2. 東京都八王子市の殺人樹−4
殺人樹の試食開始から一晩が経過。
「可食部がないな」
「木ですからね......」
一通りの調理方法を試した後に出てきた貝塚の感想を前に、柿本は膝から崩れ落ちそうになった。
モンスターの警戒が必要なことや火を使った調理をしていることもあり、交代で仮眠を取りつつ様々な調理方法を試していった。
その苦労の結果が事前予想の通り収穫無しとあっては流石に辛いものがある。
「まあ待て。結論を出すには早い。とりあえず検証結果を整理しよう」
そう言って貝塚は地面に表を描き、左1列目に殺人樹の部位名を、上1行目に調理方法を追記していく。
「上の部位からいこう。まず、イチョウの葉だが、これは元々民間療法やサプリに利用されてきた。ただ、政府の取りまとめた臨床データでは有意な効果は確認されていない。というか、若干の毒性のみ確認されているが、少量なら健康に被害は無いという方が正しい。なので食用の第一候補だ」
「えーと、イチョウの葉の主な成分は3つ。フラボノイドにテルペノイド類、そして毒性のあるギンコール酸ですね。フラボノイドは所謂ポリフェノールで抗酸化作用、つまり若返りに効果があるとされています。テルペノイド類も血流改善や冷え性改善に効果があるとされています。悪くないですね」
「ギンコール酸は種子にも含まれるが、人が死ぬほどの効果はない。イチョウの臭さの原因でもあるから、そっちの方が辛いな」
「それで、試食の結果ですが...」
「噛み千切れるほど柔らかくない上に死ぬほど不味い。葉を潰して汁を皮膚にかけると即座にかぶれる。ギンコール酸にしては作用が強すぎるから、多分変な方向に毒性が強化されている」
「草食性モンスターがイチョウの殺人樹の葉を食べて死んだ、という報告とも一致しますね。種子があっても食べられなかった可能性が出てきました」
そう言いながら柿本は「葉」の「生」欄にバツマークを書く。
「茹でても駄目。汁を絞って、乾燥させても駄目。葉の絞りカスにも同じような毒性があるから、これは流石に駄目っぽいな」
同じ様に貝塚も表に追記していく。
とりあえずこの表を順番に埋めていく流れになったので、2人は口頭で内容を確認しつつ手分けして作業を進める。
「新芽も駄目。大抵の新芽は柔らかく、アクや毒性も少ないから結構食えるんだけどな。新芽に喉をやられるとは思わなかったわ」
「葉の部位は毒性の塊みたいですね。種子はそもそも無いので全部バツにします」
「樹皮や木部は当然硬く歯が通らない。下茹でしてから10時間ほど出汁で煮込んでみたが、味のする木片が出来ただけだった。油で揚げても駄目。くそっ、セルロースは炭水化物なのになんで人間は消化できないんだ!」
「火で炙ったり、蒸したりしても駄目。広がる木の香りは悪くありませんでしたけど、今回の主旨とは違いますからね...。枝は幹の部位より柔らかくしなりますが、歯が通るほどでは…。枝の表面がやけにチクチクしますけど、これで獲物の水分を吸ってるのかな?」
「保水量が多いというから生木を無理矢理絞ってみたが、心なしか粘度のある死ぬほど苦い液体がわずかに取れただけだった。なんだこれ。動物とかを襲って得た栄養はどこに行ったんだ?メープルシロップみたいに樹液が取れるわけでもないし」
確認と文句の声を上げながら2人は表を埋めていく。
10分ほどで埋め終わるが、バツマークがついている欄しか存在しなかった。
絶望的な結果である。
(駄目で元々ではあったけど、どうせなら上手くいって欲しかったな...)
柿本はそう思いながら、何か見落としがないか過去の報告書に目を通す。
とはいえ、報告書は調理中に何度も確認しており見落としなどない。
(流石に師匠も落ち込んでるかな?なんて言って慰めれば...)
心配になって顔を上げると、貝塚は表と部位サンプルを交互に見比べ、地面に描いた殺人樹の絵に色々と書きながらぶつぶつと呟いていた。
葉は毒性が強化されている。
枝も本来のイチョウの枝よりしなやかで柔らかい。
つまり、全てがイチョウの木と同じわけではない。
殺人樹の行動に適した形で何らかの変化をしている。
なら他の部位は何が違う?
殺人樹は光合成を行っており、獲物がいないからといって枯れたりはしない。
つまり獲物から得た栄養は余剰分ということになる。
殺人樹の周辺では有機物の分解が早いということは、分解して何かを取り込みたいということではないか。
殺人樹に空気を媒体として栄養を吸収する機能は無い。
それなら普通の木と同じく根を経由して栄養を吸収するしかない。
では溜め込んだはずの過剰な栄養はどこにある?
幹は普通のイチョウと硬さと色が違う程度。
違いを見つけるには比較材料が足りない。
絵で描かれた殺人樹の各部位にバツマークをつけていく貝塚。
葉。新芽。枝。種子。樹皮。木部。
そして最後に残ったのが。
「根だ!」
叫び声を上げると共に、打ち捨てられた切り株の方に貝塚は駆け出した。
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