つま先

ritsuca

第1話

 その日、福島の事務所に持ち込まれたのは奇妙な依頼だった。

「この人に、会いたいんです」

「この人……?」

 はい、と見せられた端末の画面には、靴を履いたつま先の写真が並んでいる。どうやら誰かのアカウント画面らしい。ズボンの膝から下を撮った写真をひたすら撮っているようだが、裾が広がるズボンを履き続けているようで、靴は常につま先しか映っていない。

 似通ったズボンの裾は何度か映り込みながらも、ほぼすべての写真で異なる靴を履いているので靴屋や靴職人のアカウントではないか、とプロフィール欄を見てみるが「Love♡Shoes」とだけ書かれていて、性別や年齢の手がかりになりそうな文言すらない。

 端末から顔を上げて依頼人を見る。ジェンダーレスな服装に身を包み、すっきりと切り揃えられたショートカットに、切れ長の瞳。薄く施された化粧とは関わりなく、元から色が白いのだろう顔は、ほのかに笑んでいる。……笑んでいる? いずれにせよ、女性のように見えるがどちらの性別と言われても頷ける容姿をしていた。

「失礼ですが、どのようなお知り合いで?」

「フォロワーさんなんです」

「フォロワーさん」

 思わず反駁してしまったが、この言葉、二通りの意味で使われている。本来の言語の字義どおりであれば「自分のことをフォローしてくれている人」だが、たまに「自分がフォローしている人」のことを指す人もいる。さて、この依頼人はどちらだろう。

 先ほどプロフィール欄を確認したときには、このアカウントがフォローしているアカウントが10程度であるのに対して、数百のアカウントからフォローされている、となっていた。もし依頼人が前者の数少ないアカウントにいるならば、そもそもそんな用件でここには来ないだろう。と、いうことはつまり

「今までずっと毎日更新されていたのに、先週から急に更新が途絶えていて、心配で」

「メッセージへのご返信は?」

「ありません。……ほら」

 見せられた画面を見て、だろうな、と内心呟く。俗に言う片思い状態でメッセージを送った場合の画面が表示されていた。

 首を突っ込んでもこれは碌なことにはなるまいと丁重に断っていたはずが、「では、ご連絡をお待ちしていますね」とにこやかに依頼人は帰っていった。


 その日の夜、福島は勝手知ったる診療所の事務室のソファにごろりと横になっていた。診療終わりを見計らって現れる同級生が毎回パイプ椅子を並べて横になるのを見るに見かねて購入されたソファは、開いてはいるもののさほど儲かっているわけではない福島の探偵事務所のソファよりよほど寝心地、もとい、座り心地が良い。なお、買うように進言したのは診療の手伝いに通っている陸奥むつだが、それ以前からソファのカタログは宮城の机上に置かれていたのであった。

 楽園がくえんの元同級生が営む診療所には、今日も様々な患者が訪れていたらしい。陸奥が帰った後も、眼鏡をかけた宮城は自席で書類の整理を続けていた。

些か腕の良すぎる『認識者』である彼は、楽園在学中はなんでもかんでも『読』んでしまっていたけれど、眼鏡をかけることで、手当たり次第に『読む』ことはなくなったらしい。彼は、生きた人間の残滓を『読む』。

 今日も今日とて半分はそれをあてに来たことがわかっているのだろう。自席から立ち上がった宮城は、ソファの肘置きから飛び出したつま先をぐい、と掴むと足を下ろさせ、空いたスペースに腰かけた。

「また変な依頼でも引き受けた?」

「断ろうとしたんだけど、押し付けられてさー……これ、どう思う」

 どう思う、と見せたのは、依頼人から教えられたアカウントの画面。

 一瞥してずらしていた眼鏡を戻し、宮城は言った。

「やめときなよ。あ、依頼内容は聞きたくないから」

「もうとっくに守秘義務に抵触してるだろ」

「だからだよ」

 もう今日は十分働いたし、と膝に預けられた頭に、そうだな、と唇が落とされた。

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