第3話
僕が一九歳のときに見つけた弁護士事務所の債務整理手続書には、自己破産した日付が二〇〇五年八月一五日と記されていた。それは僕がまだ一歳になるかならないかの頃だった。
あの日、母がどんな気持ちで書類にサインしたのかを思うと、胸が締め付けられる。
やがて、十一月二八日には生活保護の受給が開始され、家計は最低限の安定を得ることになった。
僕が小学生になると、母は給食センターで働き始めた。
朝早くから夜遅くまで働く母を、僕はほとんど見ることができなかった。学校が終わると児童館に通い、夕方には祖母が週に三、四回迎えに来てくれた。
僕が児童館から祖母の家に帰る道すがら、祖母と交わす何気ない会話が、当時の僕にとってどれほど心の支えだったか。けれども、その裏側に潜む現実について、僕が初めて知ることになるのは小学五年生の頃だった。
ある日、祖母がいつものように僕を迎えに来た帰り道、ふとこう言った。
「うちはね、生活保護を受けているんだよ。だから、あまり贅沢はできないし、旅行にも行けないんだよ。」
その言葉を聞いたとき、僕はただ「そうなんだ」と答えるしかなかった。けれども、
その瞬間、周りの家庭と自分の家が何か違うのだという感覚が、はっきりと自覚され
始めた。家族旅行に行ったことがない理由も、友達が新しいおもちゃを手にしている
ときに僕がそれを持てない理由も、すべてその言葉で説明がつくように思えた。
しかし、当時の僕はまだ「生活保護」という言葉の重みを理解していなかった。母がそれを受け入れるためにどれほどの葛藤があったのか、またその制度に頼ることがどれだけの屈辱を伴うものだったのかを知るのは、大人になってからのことだった。
家計の破綻、自己破産、そして生活保護――それらは僕にとって無機質な言葉でしかなかった。けれども、母にとっては戦いそのものだったのだ。母は寿司屋を失い、家を失い、それでも僕を守るために働き続けた。
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絶望の縁で生きる僕と、君がくれた春の息吹 とある。 @koyadai103
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