近未来純死歌 stay forever young

ブロッコリー展

近未来のある最先端学園都市にて


固定された壁がほとんどない日本建築は、仕切りを動かすと部屋が一気に外光で満たされる。


ともすると、そんな種類の変化が2人の心の中に今起こった。


お互い目を合わさずに、さりげない会話の中。


「ワルツを踊りましょう」と男子生徒が言った。


「ええ、踊りましょう」と女子生徒は答えた。 


2人はこれを“死のう”という意味で使っていた。


音もなく自転するこの惑星の上、2人は死ぬまでは共に生きようと誓い合った仲。恋を知る前に恋を失う覚悟あり。


意志の疎通が済むとすぐに2人は学校内の別々の場所へと離れた。互いの横顔を強く記憶に留めて。


ここは超監視学園都市。AIによる検束とも言える包囲網が彼らから自由を奪う場所。空前の少子化下のすべての少年少女たちはここに集められている。


その理由を語る前に彼らの制服を説明しよう。


完全自殺防止スーツ仕様となっている。あらゆる自傷行為はブロックされる……。このハイテク制服がちかの少年少女の切なる願いを打ち砕いてきた。


さらに反抗阻止のため、体内にマイクロチップを埋め込むのでなく、体内で自然にマイクロチップを生成できる遺伝子を組み込む方法によって遠隔で思想信条を操作され、無理矢理にメタレベルでの理解をさせられる。


生命科学の進歩はヒトの寿命を飛躍的に延ばした。ついこの前まで200年だったのが、今や300年だ。


するとどうだろう、


若者たちは  死に急ぎだした。


平均寿命が上がれば上がるほど若者たちの絶望は増幅した。


憫然たるや、死ねない世の中に押し潰されそうになって死に走る彼ら。




✳︎




散りぬべき


時 知りてこそ


世の中の


花も花なれ


人も人なれ




✳︎




若者たちは、汚れきる前に、美しさを残したまま死にたがった。想到シタ。まるで冴え冴えとした夜の月のままで……。


政府はこの事態を深刻に受け止め、


急激に跳ね上がった若年層の自殺率をゼロにするという大目標を達成すべく、自殺抑止の究極の策を講じた。


それが、“この場所”ということになる。


今日も総合体育館にて全校生徒で朝礼。


傀儡の学園都市最高司令長官の訓話を整列して聞く。


“you can not take it to heaven”の一辺倒だし、“燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや”のオンパレードだ。


老害  のべつ  幕なし。


生徒達の合間を縫うように、fmRIスキャナーロボが生徒達の脳データをリモートビューイングしている。何を考えているかはすぐにバレてしまう。


涅槃のデータをコピーしたものを生徒間で密かに共有して書き換えることで本当の脳データを守ったりしている。


男子生徒は女子生徒とのやりとりを何度も頭の中で繰り返す。


「美しいままでいたいのです」


「ええ、わたしもです」


(どうか僕らに死を禁ずることなかれ)


(ずっと生き続けるなんてことは、『超限』という、ふつうの無限よりも大きい数学的概念みたいだ)


「死ぬ気でついてきてくれるかい」


「ええ、命の限りに」


これはもうずっと昔の話だが、『心のアップロード』そのものが主観的な自殺にあたるかどうかの議論が起こったことがあった。


2人は信じていた。ほとんどすがるように。


それに関する、子供のあいだだけのほとんど迷信じみた言い伝えを。


それは、ある特別な気象現象の日に空に現れるという『パルテ脳神殿』に辿り着き、自分の心をアップロードしてから死ぬことができれば、“永遠なる清麗美彩たる魂”として宇宙で生きていける……というもの。


いったい誰にこの2人の純乎たる思いを笑うことができよう。


規制された放課後、2人は兼ねてからの脱出計画を実行に移した。


プールの下の空間に実習の授業時に秘密で育てた植物があった。若者たち用に安全に遺伝子組み換えされた植物の遺伝子を組み戻しをして、毒草を作ったものだ。


「どうか泣かないで」


「ええ、泣かないわ」


食べながら泣いた。苦い味ならよかった。


若さ、汗、涙、その全ては詠み人知らず。to real taste of life


“神よ、我が義と我の全きに従って私たちを審き給え”


現世事象を脱俗せしめて、随喜の涙をこぼす、その時を2人は夢見る。Do what you love


毒草はすぐに効いた。


倒れた2人は保健室に運ばれた。


心で手を繋いでいる。これはまだ未定義の過去完了。


最新技術の粋を集めた保健室には、万が一生徒の中に自殺者が出ても、確実に蘇生または生命の再形成ができる設備が整っている。


ベッドに寝かされるふたり。


2人の飲んだ特殊な毒草の成分分析が行われる。まんまとAI治療プログラムにバグを起こさせた。


システムダウン。


やむなく2人は別施設へ移送されることとなった。計画通りだ。


待つあいだ目だけで会話する。


「見てごらんよ、空を」


「ええ、見たわ」


“赤紫色の夕焼け”と“逆さ虹”。特別な気象条件が揃った。その中央にパルテ脳神殿が果たしてほんとうに現れているのか。


2人の心の中は空々寂々を保つ。


無人の空飛ぶ救急車が到着した。


収容され飛び立つ。


頃合いを見計らって、男子生徒が自殺防止スーツ機能を利用して通信システムをハッキングしてジャック。


車をコントロール下においた。


2人は笑顔で手を握りあう。


空へと昇りしな、下を見れば、あの俗悪巨大な精神的ファラーデーケージを完全に脱したのがわかる。ここからいま全世界を看取できる。


さあ、パルテ脳神殿へ。


すぐに無数のドローンが追ってくる。


ブーストしつづけスーパーソニック。


just wanna dance with you


天高く  狂詩曲


“総て悪を為す者よ、2人から離れ去れ”


そして


見えた!


目指すパルテ脳神殿が煌々と。


2人頷き合い、また真っ直ぐ前を向く。


「さあ、ワルツを踊ろう」


「ええ、踊りましょう」


その言葉は神韻となり、星となる。


だが、その時ちょうど地上では最高司令長官が政府からの撃墜承認を受け取った。


前例が生まれることは何としても避けよ、と。


せめて2人が心をアップロードするまで待てないものか。


本懐を遂げるわずか手前


2人は夕暮れを爆発させて散った。







                     終


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近未来純死歌 stay forever young ブロッコリー展 @broccoli_boy

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