炭鉱夫は飯を食う【異世界凡人シリーズ2】

チン・コロッテ@短編で練習中

第1話

 かつてはダンジョンと呼ばれていた洞窟は、今は冒険者によりモンスターが駆除されて、広い空間に炭鉱の街が築かれている。


 オレもそこで働く炭鉱夫の一人だ。

 今日も仕事を終えて、いつもの酒場の戸を開けた。


「いらっしゃい。今日も


 と五十代の亭主がいつも通りの声をかけてくれる。オレもいつも通りに返して席に着く。


「で、今日は何がある?」


 亭主は上気して早口に語り出す。


「あのドラゴン・リーカーの喉肉さ!あの上級ダンジョン〈ベイカー・ダンジョン〉のB級モンスター!しかし、喉肉は硬過ぎて食えたもんじゃないから、通常は捨てられる……。

 しかーし!今回は馴染みの商人を通して、格安でそれを仕入れることができたのさ!」


 この亭主はオレのために所謂を仕入れて料理してくれるのだ。オレはそれを毎日楽しみにしている。

 オレも興奮気味に問い掛ける。


「ならば、喉肉をホロホロになるまで煮込んだワイン煮か?」

「チッチッ。それでは喉肉の旨味を十分に味わえん。硬さを活かしつつ、この喉肉の旨味だけを存分に味わうには……やはりこれ!」



 そう言って、皿に乗った喉肉を亭主はオレの前に出した。オレは目を開いて驚いた。喉肉を炙って香草を乗せただけの〈喉肉のタタキ〉になっている。


「なっ、タタキ?!しかし、それじゃあ噛めないんじゃ……」

「チッチッ。下拵えをしてある。さぁ、食べてみな」


 オレは手で喉肉を一切れ摘み上げた。


 喉肉は赤身だけで、脂はない。筋肉質で一本一本の筋繊維が太く、繊維が断面にしっかりと見て取れる。外側は鱗を剥がして炭になるまで焼かれている。こうしないと熱耐性の強いドラゴン族には上手く火が通せない。中はうっすらと火が通り、絶妙な桃色具合となっている。

 香草は、オリビアという辛味の強く、鼻を通る夏を思わせる爽やかな香りのする、初夏に白い花をつけるものだ。食べる前から夏の香りがしてきて、空と季節のないこの洞穴では人気の香草だ。


「どれ、お味見といこうか……!」


 オレは大口を開けてそれを口の中に放り込んだ。硬くて噛めないだろうと思いながら、一口噛んでみる。


 コリッコリッ……。んんっ?


 とても硬くて噛めないと聞いた喉肉だったが、噛み切れはしないが硬いながらも噛めない事もない。そして、噛めば噛むほど肉の旨味がジワリと溢れ出し、ドラゴン・リーカーの芳醇な肉の香りが鼻腔から抜けていく。


「う……うまい!」


 亭主がしたり顔でこちらを見ている。オレは口の中に肉を残しながらもオリビアを口に入れて再度噛む。爽やかな香りと酸味の強いソースが絶妙なバランスで、肉の旨味を引き立てる。

 オレは存分に味わった後、さっきから聞いて欲しそうにウズウズしている亭主に質問を投げかける。


「もぐもぐ……。しかし、さっき言ってた下拵えってのは何をしたんだ?まさかドラゴン・リーカーの喉肉が噂ほど硬くないってことは、何かしたんだろ?

 隠し包丁か?それとも熟成?いや、一緒に漬け込むと肉が柔らかくなるというアニオンか?うーん」

「へへっ!そのどれもやってみたが、ぜーんぶダメ!かめやしなかったさ!」

「なら、一体……」


 悩むオレの前で亭主は腕組みをして、誇らしげに鼻息を吐いた。


「ハニー・スライムの溶解液に漬けたのさ!」

「スライムの溶解液?!」


 驚くオレに亭主は饒舌に語り出した。


「あぁ、そうさ。奴らの溶解液に普通の肉を漬けたならすぐに溶けてしまうが、この喉肉はなんと言ってもドラゴン・リーカーの肉だからな。スライム如きの攻撃ではダメージを受けないのじゃないかと思ったわけよ!」

「……天才か」

「へへっ、オレも思いついた時は自分で天才かと思ったよ。ただ漬け込む時間が難しくてな。何個か無駄にしちまったし、オメェさんに出したのもまだ完璧には程遠い。

 もうちょいあれをこうして、これをああすれば……」

「これをこうするのはどうだ?」

「たしかに!それならあのダンジョンないでも調理可能だろうな」



 かくして夜は更けていく。

 元々冒険者を目指していたオレとこの亭主は、ダンジョンで通用せず、夢破れて今では炭鉱夫と酒場の亭主。

 こうしてダンジョンモンスターを材料にした料理を食うことで、まるでダンジョン攻略中に現地で飯を食うような冒険感を味わっている。

 小屋の中の冒険者なのだ。

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