君の心の声を知りたい

あざみ忍

第1話

 俺は人の心を読むことができる。

 はじめに言っておくが、別に心理学に精通しているわけでもなければ、推理力に秀でているわけでもない。ただ純粋に人が何を考えているのか、見通すことができる能力を持っている。

 どうしてそんな能力があるのかは分からない。人間が起こした奇跡なのか、はたまた神様の悪戯ってやつなのかもしれない。いずれにせよ、人ならざる力であることは間違いない。

 初めて人の心を読んだのは5歳の頃、相手は母親だった。

 それから俺は人の心を頼りに、うまく人間関係を構築することで、世渡り上手となっていったのだが、俺の能力にも弱点がある。それは、ということ。

 そして今、そんな人間にまたしても出会ってしまった。彼女の名前は十六夜いざよい瑞姫みずき、クラスメイトである。


「十六夜さん、おはよう」

「おはよう、ございます」


 朝の挨拶。たったそれだけで幸せな気持ちになる。俺の席は窓側の一番後ろ。そしてその隣が十六夜さんだ。俺は机に突っ伏すと、寝たふりをしながら彼女の方へと目をやる。

 肩までかかった艶のある黒髪。丸眼鏡の奥に光る鳶色の瞳。透き通った白い肌。潤いを含んだ朱色の唇。どのパーツも完璧。ここまで容姿が整っている人を俺は今まで見たことがない。美人だなぁ……。

 そんなことを考えながら見惚れていると、十六夜さんは急に立ち上がり、そそくさと教室から出て行ってしまった。せっかく眼福だったのに、残念。

 結局、彼女が戻ってきたのは1時限目の授業が始まる直前だった。


♢♢♢


「あの……。遠野君、放課後にお話したいことがあります」


 それから昼休み。友人との昼食を終えた俺に、十六夜さんが神妙な面持ちで声を掛けてきたものだから、さぁ大変だ。だって俺、彼女のこと何も分からない。高校に入学してまだ1ヶ月。接点もまだあまりないわけで。それなのに話したいこととは一体なんだ……。もしかして朝の時間、密かに見ていたことに気付かれた? いやもしかしたら俺、知らないうちにそれ以上の粗相を犯してしまったのかもしれない。結局そのあとの授業は全く集中できず、そのまま放課後を迎えることになった。


♢♢♢


 放課後。いよいよ決戦の時がやってきた。いや何かと戦うわけではないのだが、気持ちだけは強く持とうとした。教室は俺と十六夜さんの2人だけ……。


「遠野君、今日はお時間を取らせてしまってすみません」


 俺は全く問題ないと言わんばかりに、首を横に振る。落ち着け俺、これから先何が待っていようと平常心を保つんだ。


「遠野君は人の心を読む、読心術って信じますか?」

「……えっ?」


 だが彼女からの問いかけに、俺は思わず間抜けな反応をしてしまった。読心術だと? それは俺の唯一の取り柄とも呼べる能力だが、どうして彼女がそんなことを? 頭の中が「?」でいっぱいになる。


「引かないで聞いて欲しいんですけど。私、人の心が読めるんですよね。ただ私の場合、その能力には限度があって。あの、その……すっ、好きな人の心しか読めないんです」


 俺の能力に似てはいるが、いわゆる発動条件が若干違うみたいだった。ってそもそも読心術が使えるのが自分だけではないことに、俺は驚きを隠せずにいた。まさか十六夜さんも能力持ちだったとは。


「どうして俺にそのことを?」

「えっと。遠野君も同じように人の心が読めると分かったので――」


 なるほど。自分と同じ能力を持つ、同士がいるのは確かに嬉しいが、あれ待てよ。どうして俺に読心術があるって分かったんだ? いや俺の心を読めば済む話なんだけど。その場合、彼女の能力発動条件は好きな相手じゃないと無理なはず。つまりそれって――。


「もしかして十六夜さんって、俺のことが好きなの?」


 自惚れが過ぎるかもしれないが、一つの答えに辿り着いた俺は彼女に確認を取る。すると彼女の頬が真っ赤に染まり、聞き取れるか分からないギリギリの声量で、「はい」と答えてくれた。


「遠野君、いつも私のところ心の中で褒めてくれていたじゃないですか。今朝だって私、嬉しくて……」


 あぁ人に心を読まれるとは、こんなにも恥ずかしいことなんだな。って、今こうして考えていることも、分かったりするのか? 何も言わずに彼女を見ると、これまた恥ずかしそうにコクコクと首を縦に振ってくれた。


「じゃあえっと。もしよければ、俺と付き合ってくれませんか?」


 彼女が自分のところを好いてくれていると分かったから、俺は強気に出ることができた。なんたるヘタレ。でもそんな俺でも、彼女は「喜んで」と受け入れてくれた。人生何が起きるか分からないもんだ。


「遠野君、これからよろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしく」


 好きな相手の心だけが読めない俺と、好きな相手の心しか読めない彼女の、物語は始まったばかりである。

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