2. 東京都八王子市の殺人樹−5

「くそっ、完全に見落としていた!切り株を処理して終わりにしたのがミスだった!」


そう叫びながら貝塚は殺人樹の根を掘り起こしていた。


しかし、その作業は簡単ではない。


理由は単純である。


イチョウの根はよく発達するからだ。



大きく育ったイチョウの根本が隆起し、地面から根の固まりが露出しているという光景は珍しくない。


イチョウの根はゴボウのように下に大きく伸びる根を中心に、蜘蛛の巣の如く広く複雑に成長する。


そのため、イチョウの木を排除しようとする際には、この根を掘り起こす作業に酷く手間がかかることになる。


イチョウの殺人樹もその性質を受け継いでおり、高さ5メートルを超えると当たり前のように根本が隆起している。


殺人樹の根の中心に至っては幹と同じ太さをしており、長さも数メートルを軽く超えている。


そして、そんな中心の根の周りには細い根が網状に絡まり合っていた。


そのため土を掘り起こしている最中に根に引っかかり、その根を掘り出せるように更に掘り起こす範囲が広がっていくという地獄のような作業を繰り返すことになる。



こんなものを抜こうとすればとんでもない労力をかけることになる。


当然ながら日常的な管理作業でこれ程の手間をかけていては作業がいつ終わるか分からない。


それに比べて、幹を切り倒して切り株を分割するだけなら数分で終わる。


管理課の職員が根を引き抜かなくて良いと言ったのはこういう理由があるからで、その判断は決して間違ってはいない。


どうせ死んだ殺人樹の根を放置していても再生することはなく、肥料として森林の一部へと戻るだけなのでデメリットも無い。


結局貝塚も細かい根ごと掘り起こすのは諦め、ある程度掘り起こしたところで中心の根を切ることを選択した。




「木部とほとんど一緒ですね...」


掘り起こされて輪切りにされた根を見ながら柿本はそう呟いた。


根の表面は樹皮に近く、内側は幹の木部と同じ見た目をしていた。


触ってみた感触もほぼ同じで、色は木部よりも白みが強いくらいである。


一般的に樹木の根は幹より柔らかいが、中心の根は幹と同じ太さをしていることもあり、ほぼ地中に幹が生えているようなものだった。



(これだと比較材料にはならないかな)


柿本はそう考えて軽く落胆したが、隣で輪切りにされた根に顔を押し付けていた貝塚は違ったようである。


急に笑顔になったかと思えば、根を抱えたまま立ち上がって叫んだ。


「よしっ、これでなんとかなるぞ!」


「えっ、そうなんですか?木部と一緒にしか見えませんけど」


「何を言ってるんだ恵!一緒にしか見えないから意味があるんだろ!」



柿本が意味が分からず戸惑っていると、貝塚は根を柿本に突きつける」


「いいか、今まで俺達は殺人樹が栄養をどこに溜め込んでいるのかを探していた」


「はい。でも、それらしい部位は見つかりませんでしたよね?」


「違う、それが間違いだったんだ!これだけ根が発達しているということは、殺人樹は間違いなく地面からも獲物の栄養を吸収しているということだ。そして根から栄養を吸収する過程の関係から、根には何らかの栄養が蓄えられているはずだ」



そう言いながら貝塚は白い物体を柿本の前に置いた。


「これは......動物の骨ですか?」


「そうだ!幹が太い殺人樹の根元を掘り起こしたら、そこから動物の骨や金属類などが出てきた。つまり幹と根の太さは摂取した栄養と関係しているということになる」


「ということは、殺人樹は根に栄養を溜め込む性質があるということですか?」


なるほどという顔をする柿本を前に、貝塚はニヤリと笑った。



「惜しいな。よく考えてみろ。幹と根が同じ太さなんだぞ?栄養を吸った根と幹がだ」


そう言われた柿本は顎に手を当ててしばらく考え込む。


そして1つの解答へと辿り着く。


「もしかして、木部に栄養を溜め込んでいないわけじゃなくて、木部全体で溜め込んでいたから断面を比較しても分からなかったということですか!?」


「それだ!それなら木部と根の断面がほぼ同じなことにも理由がつく。恐らく中心の根と木部に栄養を蓄えているはずだ!」


「やりましたね師匠!」


そう言って柿本は喜びながら貝塚に抱きつく。


しかし、しばらくして重要な問題に気がついた。


「.........どうやって食べるんですか?」



殺人樹の木部と根に栄養が溜め込まれているという推理は良い。


しかし、栄養が溜め込まれていることと食用にすることは別の話である。


木部は既に試したように長時間煮込んでも食べられない。


根は木部と同程度の硬さをしており、まだ試していないが恐らく同じ結末を辿るだろう。


これでは状況は全く変わっていない。



貝塚は不安げな顔をする柿本に気がつくと、笑いながら言い切った。


「栄養を取り出すんだよ」


「...溜め込まれた栄養をですか?」


「そうだ。栄養が木部と根にあると推測できれば十分だ!」


貝塚は柿本の両脇を抱えて天高く持ち上げる。


そして大きな声で叫んだ。


「デンプンを抽出するんだよ!」

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