秘めたおしゃれ
キトリ
秘めたおしゃれ
校則という名の拘束に、いつしか私たちは慣れきっていた。
歴史が長い学校ゆえの男子は学ラン、女子はセーラー服という古風な制服。ただでさえブレザーに比べて装飾が少ないため気崩すにも限度があるのだが、教師の全員が生徒指導担当であるかのように教室でも、廊下でも、食堂でも、中庭でも校則で決められた着こなし以外を注意してくるものだから、コスパ・タイパ重視の私たちZ世代は大人しくオーソドックスに制服を着ている。校則ぎりぎりを攻めて各教師の主観に振り回されるのは労力に対してコスパが悪い、いちいち教師に声をかけられるのが鬱陶しいしタイパが悪い、そもそも公立高校ゆえのオンボロ校舎でおしゃれをしても仕方がない、田舎の通学路でおしゃれをしたところでミスマッチだし、といったところだ。
(大体、この学校の子たちって校則を破ってまでおしゃれしようっていう意欲がないよね)
中学3年生の秋も晩秋というべき頃に急遽、親の転勤が発表され冬休み中にT県からH県に移住することとなった私は、とにかく偏差値だけで高校を決めた。一応そこそこの学力はあったものの県が違えば入試の出題傾向も異なるものだから、希望する偏差値の高校に入ろうとすれば相応の追加勉強が必要で、制服とか校風とかとやかく言っている場合ではなかったのだ。
急いで問題集を買い直して、引っ越した先の冬期講習に通って、受験して、無事合格して、制服の採寸をするときになってやっと制服がセーラーだと知るような状態だったのだから、私も別に洒落っ気がある方ではない。洒落っ気があればさすがに制服はチェックすると思う。
そんな私も、街中で見かける高校生のスクールメイクとか制服で遊びに出かける様子なんかには憧れていたから、入学当初は中学校と変わらない、むしろ厳しいくらいの身だしなみの校則に辟易とした。ある程度偏差値が高い学校なら校則も緩くなるのではなかったか、と困惑していたところ、出席番号の関係で隣の席になった現クラス委員長、絵に描いたような優等生のゆかりちゃんが苦笑いしてその理由を教えてくれた。
「この学校、古いからさ。私のお母さんも、おばあちゃんもこの高校の出身なの。まぁ、おばあちゃんの時は高等女学校だけどね。だから地域の人の愛着がすごくて、着こなし方が昔ながらのまま、かつ、地域の目が厳しくて先生たちも妥協できないというか。あまり気崩していると近隣住民から通報されたりするって聞くし」
生徒にとってはなんとも迷惑な話であるが、数か月前に引っ越してきたばかりの新参者の私がとやかく言えることではない。私以外の新入生は、ちゃんとオープンスクールにも行ったり口コミを集めたりして校則が厳しいことを理解してから入学したのだろう。大半の生徒が最初から従順に校則通りの身なりをしており、一部の派手な子たちも先生たちとバトルしたのちに渋々従うか、いつの間にか退学しているかで、文化祭が終わる頃には大人しくオーソドックスな着こなしをした生徒しかいなくなっていた。
「今日からタイツ解禁かぁ。みんなはいつから履く?」
「なんか微妙な気温だよね。寒いような、動けばそうでもないような」
「私は12月からでいいかな。どうせ体育の時は靴下だし」
11月後半、ついに黒タイツが解禁された。タイツは80デニール以上と厚さまで決まっている校則の細かさには苦笑いするしかないが、防寒という観点でいえば確かに80デニールは必要なのかもしれない。80デニールどころか110デニールのタイツしか持っていない私にとっては考慮に入れなくていい校則だ。
今年は変な気候で晩秋の朝晩でも全然寒くないし、その証拠に未だ
「ゆかりちゃん、もうタイツなんだ」
私はスクールバッグの中身を机の中に収めるとゆかりちゃんに声をかけた。文化祭後の席替えで、ゆかりちゃんの席は私の斜め前になり、久しぶりに席が近くなってよく話すようになった。
「家が山の上だから朝の通学が寒いんだよね。平地はそこまでじゃないんだろうけど」
「そんなに違うの?」
「かなり違うと思う。うちの裏山のイチョウはもう葉が散っているからね」
どうやらゆかりちゃんの家はかなり標高が高いところにあるらしい。確か山の上の方に住んでいる人たちがこの地域に長く住んでいる人らしいと親も言っていたから、おばあちゃんの代からこの高校に通っているゆかりちゃんの家が山の上にあるのは道理だ。山を見れば麓付近はモミジの赤やイチョウの黄色が見えるのに対し、頂上付近は常緑樹の緑を除けは茶色ばかりで、終わりかけの
そうこうしているうちに4限目になり、体育の時間がやってきた。今月は外でテニスをする女子が教室で、体育館でバスケの男子は体育館の更衣室で着替えるので男子が全員出て行ったのを確認して着替え始める。
「あー、失敗」
斜め前から聞こえたゲンナリとした呟きに、私は思わず反応した。
「どうしたの、ゆかりちゃん」
「いや、タイツの下に靴下を履いておけば良かったって思って。そうしたら脱ぐだけで済んだのに……」
「靴下はあるの?」
「雨に濡れた時用の予備があるから大丈夫。いや、でもそういう意味でも危ないかも」
「タイツで体育は無理だから気を付けないとね」
私はそう言って、何気なくゆかりちゃんに視線を向けた。ゆかりちゃんはタイツを脱いだところだった。
(あれ……?)
私の目はゆかりちゃんの足に、もっと言えばつま先に釘付けになった。人間の爪としてはあり得ない鮮やかな紫色。キラキラと輝いているからラメも塗っているのだろう。もちろん校則でマニキュアは禁止されている。というか、体に塗るものであれば日焼け止めと薬用リップクリームと制汗剤以外は禁止されている。
「なに?」
「いや……つま先が」
「あぁ……ペディキュアのこと?」
ゆかりちゃんは少し声を落として言った。私は頷く。
「かわいいでしょ」
「う、うん。名前がゆかりだから紫?おしゃれだね」
「いや、気分だけど……そういうことにしておこうかな」
「なんか、意外。ゆかりちゃんが校則を破ってるの」
私がそう言えばゆかりちゃんは一瞬目を丸くした後、いたずらっぽく笑った。
「あはは、
「確かに。足を怪我しない限りはバレないのか」
「そうそう。まぁ、最悪は『爪が割れないように塗っています』とでも言えば見過ごしてもらえるでしょ」
「その色とラメで?いくら優等生のゆかりちゃんでも無理じゃない?」
「えへっ、やっぱ無理かな。……絶対言わないでよ?」
「言わない言わない。でも、いいなぁ。私も塗ろうかな、つま先だけ」
「いいね、塗ろう。仲間だ」
「うん、仲間になる」
「ゆかりー!あかねー!着替えた?閉めるよ?」
体育委員の声が聞こえた。私たちが話しながら着替えているうちに周りの子は着替え終わってグラウンドへと出発していた。
「靴履き替えたらいける!」
「待たせてごめん!」
私とゆかりちゃんは急いで教室を出る。仲間。いい響きだ。グラウンドに向かいながら、早速つま先を何色に塗ろうかと考える。
(朱音だし、最初に塗るのはやっぱり朱色かな)
秘めたおしゃれ キトリ @kitori_quitterie
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