
にもかかわらず、不思議なことに、俺は病室でサロ星人が選出されたと知らせを受けて仰天した。しかし、なんてことはない。なるほど、彼らが受賞することは、初めから決まっていたのだ。
サロ星人差別禁止 高黄森哉 @kamikawa2001
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