第4話 交錯する真実
深夜。
街の喧騒は一時の火と血で吹き飛ばされた後だった。
神谷悠真と斉藤涼は、路地裏の人気のないアパートの一室にいた。
薄暗い部屋に灯る電気スタンド。
その下で、二人は向かい合って座っていた。
「……で、お前が“始末屋”ってわけか」
涼がようやく言葉を発した。
唇の端にうっすらと笑みを浮かべているが、目は真剣だった。
「そういう仕事をしてる。表では“普通の高校生”だけどな」
悠真は淡々と、感情を抑えるように話した。
依頼を受けて、裁かれない悪を始末する。
報酬は受け取るが、満たされるものはなかった。
「生きてた理由が欲しかったんだと思う。あの夜――全部、燃えたあの日から」
その言葉に、涼の表情も少しだけ曇る。
「マリアのこと……今でも夢に出てくる。あのとき、おれ……何もできなかったから」
しばし、静寂が流れる。
「お前はどうなんだ。あの『クロウズ』、本当は何なんだ?」
涼は苦笑し、立ち上がって窓の外を見た。
街の灯が静かに揺れていた。
「ガキの頃、強いやつらはみんな悪者だった。
でもな、今のこの街、弱いやつが泣いても誰も助けねぇ。警察も、大人も、他人のフリ。
だったら、“怖がられる存在”になれば、守れると思った」
「だから、ギャングの皮を被った」
「そう。けど実態は、地域の子どもの見守りとか、暴走族の排除とか――地味なもんばっかだ。
“クロウズ”って名前も、ただのハッタリだよ。敵にそう見せてるだけでな」
悠真は目を細め、黙って聞いていた。
「けどな……そんなんでも、守れたものがある。
ガキの頃の俺らみたいに、居場所がない奴らを、俺は守りたかったんだよ」
その言葉には、力があった。
「だから……命張ってでも、俺はここの奴らを守る。異能なんて関係ねぇ。
誰かがやんなきゃ、誰も守らねぇから」
悠真は、椅子の背にもたれながら、目を閉じた。
「……お前は、まっすぐだな。昔から」
「お前こそ。あのときのまんまだよ。静かで、だけど一番熱い」
少年だった二人が、大人になった今、またこうして向かい合っている。
だが、それぞれが選んだ道には、確かな“違い”があった。
「俺は、裏から裁くことを選んだ。
お前は、表で、正面から殴り合って守ってた」
「どっちも……マリアに怒られそうだな」
涼が、少しだけ笑った。
「けど、今なら言える。お前が生きててよかったって」
「俺もだよ、涼」
言葉は少ない。
だがそれだけで、過去と今が一つに繋がった。
雨が降り出していた。
パタパタと静かな音が響く。涼は立ったまま、しばらく黙っていた。
「……それだけじゃなかったんだ。俺がギャングやってた理由」
「……?」
悠真が問い返すより先に、涼は続けた。
「クロウズって名前……あえて目立つようにしてたのさ。
力を見せて、異能の気配を漂わせて、敵を騙して、街を守って……でも、本当の狙いは――」
振り返った涼の目には、照れくさそうな、それでもまっすぐな光が宿っていた。
「……お前らに、気づいてもらえるんじゃないかって、思ったんだよ。悠真、葵、翔太、結衣――みんなに」
悠真は目を見開いた。
「……」
「この世界のどこかで、生きてるなら、きっと噂が届くって。
俺がこんな生き方してたら、きっと誰かが探してくれるって……思ってた」
静かだった空気が、少しだけ震えた。
「……バカだろ?」
「……いや。気持ちは、分かるよ」
悠真はそっと目を伏せた。
自分もまた、あの日から誰かを想いながら生きていた。
「だからさ――」
涼は一歩踏み出し、真っすぐ悠真を見た。
「俺も、お前の仲間に入れてくれ。もう一人じゃなくていいだろ?」
その言葉に、悠真の心が揺れた。
涼の申し出が嬉しくなかったわけじゃない。むしろ、長い間、待ち望んでいた言葉だった。
けれど――
(俺のやってきたことは……復讐だ。罪を背負わせたくない)
悠真は目を伏せたまま、口を開いた。
「……涼。お前は、誰かを守るために生きてきた。
だけど俺は……誰かを“裁く”ために生きてるんだ」
「そんなの、関係ないさ。お前が間違ってると思った奴を倒してるなら、それは守ってるのと同じだ」
「……違うんだよ。俺には、殺意がある。怒りがある。
マリアを奪った連中に、俺はまだ、許せてない。
お前までその渦に巻き込みたくない」
言葉が詰まりかけた。
「でも……ありがとう、涼。そう言ってくれて」
涼はその言葉を受け取りながら、苦笑した。
「なんだよ、断る気か?」
「……まだ、答えは出せない。ただ、少しだけ考えさせてくれ」
「考えすぎて、また一人で突っ走んなよ?」
悠真は微かに笑ってうなずいた。
「……分かってる」
その夜、窓の外には変わらず雨が降り続けていた。
だが、二人の心に灯った火は、もう消えなかった。
revenge of darkness 虎野離人 @KONO_rihito
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