萌え怖

釣ール

危ない弟

 二〇〇〇年に産まれた人達も大学を卒業し社会人になって二年が経過けいかしている。


 私は二十代後半になって転職前提で女性会社員として働いている。


 今住んでいる場所が駅近えきちか、飲食店多め、コインランドリーあり、広い公園あり、ジムありと苦労して不動産屋とインターネットを使って調べただけあって快適な場所が見つかって住み続けている。


 あとは男性との付き合い。

 昔は海外の人が良かったなあ。


 多様性たようせいだなんだと言われてもみんなそれはそれ、これはこれとわりきって過ごしている。


 周りも結婚がどうのとか三十代以上の人には言っているけど私は言われたことがない。


 そういえば『弟』も二十代前半になって上京しているとか。


 仲が悪いわけじゃないけど怖くて。


 仲間想いだし家族想いなのはいいけど喧嘩けんかが強くて『わけのわからないもの』へ平気な顔して戦いをいどむ背が高くてあまりしゃべらない人。


 いそがしくて連絡をとってなかったし、弟にも弟の生活があるから気をつかっていた。


 そうか。

『わけのわからないもの』が消えてから五年つのか。




───わけのわからないもの




 二〇二〇年の夏。

 まだ大学生だった私は先がなくなっていく現代社会とコロナウィルスの人間社会へのとけ込み方が卒業を急かすように授業の時間をスマホのスケジュールに組み込ませた。


 あるゆる常識も先人の知恵ちえも役に立たなくなり、弟も貴重な高校時代最後の思い出が辛いものになっているのではないかと心配になるほど。


 自慢じまんでもなんでもないが弟は平均身長より少し高く、やせて見える身体は必要な筋肉しかなくて何をやっているのか分からないしあまり会話をしない人だった。


 久しぶりに実家へ帰った時も顔を合わさなかった。

 男の子だし大学生のお姉さん相手だと気はずかしいだろうなあと思って一度も喧嘩けんかをしたことがなく、やりたくもない勉強も文句ひとつ言わない弟がたまに傷を一つだけつけて帰ってくると心配になっていた。


「大事な友達を人間あつかいしない時代おくれの連中に勝ったんだ。傷も一つしかついていない。それに先に手を出したのも相手。ギリギリまで俺は手を出していない」


 喧嘩けんかした証拠しょうこはあまり仲良くない別の高校の友達が撮ってくれてトラブルにはならなかったらしい。


「連中ってあんた一人で喧嘩けんかしたの? いくら他の仲間がいたからってこのご時世じせいで。そんなの私はなんて言えばいい?」


 弟は悪いと言って部屋へ帰った。


 別に問題児もんだいじとか言うわけがない。

 そうだったとしてもあんたならすぐに適応てきおうするでしょう?

 生きづらい現代に。


 実家に帰ってすぐに物騒ぶっそうな会話をしてくる弟はいつ、どこで、何を学んで生きているのか分からない怖さがあった。



 そろそろ今の家へ帰ろうとしたら弟が道をふさいだ。


「え? 今度はなに?」


「ふせて」


 弟は私を地面へ優しくふせさせた。

 すると部屋の空気がなにやらきりなのかくもなのか分からない空間につつまれた。


「くそっ。あいつら別の流派りゅうはからもらった術で俺をつけていたか」


「待って? さっきから何の話? あんた何と戦ってきたの?」


「姉ちゃんは俺が守る。この世界なら現実で流れている時間は遅い。ここでの一時間は現実ではコンマ一秒! その変わりこの空間のあるじを殺さないと帰れない」


 なんの話をしているんだ?

 あとなんか漫画かインターネットで流れていたセリフを私が使うとは思わなかった。


「一体、何と戦っているんだ?」


 空気のかたまりが実家だったはずの家をきりでつつみ、広い世界へと変えた。


 弟は何かロウソクを用意して火をつけた。

 どこから、どうやって?


「このロウソクについた火を身体にまとえば現実ではただの水分でしかないきりへダメージをあたえられる。姉ちゃん。ここは人間の理屈でどうにかできる世界じゃない。解決させるから待っていてくれ」


 コロナ禍でなんかあったの?

 火をまとうって?

 そもそも誰と喧嘩けんかしてこんなことに?


 つっこみどころ満載まんさい

 それなのに弟なら解決できると信じていた。


 ロウソクの火をまとった弟は半裸はんらで細い身体にしっかりと成長途中の筋肉を背中でみせつけ、格闘家かくとうか競技者きょうぎしゃをあわせもつオリンピックスケーターのような動きでおそってくるきりの怪物と戦っていた。


「日本人だからって馬鹿にするな!」


 いやいや複数の人間と喧嘩けんかして傷一つだけのあんたが日本人だから弱いってそれはそれでこの世界はなんなの?


 仕方ないか。

 コロナ禍になっている非日常な世界でもあったか。

 現実は。


 ってちがう!

 もう元の世界に帰りたいとかじゃなくてあんたが無事だったらそれでいい。


 弟は私の心配をよそに見ている人間が限られているからってアニメ主人公みたいに動き回っていた。


 どこで覚えたその蹴りは!

 あれパンチなの?

 攻撃まったく食らってない?


 あれよあれよときりのかたまりをたおしてしまった弟。


 私に手を差しのべ、その腕に手をのばす。


「背中、かっこよかったよ」


「姉ちゃんには何にもなかったか。巻き込んでごめん。大学いそがしいのに」


 危ない弟。

 この先どうしていくのか分からないけどあんたならなんとかしちゃうのかもね。


 文字通りコロナに負けなかった男。

 もし私が付き合うならもうちょっと安全な人がいいな。

 ここまでかっこよすぎる弟を見ちゃうと。



 あれから五年がったか。

 弟が高校卒業してからどうしているのか怖かったけど、連絡先は変わってないと信じて久しぶりにトークを送ってみた。



 弟:姉ちゃんか。ずいぶん久しぶり


 私:とくに話すことなかったけどまえ私が実家帰った時に変なきりがあったじゃない?

 それ思い出してさ


 弟:あの流派りゅうはは俺たちが壊滅かいめつさせたから気にしなくていいよ


 私:そうなんだ。すごすぎ。話は変わるけど東京にいるならいい店教えようか?


 弟:俺がおごる。久しぶりだし。


 私:じゃあ予定が空いたら返事して


 さりげなく功績こうせきを説明されたけど色々と非凡ひぼんなんだなあ弟は。


 弟じゃなかったらほれたかもしれない。

 いや、どうかな。


 姉から見る弟の補正ほせいはとれないから。


 何かあったら助けてくれそうな弟か。

 細く長く関係を続けたい。


 だって怖いから。


【了】

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