君に言いたい言葉

星野しほ

僕と君

 小学校~中学時代は僕はいつも一人で過ごしていた。


 高校に入って春の嵐のような君に出会ってからは僕の周りにいつも君かがいた。


 そんな僕の前から君は消えてしまうのか? 


 僕はそんな君を許せない。


 病室の個室窓際に置かれたベットに眠る君の顔を椅子に座って眺める。


 穏やかで、普通に寝ている様にしか思えない。


 今にも起きそうなのに去年の春から今でも一度も目を覚まさない。


 今日も放課後からこの病室に来て退室時間まで君の横で本を読んで過ごす。


 文字をなぞるように目を動かすけど、本の内容は頭には入らない。


 窓から芳桜の匂いに僕は君との出会いを思い出す。


 ・・・・・・・・・・


 春、桜が散りゆく坂道を僕は下っていく。


 今日から高校に通う事になった僕はこの坂の下にある高校に行かなくてはならない。


 でも、正直めんどくさいな。


 もう遅刻になろうかという時間だし、このままサボってしまいた。


 そんな事を思いながら進むと坂の途中で同じ高校の制服を着た女の子が立っていた。


 その子は桜を見上げて、ぼーっとしている。


 同じ遅刻仲間かサボりかは知らないが、かかわらないくていいな。


 そう思って横を通り過ぎようとすると――


「あの、どうしてこの桜は散ってしまうのでしょうか?」


 女の子の声に立ち止まって、後ろを向くとその子と目が合った。


「それがそいつの運命だからじゃないか?」


「運命ですか? 面白い表現ですね!」


「そんなところで立ち止まっていたら、遅刻するよ」


「確かに! では急ぎましょう!」


 左腕につけていた時計を確認して女の子は走りだす。


 僕の手を掴んで……。


 ・・・・・・・・・・


「何とか間に合いましたね!」


「何で僕までは知らなきゃいけないんだ?」


 息を切らしながら、ニコニコしている女の子を睨む。


「でも、遅刻はダメですよ?」


「もういい、じゃぁね。二度と会う事はないだろうけど」


 これ以上はもうかかわりたくないと、僕は一人集合場所の体育館に向けて歩き出す。


 女の子はついてこなかった。


 校長の話や生徒会長の言葉を聞いた僕たち新入生は廊下の案内を頼りに教室に向かう。


 教室に着いた僕は席を確認し、ドアから一番奥一番後ろの席に座る。


 教室では交流を始めようと茶髪の男子生徒が携帯を片手に歩きまわっていた。


 僕の方に来ても厄介だったので鞄から本を取り出して、周囲から僕という存在を隔離する。


 しばらくして辺りが静かになったので前方に視線を向けると、スーツ姿で眼鏡をかけた女性が教卓の前に立っていた。


 僕は本にしおりを挟んで机の中にしまい座る姿勢を正す。


「ようこそ、新入生諸君。このクラスの担任の白石だ」


 眼鏡を指で持ち上げて、凛とした声でその女性はは自己紹介をしてくれた。


「ではまず、君から順に自己紹介を頼む」


 先生に指さされたドア側一番前の生徒は立ち上がって、名前や部活の事なんかを話した。


 僕の番は最後、のんびりできそうだな……。


 そう思いながら窓の外を見る。


 桜のピンク色に染まった坂道、その坂の上に立ち並ぶレンガ造りの家を眺めてあくびを噛み殺す。


細木柚葉ほそきゆずはです。私は正確には新入生ではないのですが、仲良くできたら嬉しいです」


 聞き覚えのある声に視線を向けると、朝坂道で出会った女の子がにこやかな表情で立っていた。


 同じクラスだったのか……。


 まぁ、これ以上かかわることはないだろう。


 僕はそう考えて、自分の自己紹介が始まるのを待つのだった。


 ・・・・・・・・・・


「なぁ、カラオケいかね? 親睦会的な?」


 学校の説明が終わり解散となり、帰ろうかと考えていたら隣の席の男子がそう声をかけてきた。


「ごめん、用事があるから」


 そう言って、立ち上がり出口に向かう。


「いいじゃん、いいじゃん。行こうよ」


「絶対楽しいからさ」


「あの、その、でも……」


 朝、声をかけてきた女子がギャルみたいな見た目の二人組につかまっていた。


「……。いくぞ」


 二人の間から手を伸ばして、側に引き寄せる。


「え? え?」


 僕は何も言わず困惑する女子を連れ添って昇降口を目指す。


 後ろからは「何アイツ?」とか「キモくね!」なんかの声がしていた。


「もう少し、自分の意見はキッパリ言った方がいいよ」


「あの、ありがとうございます。驚いて、何を言っていいのか分からず」


「良いよ別に。僕はもう帰るけど、からまれないうちにかえりなよ」


「はい、ありがとうございます遊星君ゆうせい君」


 これが彼女との始まりだった。


 ・・・・・・・・・・


 入学式の日に出会ってからというもの行く先々で僕は彼女と顔を合わせていた。


 週に四回程度の実に怖いくらいの偶然だ。


 待ち合わせたわけでもなく、本屋、絵画展、映画館、ショッピングモールで出会う事があった。


 少し面白いと感じたのは彼女の方は僕に気が付いていない事だ。


 一度も僕に話しかけてこない、もしかしたら僕を忘れているのかもしれないがそんな彼女がおかしく思えた。


 今日は最近見つけた廃線の駅に行って、読書をするつもりだ。


 学校から一番近いコンビニを右手に坂を下り、川沿いの短い橋を渡った先にその場所がある。


 僕は辺りを見回し今日も一人だということに喜びを感じた。


 広告の剝がれたベンチに腰掛けて、横に置いた鞄から本を取り出す。


 夕日が沈むまでのんびり過ごそう。


 ・・・・・・・・・・


 しばらくして、視線を感じて顔をあげる。


「うぁ、いつからいたの?」


 あの彼女だ。名前は確か……。忘れてしまった。


「少し前です、遊星君」


 鞄を挟んでそのまま横に座ってきた。


「こんなところで何してるんだ?」


「それは私のセリフです。ここは廃線、そこに点滅を繰り返す街灯はあれど読書をするだけに来るような場所ではないと思うのですが?」


「残念ながら僕は読書のためだけにここにきているんだ。君の方は本当に何しに来ているんだ?」


「君? 私の名前を憶えていないの?」


「ああ、悪い覚えていない」


「この二か月、会話はないけどいろんな場所で会っていたのに? 名前も知らないのですか?」


 なんだ、気づいてはいたのか。


「悪い、人間にそこまで興味ないんだ」


「ストーカーではないのですね」


「誰がするか、そんなこと」


「それはいいことです」


 そういうと彼女は伸びをするように腕を伸ばしながら立ち上がる。


 そのまま僕の前に歩いてきて――


「細木柚葉です、私と友達になりませんか?」


 そう言って、右手を差し出してきた。


 夕日に照らされた彼女の顔はなんだかすごく美しいと思ってしまう。


 その手を僕はつい、握り返してしまった。


 ・・・・・夏・・・・・


「暑い、どこに向かうんだ?」


 夏休み、夕方の蒸し暑い中、細木に呼び出された僕は長い坂を上りながら横を歩く細木に声をかけた。


「あの山の上です。星がキラキラ輝いて、とても綺麗だそうなんです」


 白いワンピースドレス姿の細木はすごく楽しそうに笑って、山を指さして僕の前を歩いて行く。


 細木の行動力には驚かされる。


 友達認定されてからは毎日のように一緒にご飯を食べたり、学生が好きそうなものを何故か一緒に付き合わされた。


 僕じゃなくていいのではと思いそのことをたずねると、「遊星君じゃないとダメなんです」っと、意味の分からない回答をされた。


 未だにその心は分からない。


 この日見た星の輝きは忘れることはないと思った。


 ・・・・・秋・・・・・


 秋祭りがこの町にはある。


 そこそこの規模で町の最寄り駅から商店街のあたりがすべて会場になっている。


 例のごとく呼び出された僕は細木を待ち合わせ場所の神社の階段下で待っていた。


「お待たせしました」


 その声に振り向くと黒い浴衣姿の細木が駆け足で僕の前に現れる。


「いや、そこまで待ってない。浴衣着てきたんだ」


「はい、変じゃないですか?」


 髪を整えながら上目遣いで聞いてきた。


 その言葉に改めて姿を見直す。


 黒いの生地に近所の絵柄が生えている。


 赤い宝玉が付いた簪で髪を結っていて、いつもより大人びて見えた。


「変じゃないよ別に」


 僕は顔をそらしてそう言葉にする。


「ふふ、良かったです。それでは祭りにレッツゴーなのです」


 嬉しそうな声でそう言って、細木は僕の手を掴んで歩き出す。


 祭りの会場で食べたりんご飴の甘酸っぱい味を今も覚えている。


 ・・・・・冬・・・・・


 学校の学園祭の後僕は屋上から校庭を見下ろして、屋台の撤収作業を眺めていた。


「ここにいたんですね?」


 細木の声だ。


「ああ、何となく最後まで見たくって」


 振り向かず僕はそう返す。


 一年生の僕たちは町の絵を描いて展示しただけ片付けは簡単に終わった。


「クラスの皆さんが打ち上げ行くそうですよ? 行かないんですか?」


 僕の横に来た細木はそう聞いてきた。


「行くと思うか? 僕は人付き合いは好きじゃないんだ」


「知ってます。ただ言っておきたくって」


「そういう細木はいいのか?」


「いいんです。私は一人で」


「なら何で僕の事をかまうんだ?」


「分かりません。ただ、遊星君なら大丈夫な気がするんです」


「どういう意味なんだ?」


 ますます分からなくなって、そう聞き返す。


「ごめんなさい、まだ言いたくないことがあります。でも、遊星君なら大丈夫って思うんです」


「良いよ別に。言いたくないなら、深く人と関わる気はないし」


「……そういうところがいいんですよ」


「今なんか言った?」


 細木の声が小さくて聞き取れなかったが、何か言った気がした。


「いえ、あ、缶コーヒーどうぞ」


 手に持っていた缶を僕に渡してくれる。


 少しぬるい、しばらく僕を探していたのか……。


「ありがと」


 ぬるく甘いそれを一口飲む。


「いえいえ」


 細木は横で紅茶の缶を開けて飲み始める。


「雪が降ってきたな」


「本当ですね! 積もったらいいな~」


「僕は嫌だな、歩きにくいし」


「遊星君は本当に現実主義だ」


「雪で喜ぶのは子供だけだろ?」


「高校生は子供ですよ」


 確かにそうだな。


「ふ、細木に言い負かされるとはな」


「バカにして~。あ、問題です。雪が解けたら何になるでしょうか?」


 思い出したような顔でそう聞いてきた。


「水だろ?」


「ぶ~、正解は春になるでした」


「何だよそれ」


 久しぶりに笑ってしまう。


「え~、小説を読んでるのに感性がないんですか?」


「いや、そんな発想は僕にはないよ」


 この日高校生活で一番笑った事を僕は忘れない。


 ・・・・・クリスマス・・・・・


「観覧車なんて乗ったの初めてだな」


「私もです。ワクワクです」


 ゆったりとした動きで上に登っていく。


 そこまで広くない町だから学校だって見えそうだ。


「夜の夜景もよさそうですが、夕方の赤く染まる時間もいいですね」


 向かいの席の細木は静かにそう聞いてきた。


「そうだな。あ、あそこ廃線だよな? 最近行ってないけどまだ入れるのかな」


「あそこはたぶん大丈夫だと思いますよ? あ、学校です」


「そこまで思いではないかな?」


 僕のその言葉に細木は笑う。


「思い出、無いですか?」


「とくにはないかな?」


 少し考えてそう結論付ける。


「私も、遊星君との思い出くらいしかありませんけど」


「そうだよな」


 ほんとに、この一年は実に驚きだった。


 僕が誰かとほぼ毎日生活を共にするなんて。


「今日はですね、手紙を渡したくって呼んだんです」


「手紙? 直接言葉にはしなくていいのか?」


「はい。あ、まだ開けないでくださいね?」


 ピンク色の便せんを受け取り、そのまま開けようとしたらそう言われた。


「なんで?」


「それは、恥ずかしいからです。私から呼び出しが無くなって、また会いたくなったら開けてください」


「? 分かった。そんな未来はなさそうだけどな」


「あ、もう降りる時間ですね」


 その言葉に外を見るともう地面が迫っている。


「この後はどうするんだ?」


「今日は解散です、新年にまたお会いしましょう。少し早いですがよいお年を」


 口早にそう言って、細木はドアが開くなり小走りで出ていった。


 これがまさか最後の会話になるなんて、その時の僕は思っても見なかった。


 ・・・・・・・・・・


「あ、もう時間か……」


 院内の放送に顔をあげる。


 今日も起きる様子はないな。


 あの手紙がなければ僕はこの病院に細木がいる事なんて分かりようがなかった。


 あの時からこうなることを予想していたのか……。


 細木はどうして僕を友達に選んだんだろう。


 僕なら忘れてくれると思ったのか?


 それならその選択は失敗したな。


 だってぜったに忘れない、春の嵐のような細木柚葉って女の子の事を……。


 僕は細木に会えたおかげで……。


「ありがとう」


 そう言って、細木に背を向けて僕は病室を出ていく。


 ベットで眠る彼女の頬を伝う涙に僕は気づくことはなかった。






















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