第3話 ヴェロニカというメイド

 あれから──数日が経ったが、俺は継続して確認作業をしている。


 それから分かったのだが、やはり前世の能力を引き継いでおり、身体強化といった基本的な魔術以外にも、六属性の魔術を使いこなすことが出来ることだ。



 しかし、喜べる部分だけではない。



 まずは魔力。

 九歳の体では前世の魔力を全て使うのは、相当負担がでかい。

 そのため、前世ではなんてことなかった魔術を使っても、この体だと疲労を感じてしまう。


 だが、これは直に解消されていくだろう。

 魔力を満たす体──つまり『器』はまだ成長途中。九歳という年齢も考えれば、慌てる必要はないのだから。


 そしてもう一つが体力だ。


 こればっかりは、どうしようもない。俺が転生したリオ、落ちこぼれ王子らしく運動も苦手で、少し動くだけで疲れる。

 そのせいで前世と同じ動きが出来ず、歯がゆい思いをする毎日だ。


「よき魔術は優れた体に宿る──という言葉もあるしな。魔術ばかりにかまけ、体力を疎かにするのは魔術師として三流だ」


 とはいえ、一人で出来ることにも限界がある。

 そこで俺はこの数日間、魔術の検証をすると同時に、を探していた。


 その人物とは……。




「リオ様、いかがされましたか? あなたから私に話しかけてくるなんて、珍しいですね」




 王城内のとあるメイドだ。

 彼女は表情には出さなかったものの、突然俺に話しかけられたことを意外に思っているようである。


「いや、なに……ヴェロニカに一つ、頼み事があってな」


 彼女の名はヴェロニカ。


 キレイな銀色の髪が特徴的で、見る者を凍りつかせるような美貌を放っている。

 前世でも彼女くらいに美人はなかなかいなかったので、一種の芸術品を前にしたかのような感動を覚えてしまう。


「頼み事?」


 俺の言ったことに、首を傾げるヴェロニカ。


「ああ。ヴェロニカに、俺を鍛えてほしい」


 そう告げると、とうとうヴェロニカは驚きで目を丸くした。


「いきなりなにを……いいですか? 私は一メイドですよ? 王子であられますリオ様の指南役として、ふさわしくありません」

「まあ、普通ならそう考えるだろうな」

「城内には騎士もたくさんいます。その方々に教えを請えばいいのではありませんか? どうして、私を──」

「決まっている。城内でお前がからだ」


 そう言うと、ヴェロニカの眉間がピクリと動いた。


 ……この様子だと、どうやら当たりのようだな。


 これが魔術を検証するのと並行して、俺が探し物をしていた理由。

 その探し物とは、『城内で一番強い人間』。


 ヴェロニカはとぼけているようだが、その立ち振る舞い、細かな所作から強者のオーラを感じる。

 最速で強くなるためには、優れた人物に師事を受けるのが最適解だ。

 ゆえに城内で一番強いであろうヴェロニカを、俺の指南役として選んだわけである。


「なにを意味の分からないことを……」


 ヴェロニカは息を吐き、こう続ける。


「リオ様はなにか、勘違いされているようです。確かに、護身のために体術を習っていた時期もありました。ですが、一番強いなどとはもってのほか。たかがメイドに期待しすぎですよ」


 ふむ……まだ、とぼけるつもりなのか?

 まいったな。無理やり従わせるような真似はしたくないし……。


 だが、こんなところで時間を食ってる場合じゃない。

 俺は息を吐いてから、切り札を切る。


「だったらこう言おうか? ──お前は『氷狼ひょうろう族』だ……と」

「……っ!」


 ヴェロニカの表情、まとう空気が変わった。


 氷狼族とは雪山に住み、独自の生活圏を築く気高き一族だ。

 その強さはすさまじく、外部からの侵攻をもろともしない。雪山に潜む凶悪な魔物も、彼・彼女らの手にかかれば赤子同然であった。


「どうしてそれを……っ!」


 ヴェロニカは驚愕に顔を染める。


「表向きの記録では、氷狼族は全て滅んでいることになっているはず……!」

「ん? そうだったのか? 俺の知識とは違っているな」


 なにせ二千年前では、少数の民族ではあるものの、氷狼族は確かに存在していた一族だ。

 まあ二千年もあれば、一族の一つや二つ滅びても、おかしくないか。


「だが、氷狼族の特徴的な青い瞳──そして、内に秘める透き通った魔力。他の人間は気付いていないようだが、俺は騙されない。まあお前が隠すつもりなら、黙っておいてやる」


 そう笑うと、ヴェロニカはしばし考え込むような仕草。


 しかし、やがて。


「……いいでしょう。どうして気付かれたのかは分かりませんが、そもそも、一メイドである私がリオ様の命令に逆らえるわけもありません。リオ様の満足する結果になるかは分かりませんが、謹んでお受けさせていただきます」

「助かる!」


 思わず、テンションが上がってしまう。


 氷狼族の強さの理由は優れた身体能力だけでは説明がつかず、謎も多い。

 前世でも、氷狼族の強さを研究しようとしたが、なにせ彼女たち自身をお目にかかる機会も少なく、結局解き明かすことが出来なかった。


 しかし今回は違う。

 氷狼族の強さ。

 俺自身の体力を鍛えると同時に、丸裸にしてみせる。




 ◆ ◆



「訓練を始める前に……まずは、今のリオ様の実力を確かめさせてください」


 王城の裏庭。

 俺とヴェロニカはお互いに木剣を持ち、向かい合っていた。


「模擬戦といったところか?」

「そんなところです。とはいえ、まだリオ様は九歳の身。少しでも、その木剣が私に触れれば、あなたの勝ちとしましょう。ああ──ですが、ご安心してください。あくまで、リオ様の現状を把握したいだけ。別に必ずしも勝つ必要はないですので」


 すらすらと説明するヴェロニカ。


 うむ……やはり、リオはろくに筋トレもやってこなかったのか、たかが木剣だというのにやけに重く感じた。

 こうして向かい合っているだけでも、ヴェロニカに隙はない。

 本来なら彼女に一太刀浴びせるなんて、絶望的なことだろうな。


 しかし。


「勝利条件は決められているとはいえ、勝つ必要はない──ということか。だが、ヴェロニカ。別に俺が勝ってしまっても、なにも問題はないんだろう?」

「──っ!」


 俺が問いかけると、ヴェロニカが目の色を変える。


「大したことを言ってのけますね。数日前はそのようなことをおっしゃる方ではなかったというのに……なにがあったんですか?」

「俺も王子としての自覚が生まれたんだ。まあ、そんなことはどうでもいいじゃないか。始めよう」


 あまり問い詰められては、ボロが出るかもしれない。

 誤魔化しつつ、木剣を強く握り込む。


「先手はリオ様に献上します。どうか、ご自由に剣をお振りください」

「そうか。だったら──はあっ!」


 身体強化の魔術を、自分の体にかける。


「それは……身体強化魔術っ!? リオ様は魔力がなかったはず。それなのにどうして……!」

「一目見ただけで分かったのか。もしや、身体強化魔術は使うべきではなかったか?」

「いえ、そんなことはありません。今持てる全ての力を使い、どうか私に向かってくださいませ」


 こうして俺たちは斬り合い始めた。



 ──ちっ!



 覚悟はしていたが、やはりヴェロニカは強い!

 今の俺の体じゃ、付いていくだけで精一杯だ。


 何度か剣のやり取りをしたのち、


「勝負をかける!」


 一旦距離を離し、地面を強く蹴る。



超強化ブースト》っっっ!



 今使えるだけの魔力のありったけを注ぎ込み、体を強化する。その姿はさながら、一個の弾丸のようであろう。


「なっ……! まさか、ここまでとは! しかし!」


 対するヴェロニカも迎え撃つ。風となり、ヴェロニカの反対側に走り抜ける──。


 だが。


「……俺の負けか」


 振るった俺の木剣が、キレイに両断されていた。

 どうやら、咄嗟にヴェロニカが俺の木剣を斬ったらしい。

 目にも止まらぬ早業。今の俺ではヴェロニカに敵わなかった。


 しかし。


「いえ、私の負けです」


 そう言って、ヴェロニカが振り返る。



 ──ハラリ。



 彼女の服の袖が、剣の切り傷に沿うように僅かに破れていた。

 完全に負けたと思っていたが、俺の木剣が折られる前、なんとか彼女に一太刀浴びせることが出来ていたらしい。


 とはいえ、服に掠っただけで、彼女の体には届かなかったか。


「正直に申し上げます」


 ヴェロニカは地面に膝を突き、頭を垂れる。


「秀でた力のない第八王子を鍛えても、大した成果は生まれない……とリオ様のことを侮っていました」

「まあ、そう思っても仕方がない」

「ですが、考えをあらためました。あなたは才能の塊。あなたほどの才能は今まで見たことがありません。鍛錬を怠らなければ、私より──いえ、世界最強の剣豪になることも出来るでしょう。

 あらためて言わせてください。どうか私に、リオ様を鍛える権利をお与えください」

「顔を上げてくれ、ヴェロニカ」


 と、俺は顔を上げさせる。


「元より、そう言っている。これからよろしく頼むぞ」

「はい……!」


 彼女が顔を上げると、その表情は決意に満ちていた。

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落ちこぼれ王子に転生した魔術師は、二度目の人生でも魔術を極める 〜チートすぎる魔力と前世の知識で、世界最強に至る〜 鬱沢色素 @utuda

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