第2話 雪解けの吐息

 4月の初旬。入学式を終え、クラス分けを終えた俺たちは賑わいを見せていた。

 クラスは五組まで分かれており、俺が入ったのは三組。

 そして代宮さんが入ったクラスも三組だった。

 しかし肝心な代宮さんの姿は見えない。

 何故なら入学して早々に、大きな人だかりが彼女を覆い尽くしていたからである。


「代宮さんってどこ中?めっちゃ可愛いすね!」

「もしよければ一緒に学校周りません!?」

「お前!抜け駆けずりーぞ!」


 それは代宮さんを中心とした男子のグループだった。神社の件で予想は出来ていたが、彼女の持つふわふわとした天真爛漫さは案の定、男子受け抜群だった。すでにこのクラスの八割の男どもは代宮さんの席に群がっている。


「なぁなぁ、お前。代宮さんってどう思う?

めちゃくちゃ可愛くね?正直めっちゃタイプなんだけど」


 俺は後ろの席の男子にフランクに話しかけられた。五十音順で並んでいるのでこいつは内田うちだだ。


「まぁ……あれに靡かない男はいないよな」


 俺は観衆として、代宮さんの席を遠巻きに見つめながらそう答えた。


「青井!!俺と一緒に代宮さん同盟を作ろう!!

そして!代宮さんを推しとして崇め!奉るっ!!」

「嫌だわ!?その原動力があるならアタックした方が早いだろ!?そしてさっさと砕けてこい!」

「それが出来てりゃ苦労してねーっての!

さては陽キャかお前!!」


 内田は俺の手をガッと強く握りしめたが、俺は開いた方の手で内田にチョップを喰らわせる。

 邪教を立ち上げんとしていた内田は、ちぇーっと口元を尖らせた。こいつめっちゃ話しやすいな。


「それにしても、閃鬼ひらめきって全然いねーのな。

このクラスにも代宮さん一人だし、四組に至っては一人もいねーんだぜ。あの組の野郎どもは泣き寝入りだな」

「集会の時にいた閃鬼ひらめきってたしか…四人だったっけ」

「一年生は四人だな。全員見たけど、やっぱり俺は代宮さん派!!」

「内田。言っちゃ悪いが、大抵の男は代宮さんの事がいちばん好きだと思うぞ」

「そーいう青井は誰推しなんだよぉ〜!?おおぉん!?お兄さんに話してみなさぁあい!?」


 俺は内田の性癖暴露を流しつつ考える。

 今年の一年生には、四組以外のクラスにそれぞれ一人ずつ閃鬼がいる。

 問題は彼女たちにどう接触していくか、だ。

 まだ自分のクラスにすら馴染んでいないのに、いきなり他所のクラスに接触しに行くのはあまりにリスクが高い。それなら初めはやっぱり


「代宮さん、か」

「おぉ!!やっぱ青井も代宮さん推しじゃねーか!よし!同盟結成だ!!」

「そういう意味じゃねえよ!今のは代宮さんから」

「私がどうかしたの?」

 

 声がした方に目をやると、男子の波をかき分けて俺の席まで来ていた代宮さんが、不思議そうな面持ちでこちらを見下ろしていた。

 制服姿の代宮さんは、少し持て余し気味な袖をひらひらと振っている。内田は、放心していた。


「ねぇ見て〜青井くん。制服似合ってる?」

「え、あぁ。似合ってる…すごく似合ってると思うよ」

「…?何でこっち見ないの?」

「いやぁ…その…」


 痛い。

 代宮さんの後ろに控える男子の視線が、痛い!!

 お前、代宮さんの何なん?という男子諸君の牽制と憎しみの視線が交錯し、その全てが俺に注がれている。言葉を誤れば俺は死ぬだろう。

 頼む、代宮さん。今「彼女」の話しは持ち出さないでくれ……!!


「青井くんの彼女さんの事なんだけど」

「あ、あーー!ちょっと!代宮さん!!!

場所!場所変えて話さない!?

ここちょっと落ち着かないかも!!」

「え、えぇ?うん分かったよ。場所、変えよっか」


 代宮さんは困惑の表情を浮かべつつも、俺の提案を了承する。

 そうして代宮さんの爆弾発言を遮り、俺たちは逃げるようにして教室から飛び出した。


♢♦︎


 逃げるようにして飛び出したはいいものの、学校の内装がよく分かっていなかった俺たちは、屋上へと続く階段に腰を下ろしていた。

 

「……代宮さん。彼女の話しは教室でしないで欲しい。後生だ」


 俺は切実にそう伝えた。俺と代宮さんの仲に変な誤解が生まれたら真っ先に殺されるのは俺だからだ。


「…でもクラスの皆んなに知ってもらえたら、もっと楽に彼女さんを探せると思うよ?

私、さっき青井くんの中学生時代の同級生さんに聞いたし」

「おぉい!?どこのどいつだ!?というか代宮さんも話さないで!?俺この話し結構内緒にしてるんですけど!!」


 俺と同中ってクラスには居ないよな?ってことは代宮さん、もう他所のクラスと交流してんのか。

 …いやまぁ代宮さんほどの美少女ともなると男の方から寄ってくるのか?

 住む世界が違いすぎて想像することすら出来ん。


「それで青井くん。何か手掛かりとか、あった?」


 代宮さんのふわふわした声が廊下に響く。

 この辺りは人通りが少ないのか、他の生徒の賑わいは聞こえず声がよく通った。


「…正直、何もない。一年の名前は全て通して見たけど、これと言って記憶に該当する人はいなかった」


 代宮さんはちょいちょいと角をいじっていた。

 やっぱり角にもケアとかあるんだろうか。


「そっかぁ。やっぱりそう上手くはいかないよね」

「まぁそんなに早く見つかるとも思っていないしな。これからだろ」


 自分で言うのも何だが、俺はけっこう辛抱強いほうだと思う。

 別に初日から成果を求めてはいなかったし、これから情報を集めればいい。やりようはいくらでもあるだろう。


「じゃあさ〜。私と学校、見て回らない?

情報収集も兼ねてさ」

「へ?」

「どう?」


 代宮さんは、顔を近づけてきた。ニヤッと笑みを浮かべている彼女の顔は、睫毛の本数まで数えられそうな程の至近距離だった。

 俺は慌てて後ずさる。

 というかさっき、クラスの男子にめちゃくちゃ誘われていた気がするが。代宮さん、あの誘い全部断ったのか?


「近っ!?ちょっと、代宮さん!?」

「代宮でいいよ。さんって、ちょっとくすぐったい

感じするし」


 そう言って彼女、代宮は負けじと俺の方へと小さな体を寄せる。

 尻尾は、まるで何かを警戒するかのようにゆっくりと左右に揺れていた。


「あの…代宮…さん?」

「代宮」


 小柄な筈の彼女からは大きな威圧感を感じる。どこか鬼気迫る様子だ。

 俺は、ジリジリと後ろへ追いやられる。

 更に後ろに下がろうとすると、壁にぶつかってしまった。


「ねぇ」


 その刹那、代宮は俺の後ろの壁に両手を付けて

全ての退路を塞ぐ。

 眼前に彼女のふくよかな二つの膨らみが迫る。それは制服を着ていてもはっきりと存在感を放つほどに、あった。

 代宮は大きな目を細めて、動揺した俺を見下ろしている。その顔には陰が掛かり、どこかもの鬱気な雰囲気を纏っていた。


「青井くんの彼女さん候補ってさ、私も

含まれてるの?」


 代宮は教室での天真爛漫な調子とはかけ離れた、甘い声でそう耳打ちした。

 






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記憶喪失な青春に俺の想い人がいたんです 花頼団子 @hanayori-danngo888

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