2. 東京都八王子市の殺人樹−6
植物からデンプンや甘味料を抽出することは珍しくない。
葛餅や葛切りの材料となる葛粉はマメ科のクズの根から作られ、グリチルリチン酸という甘味料は甘草の根から抽出されている。
また幹からデンプンを抽出すると言えば、有名なのはメープルシロップである。
木に穴を開けて樹液を採取し、それを煮詰めることで甘いシロップが出来上がる。
ジャガイモやサツマイモのように、栄養を蓄えた部位がそのまま食べられるのであればこのような手間をかける必要はない。
しかし、必要な栄養だけを利用したい場合や余計な雑味を減らしたい場合などには、このような手法が用いられてきた。
最も分かりやすい例としてはサトウキビが挙げられる。
サトウキビは繊維が硬いためそのままでは食べられないが、絞ることで簡単にジュースや砂糖を作ることができる。
そして殺人樹の木部はどうやってもそのまま食べられないと確認済みである。
従ってやることは1つだった。
「削れ!できるだけ細かく削るんだ!削り節とまでは言わんが、ごぼうの千切りくらいには細かくしろ!」
貝塚はそう叫びながら剣でゴリゴリと根と幹の内側を削り出していた。
隣にいる柿本も同じように木部を削り、木くずを一心不乱に作り続けている。
何も知らない人間がこの場にいれば、正気を失ったようにしか見えないであろう光景が広がっていた。
適当な大きさに切った根と幹を十字に4分割し、4分円柱状にしたところで内側の部分をひたすら削る。
木くずの山ができたところで、今度はこの木くずを布袋に入れる。
桶に水と布袋を入れ、殺人樹の余った部位で作った棒で布袋を押し潰していく。
そうすると。
「布袋から色のついた液体が染み出てきました」
「そう、それがデンプンだ!表面にアクとかが浮いてくるからそっちは取り除くぞ」
根や幹から作った木くずを水につけて押し潰すことで、蓄えられたデンプンなどを水に抽出することができる。
これは水溶き片栗粉のようなもので、かき混ぜると液体のように水に混ざるが、時間が経てばデンプンは水の底に溜まっていく。
布袋を繰り返し押し潰し、色のついた液体が出てこなくなったら布袋を引き上げる。
布袋の中身を捨てて新しい木くずに変え、再び桶に入れて押し潰す。
この工程をある程度繰り返したら桶を一旦放置する。
そうすると水の表面に細かい木くずとアクが浮かび、底には塊が沈殿する。
表面の水を掬って捨て、新しい水を入れて混ぜ、布に通して濾過して不純物を更に取り除く。
この作業を繰り返すことでデンプンの塊が出来上がる。
「うわー、なんですかこれ。見た目は緩い塊で力を入れると掴めますけど、力を抜くと液状になって崩れていきますよ」
柿本は底に沈殿したデンプンの塊を触りながら驚いていた。
白い沈殿物の見た目はドロドロとした液体で、手で掬い上げると崩れ落ちていく。
それなのに力を入れて握ると硬く握り潰せない。
このような不思議な物体は柿本にとって初めての経験だった。
そんな柿元を眺めながら貝塚は満足そうに頷いた。
「水溶き片栗粉を濃くしたような感じだな。子供向けの科学実験とかにも使えるぞ」
「科学実験?この性質って料理以外にも使われたりするんですか?」
「防弾チョッキの中身とかに使われたりする。普段は液体だが衝撃を受けると硬くなるから、金属とは違って厚みがあっても動きを妨げにくい。それなりに便利だな。急に防弾チョッキが必要になったらこのやり方で作るといい」
「へー、確かに殴ると硬くなりますね」
そう言って柿本はペチペチと握り拳で沈殿物を叩く。
沈殿物は液体状にも関わらず、衝撃を与えると確かな抵抗を示す。
そう簡単には壊せそうにない強度だが、力を抜くと形が崩れ落ちる。
確かにこの性質があれば防具として利用することも可能だなと柿本が感心していると、貝塚はせっせと新しい水を入れ始めていた。
「師匠、この後はどうするんでしょうか?」
「このままでも料理に使えるが、使い勝手をよくするためもっと水分を抜く。時間を置くと沈殿物が硬い豆腐のようになるから、そうなったら水を全部捨てて乾燥させる」
「時間かかりそう……。火にかけるのは駄目ですよね?」
「デンプンが変質するから駄目だ。布袋に入れて吊るしたり、風を当てたりして時短するから頑張れ」
「また野宿ですね…」
沈殿物を作るには一晩あれば十分だが、そこから乾燥させるとなるとかなり時間がかかる。
火も使えないし、風が強すぎれば粉が飛んでいく。
工夫するにしても限界がある。
柿本も野宿には職業柄慣れているが、重労働をこなした後だけに熱いシャワーと温かいベッドが恋しくなり始めるのも仕方がなかった。
食べられそうにないモンスターを食べたい 牛熊 @ushikuma9963
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