統合
精神科医の先生は、私のメモを読み終えると、静かにペンを置いた。
「では、お話を聞かせていただけますか?」
私は頷く。初めて、自分の声で語ろうと思う。
*
あの日から、私は「中村さん」を探す旅を始めた。
街中で自分の写真を見つけるたび、その場所を記録した。非公式ファンページに投稿される自分の切り抜きを保存した。知らない誰かになりすました自分のアカウントを見つけては、スクリーンショットを撮った。
気がつけば、新しい「私」のコレクションができていた。
そして、ある日、分かった。 これらの「私」は、全て本物だったのだと。
*
母の家に戻ったとき、押し入れから古いアルバムが出てきた。
幼稚園の発表会で緊張した顔の私。 中学の卒業式で泣きじゃくる私。 高校の文化祭で友達と笑う私。
それらの写真には、フィルターも加工もない。でも、確かにそこにいた私は、演技をしていた。
完璧な生徒でいようとした私。 良い娘でいようとした私。 明るい友達でいようとした私。
SNSの中の私も、確かに「私」だった。 現実の私も、確かに「私」だった。
私は、いつだって演じていた。 でも、その演技は、全て本物の私が選んだものだった。
*
今、私は新しいアカウントを持っている。
フォロワーは百人もいない。投稿は週に一度くらい。 加工アプリは使わない。でも、それは「偽りのない私」だからじゃない。
ただ、今の私は、そういう演技を選んでいるだけ。 明日は、また違う私を選ぶかもしれない。 それも、全て本物の私だ。
*
「先生」と私は言う。「人は、いくつの自分を持っていていいんでしょうか?」
先生は微笑んで答えた。 「それは、あなたが演じきれる数だけ、ではないでしょうか」
私はハンドバッグからスマートフォンを取り出し、カメラを起動する。
画面に映る私の顔は、確かに私のものだった。 これも、私という演技の一つ。 でも、その役者は間違いなく、本物の私。
投稿ボタンに指をかけながら、私は考える。 人間は、役を終えたら、ただ新しい役を手に入れるだけ。
「今日も、素敵な演技をしよう」
そう呟いて、私はシャッターを押した。
分裂 FUKUSUKE @Kazuna_Novelist
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