第2話 【喧嘩編】

 俺は人の心を読むことができる。

 はじめに言っておくが、別に心理学に精通しているわけでもなければ、推理力に秀でているわけでもない。ただ純粋に人が何を考えているのか、見通すことができる能力を持っている。

 どうしてそんな能力があるのかは分からない。人間が起こした奇跡なのか、はたまた神様の悪戯ってやつなのかもしれない。いずれにせよ、人ならざる力であることは間違いない。

 初めて人の心を読んだのは5歳の頃、相手は母親だった。

 それから俺は人の心を頼りに、うまく人間関係を構築することで、世渡り上手となっていったのだが、俺の能力にも弱点がある。それは、ということ。

 そんな俺だが、今や立派な彼女持ち。それも皆に自慢できるほどの美人さん。名前は十六夜いざよい瑞姫みずき。彼女もまた俺と同じだった。


♢♢♢

 

 そして交際を始めて1ヶ月が経ったある日、事件は起きる。


 きっかけは些細な喧嘩だったのだが、その直後に彼女の心を読んでしまい、馬鹿な俺はあろうことかを口にしてしまった。当然彼女は烈火の如く怒った。


「つまり颯人君は、もう私のこと好きじゃないんですね!」


♢♢♢


「はぁ、俺は本当に馬鹿野郎だ」


 学校から帰宅し、自室のベッドに身を投げると、自己嫌悪に陥る。これまで能力を巧みに使いこなすことで波風立てることなく、平穏無事な人生を送ってきた俺。喧嘩など無縁な存在。だから正直、どう対処すれば良いのかサッパリだった。

 

「もしかして瑞姫のこと、好きじゃないのか?」


 ここでふと自己分析。瑞姫のことは好きだ、当たり前である。初めは一目惚れだったわけだが、性格もなお良し。俺はますます夢中になっている。それなのにどうして? 答えは意外と簡単だった。好きという感情がからである。

 そもそも俺の能力はlike程度の好きでは制限を受けない。つまりlove。もっと好きという感情が大きくなければ、制限されないのだ。

 瑞姫のことは好き。だが喧嘩が引き金となり、一時的にloveからlikeに降格した。それが現状だった。

 だがそのことを彼女に伝えたところで余計に怒らせる、もしくは悲しませることぐらい、俺でも分かる。


「俺は一体、どうすればいいんだ?」


♢♢♢


 翌日。俺は憂鬱なまま、学校へ行く。


「瑞姫、おはよう」

「おはよう、ございます」


 隣の席である以上、離れることはできない。俺は平常心を保ちつつ、挨拶したのだが、どうも彼女の反応が他人行儀だった。まるで1ヶ月前に戻ったみたいに。


「昨日のこと、まだ怒ってる?」

「怒っているかどうか、私の心を読めば分かるのでは?」

「…………」


 冷たいなんて生温い。彼女の氷のような言葉が俺の心に真っ直ぐ刺さる。こんなの心を読むまでもなかった。あぁこれはマズい、非常にマズいぞ。結局朝の時間は互いに気まずさを残したまま、終わりを迎えた。


♢♢♢


 昼休み。俺は友人のやなぎ邦光くにみつと昼食を取っていた。柳は中学時代からの友人で、能力のことまで知っている、俺のよき理解者である。


「喧嘩の理由はともかく。ひとまず僕が言えることは、君が悪いってことだ」

「そんなこと、俺だって分かってるさ」

「それにしても、loveからlikeに降格すると能力が使えるとは。君って本当に面白いね」


 見世物じゃねぇんだよ。今にも吹き出しそうにしている友人を恨めしそうに見る。


「それで、俺はどうすれば良いと思う?」

「至極簡単なことだよ。彼女に現状をしっかりと伝えるべきだね」

「君への気持ちはってか。おいおい、そんなこと言えば、最悪破局だぞ」


 別れるなんて冗談じゃない。俺は柳の提案を拒否するが、「まぁ待ちたまえ」と宥められる。


「君の能力を彼女が100パーセントで理解していないことが問題なのさ。それに、四六時中loveの感情を維持できる人間なんて、僕はこの世に存在しないと思う」

「でも俺は昨日まで、瑞姫の心を読むことができなかったぞ」

「読むことができなかったんじゃなくて、本当は読もうとしなかったんじゃないのかな?」


 言われてみれば確かにそうだ。気持ちを伝える前も、交際するようになってからも、俺は瑞姫の心を読もうとしたことはなかった。昨日まで一度も――。


「まぁいずれにせよ、最終的には十六夜さんが納得してくれるかどうかなんだけどね」

「納得してくれなかったら?」

「その時は骨でも拾ってあげるさ」

「おい、俺は死なねぇぞ」


 正直抜本的な解決方法が見つかったわけではない。柳の提案はまさに諸刃の剣。一歩間違えれば悲劇に繋がるが、それでも俺は覚悟を決めることにした。


♢♢♢


 「颯人君、お話って何ですか?」


 その日の放課後、俺は瑞姫を屋上に呼び出した。


「まずは昨日の喧嘩だけど、あれは俺が悪かった。本当にごめん!」

「……別に謝らなくても。私だって、非はありますから」

「あと、瑞姫には知ってもらいたいことがあるんだ」


 それから俺は自分の能力について、話せることはすべて話した。loveでないと能力の制限を受けないこと。そして現状、loveではなくlikeに気持ちが揺れ動いているということ。決して『降格』という言葉は使わずに。


「じゃあ、今はlikeというわけですね?」

には、そうかもしれない」

「そう、ですか……」


 俺の言葉にショックを受けたのか、瑞姫は俯いてしまった。だからどんな表情を浮かべているのか、把握できない。でも伝えたいことはすべて伝えた。これで駄目なら、悔しいがすべてを受け入れるつもりだ。俺は瑞姫の返事を待った――。


♢♢♢


「颯人君、1つだけ良いですか?」


 それからどのくらいの時間が経ったのだろうか? それは定かではないが、瑞姫によって沈黙が破られた。ちなみにまだ顔を上げていない、下を向いたままだ。


「今も私の心を読むことができるのなら、読んでください」

「いいのか?」

「はい、大丈夫です」


 彼女に言われるがまま、俺は能力を発動させる。すると瑞姫の心の声が聞こえてきた。


(私、颯人君のこと諦めたくないです! それは絶対譲れません。たとえ嫌われちゃったとしても、私からサヨナラすることはしたくないんです!)


 濁流のような激しい感情が流れ込んでくる。俺はそれに流されないよう、必死になって読み取ることに専念する。


(颯人君が私のところを好きでいてくれるなら、likeでもloveでも今はどちらでも良いんです。ただ私のことを嫌いじゃなければ。それに私――)


「瑞姫っ!」


 もう充分だった。俺は目の前にいる瑞姫のところを優しく抱き締める。すると、彼女の身体はひどく震えているのが分かった。俺は本当に何をやっているんだろうか? こんなにも自分のところを想ってくれている人を不安にさせるなんて……。彼氏失格だ。


「失格、じゃないです」


 俺の心を読んだのか、瑞姫は否定してくれる。それでも俺の気持ちは収まらなかった。


「能力が使えるとか使えないとか、関係ない。俺は瑞姫のこと、大好きなんだ!」


 言葉にしたところでどこまで信じてもらえるか分からない。でも、それでも! 俺は今の気持ちをすべて曝け出す。


「颯人君は私のこと、好きですか?」

「もちろん!」

「本当に?」

「本当だ! もし不安なら、俺の心を好きなだけ読んでくれ」

「ふふっ、もうそんなことしませんよ。その代わり――」


 瑞姫は小さく笑うと、腕を俺の背中に回してくれた。


「もっと私のところを好きになってください。私ナシじゃいられないくらい」

「今も瑞姫ナシじゃ無理なんだが」

「もっとです。いずれはlikeやloveを遥かに超えて、好きになってください」

「あぁ、分かった。約束する」


 これからも能力に悩まされることはあるだろう。それでも瑞姫に対する俺の気持ちは変わらない。いや、これからはもっと大きくなっていくに違いない。


「ねぇ颯人君、まだ私の心読めますか?」

「…………アレ、読めない」


 まったく人騒がせな能力だな。本当に、困ったもんだ――。




♢あとがき♢

まずは最後までお読み頂き、誠にありがとうございます。

それにしても颯人君、喧嘩1つでloveからlikeに感情が降格するなんて情けない!

まぁ多感な高校生である以上、仕方がないのかもしれません……。

場面が転々としてしまったところは次回への反省点ですね、頑張ります。

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君の心の声を知りたい あざみ忍 @azami_shinobu

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