統合

精神科医の先生は、私のメモを読み終えると、静かにペンを置いた。


「では、お話を聞かせていただけますか?」


私は頷く。初めて、自分の声で語ろうと思う。



あの日から、私は「中村さん」を探す旅を始めた。


街中で自分の写真を見つけるたび、その場所を記録した。非公式ファンページに投稿される自分の切り抜きを保存した。知らない誰かになりすました自分のアカウントを見つけては、スクリーンショットを撮った。


気がつけば、新しい「私」のコレクションができていた。


そして、ある日、分かった。 これらの「私」は、全て本物だったのだと。



母の家に戻ったとき、押し入れから古いアルバムが出てきた。


幼稚園の発表会で緊張した顔の私。 中学の卒業式で泣きじゃくる私。 高校の文化祭で友達と笑う私。


それらの写真には、フィルターも加工もない。でも、確かにそこにいた私は、演技をしていた。


完璧な生徒でいようとした私。 良い娘でいようとした私。 明るい友達でいようとした私。


SNSの中の私も、確かに「私」だった。 現実の私も、確かに「私」だった。


私は、いつだって演じていた。 でも、その演技は、全て本物の私が選んだものだった。



今、私は新しいアカウントを持っている。


フォロワーは百人もいない。投稿は週に一度くらい。 加工アプリは使わない。でも、それは「偽りのない私」だからじゃない。


ただ、今の私は、そういう演技を選んでいるだけ。 明日は、また違う私を選ぶかもしれない。 それも、全て本物の私だ。



「先生」と私は言う。「人は、いくつの自分を持っていていいんでしょうか?」


先生は微笑んで答えた。 「それは、あなたが演じきれる数だけ、ではないでしょうか」


私はハンドバッグからスマートフォンを取り出し、カメラを起動する。


画面に映る私の顔は、確かに私のものだった。 これも、私という演技の一つ。 でも、その役者は間違いなく、本物の私。


投稿ボタンに指をかけながら、私は考える。 人間は、役を終えたら、ただ新しい役を手に入れるだけ。


「今日も、素敵な演技をしよう」


そう呟いて、私はシャッターを押した。

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分裂 FUKUSUKE @Kazuna_Novelist

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