2. 東京都八王子市の殺人樹−3
管理課から許可証を受け取ってから数時間後。
貝塚と柿本の2人は目的地である、イチョウの殺人樹が配置されているエリア手前に到着していた。
交通路が破壊されモンスターが徘徊する山間部を、大きな荷物を背負いながら徒歩で進んだとは思えない進行速度である。
(師匠のこういうところは本当に凄いな...)
息を整え、水を飲みながら柿本は改めて貝塚を見直していた。
道なき道でも歩きやすい場所を見つけ、モンスターなどを事前に回避しながら移動距離を極力減らし、進行速度を維持する。
これらはハンターの基本であり、言うのは簡単だが実践するのは至難の業である。
そもそも地形が意味のわからないレベルで変わり立てたこの世界では、人類の生活圏以外での移動という行為に伴う負荷は大きい。
いつ何かに襲われるかもわからない状況下では、精神的な疲労も積み重なっていく。
実際に自分は息が乱れ、髪が顔に張り付くくらいには汗をかいている。
それとは対照的に貝塚は汗も大してかいておらず、元気そうに荷物を下ろして拠点作りを進めている。
身体能力に差があることを踏まえても、恐らく貝塚だけであればもっと早くこの場所に辿り着いていただろう。
管理課の人に大丈夫だと言ったのも、このことが念頭にあったからだ。
自分が貝塚に弟子入りしてから3年。
それなりの訓練を受けてきたが、それでも差が縮まったようには到底思えない。
自分が暮らしていた孤児院をたびたび訪れては様々な料理を作り、「子供の食育は大事だからな!ハーハッハッ!」と叫び笑いながら去っていく謎のハンター。
孤児院を出た後に生計を立てる手段としてハンターを志望していた自分にとって、貝塚はたまたま最も身近なハンターというだけであって、弟子になりたいと伝えた時にも著名なハンターということくらいしか知らなかった。
一応院長やハンター組合にも事前に相談したが、まあ実力は保証するからと苦い顔をされていた理由もその時には理解できていなかった。
しかし、今なら貝塚を師匠として選んだことは大正解だったと胸を張って言える。
弟子入りしてからしばらく経った後、お前料理人志望じゃなかったのかと言われた時は流石にショックを受けたが。
「よし、それでは食材の確保を始めるぞ。準備はいいか恵?」
柿本の息が整ったのを見計らい、貝塚は声を掛ける。
「今回は間引きも兼ねてますよね。根や切り株が残ってたら生え直してくるんですか?」
「そうらしい。だから今回切り倒した奴は根も潰しておく。イチョウは広く根を張るが、切り株を適当に4分割ほどすれば駄目になるらしい。切り株や根を引き抜く必要もないとさ。切り離した幹の方は時間が経つと植え直しても根を張らない。挿し木する枝も、生きた樹から切り離した枝じゃないと駄目だと」
「意外と繊細ですね」
「なんのかんので生き物だから生死の境目があるんだろうな。俺らの感覚からするといまいちよくわからんが」
「そうですね。どの個体から間引いていくんですか?」
「とりあえず高さ5メートルくらいの奴。品質のばらつきを確認するためある程度の数を確保しよう。個体によって幹の太さにばらつきがあるが、どれを優先しようかな...」
「太い奴が栄養豊富と考えるなら、細い奴は栄養不足。溜め込んだ栄養がどこかの部位で、何かしらの違いとして出てくるようなら話が早くていいですね」
「ふむ。まずは恵の案でいくか」
そう言って貝塚は殺人樹の生えているエリアに向けて歩き始める。
柿本もその後を追うが、ふと疑問が頭をよぎる。
「師匠。樹木系のモンスターは硬く倒しにくいという話でしたよね。今回は素材確保が目的なので火も使えませんけど、どうやって倒すつもりですか?」
「ん?そんなの決まってるだろ」
そう言って貝塚は腰から下げていた剣をコツコツと叩く。
「力技だよ」
30分後。
2人の目の前には、根本から切られた10本の殺人樹が転がっていた。
それを貝塚は上下に適当に分割した後、縦に割って断面を確認できるようにしていく。
「固いとはいえ所詮木だな。十分な物理攻撃力があれば、回避もしないから楽な相手だ」
「相性の差ですね...」
「殺人樹は弓や魔法を使うようなハンター相手だと強いんだけどな。ナイフくらいしか持たない斥候だと、枝に捕まえられた時点で詰むし。代わりに俺は空を飛ぶモンスターには手も足も出ない」
「自分のできることを把握し、勝てそうな相手とだけ戦い、相性が悪いモンスターからはさっさと逃げる。ですね」
貝塚が殺人樹を切り倒せたのは恵まれた体格によるものだけではない。
魔法や特殊な能力には目覚めていないが、代わりに肉体が他の人間よりも頑健で筋力も大幅に増しているからだ。
それなりの大きさのモンスターとも正面から殴り合えるほどである。
素材が痛むのが嫌という理由から、普段は道具や罠を使ってハンターらしくモンスターを狩ることの方が多いが、今回のようなケースであれば配慮は不要だった。
管理課も普段から間引きしていることを考えれば、貝塚と同じようなことができる人間を抱えているのだろう。
柿本は魔法を使えるが、代わりにいくら体を鍛えても同じことはできない。
こういう個人ごとの違いから、ハンターにも専門性というものが生まれるのだった。
柿本は手を後ろに組みながら断面を覗き込む。
「んー、あまり違いはないですね」
転がっている殺人樹は、幹の太さが30センチから60センチと幅があった。
しかし、断面は一般的なイチョウの木と変わらず、強いて言えば樹皮から内側は白みが強いくらい。
幹の太さによって色の異なる部分がある、といった分かりやすい違いは存在しなかった。
柿本は素手で触らないよう落ちていた適当な木の枝を拾い、それで殺人樹の断面をチョンチョンとつつく。
反応は無し。
個体ごとの硬さの違いも無し。
少し勢いをつけて叩いてみるが、割れたり水分が溢れてくるようなことも無し。
靴先であちこちをコンコンと蹴ってみるが、音や反動から違いは感じられず、中央部が僅かに柔らかいくらいである。
「事前情報通り種子は無し。葉や枝の形も個体ごとに大差無し。ふーむ、栄養は溜め込まず全部成長に利用するのか?」
そう呟きながら貝塚はメモを取っていく。
「師匠、とりあえずサンプルを取って部位ごとに並べていきますね」
「おう。頼むぞ恵」
柿本は手慣れた様子で葉や枝、樹皮などを切り離し、魔道具で生み出した綺麗な水でよく洗う。
そして簡易テーブルの上にシートを敷いて、水気を切ったサンプルを並べていった。
メモ取りとサンプル並べが終わると、2人は汚れ防止のエプロンを身につけ、髪が落ちないようタオルや布を頭に巻き、手をよく洗う。
貝塚は黒タオルと、無地の黒エプロン。
柿本は淡い水色の布と、青無地に細かい白の花柄が入ったエプロン。
どれもそれなりに使い込まれているがきちんと現れて清潔である。
調理中は必ず髪を覆い、手や調理器具もきちんと洗うよう貝塚は教えていた。
自分だけが食べるならいいが、こういうのは習慣にしないといつかミスをするから区別せずに日頃から徹底しろと孤児院でも教えており、柿本も当然それに従っている。
「それじゃあ試食を始めるぞ。いつも通り、安全が確認されるまで恵は試食無し。口にしても飲み込まないように」
「回復魔法が使えなくなったら困りますからね」
「俺が口にしても問題なく、かつ飲み込んで1日経っても症状が現れないのを確認するまでは我慢だ」
貝塚は気合を入れるように右拳を左手に叩きつける。
「よし、それではサンプルを試していくぞ!」
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