ティアラは花で

野花 智

ティアラは花で

「あのね、私、引っ越すの」



 清々しい程に晴れた夏。

 僕達は夏休み。出された課題をすることも無く、のんびりと野原で過ごしている。

 眩しい太陽を下に、僕は寝転びながら目を瞑っていた。隣でガサガサと物音がして目を向けると、幼なじみがなにかをしていた。ちょうど背で隠れて何をしているのか分からなくて


「なにしてんの?」


 そう聞いても幼なじみは何も答えてはくれなかった。ただひたすらに黙々と下を向いていた。

 痺れを切らした僕は体を起こして立ち上がった。少し屈み、幼なじみの頭の斜め上から顔をひょこっと出した瞬間


「出来た!!」


 という声と同時に鼻に激痛が走った。

 勢いよく立ち上がった幼なじみの頭が、僕の鼻目掛けて激突してきたのだ。

 あまりの痛さに声を出せない僕を前に、焦った声で凄く謝っていた。


「ご、ごめん!!寝てると思って……。」


「いやいいよ、真上にいた僕が悪い。で、なにしてたの?」


「そう!見て見て、花冠!凄くない!?」


 じゃーんという効果音がつきそうなほど満面の笑みで見せてきたそれはシロツメクサで作られた花冠だった。そういえば、この野原には所々シロツメクサが咲いている。作るのに集中していたんだろう、返事が無かったのも納得出来る。


「花嫁みたいじゃない?私、絶対に結婚したいんだよね〜」


 なんて白いワンピースを着てクルクル回る姿は、本当に花嫁みたいに、美しかった。

 そんなことを思っていると、顔の笑みがスっと消えて、僕に背を向けながらこう言った。


「あのね私、今日引っ越すんだ。それもすっごく遠いところ」


「は……?今日……?」


 さっきとの温度差と、いきなりのカミングアウト過ぎて頭の中が真っ白になった。そんな僕を置いてけぼりで次々に


「いきなりになっちゃってごめんね。でも、早いうちに言っちゃったら、私行きたくなさすぎて駄々こねちゃうと思うの。だから、みんなに会う時は絶対に忘れようって思って。」


 驚きで声も出せない。なんでそんな重要なことを今日まで内緒に。まだ何も渡せてない。伝えられてもないのに。俯きながら手を固く握る。


「だから、一つ、我儘言ってもいい……?」


 最後のお願いなのだからと、覚悟を決めて顔を上げる。


「私と、結婚してくれない?」


 クルッと振り向きながら言う幼なじみの顔は、今までに見た事ないほどまでに、悲しさで歪んで、とてもじゃないが似合わなかった。


「最後にそんなのずるいよ……」


 目を合わせることなく、横切り背を向ける。

 自慢の手先の器用さでパパっと。

 ゆっくり立ち上がって、彼女の目をしっかり見ながら跪き。


「俺と結婚して下さい」


 最初は驚きの表情を浮かべたものの、すぐさま陽気な笑い声が聞こえた。


「俺って、普段言わないのに」


 お腹を抑えながらくすくす笑う彼女に、カッコつけたところをつかれてムカッとなった。


「そんなの今どうでもいいだろ」


 顔を赤く染めた僕の右手をとって彼女は


「喜んで」


 その時の彼女の顔は、さっきの悲しみで歪んだ顔とは裏腹に、この世の幸せ全てを取り込んだかのような、幸せそうな笑顔で微笑んだ。


「やっぱり、君には笑顔が似合う」


 そう言いながら左手に隠した指輪を、彼女の左手の薬指にはめる。

 右手で口を隠し、左手を宙に浮かせる彼女を前に、僕はしてやったと下を向いて笑った。

 その瞬間僕はドサッと野原に倒れた。次に見えた景色は青空で、抱きつく彼女に静かにお返しを。


「あ!そうだ!」


 耳元でそう叫ばれ、キーンという耳鳴りを気にも止めず彼女はせっせとまた何かを作り始めた。

 振り向いた彼女に左手を取られ、薬指には同じような指輪が。


「やっぱり、こうじゃないと」


 こうして見つめ合った僕らを遮るように、車の音が聞こえた。


「もう行くわよー!」


 ドアの窓を開けながらそう叫んだのは彼女の親だった。この幸せな時間ももう終わるのだなと、下を俯きたい気持ちを抑え込んで、走っていく彼女を引き止めるように


「絶対に、迎えに行くから」


「約束ね」


 その時微かに、彼女の指輪と、僕の指輪に、赤い糸が見えた気がした。


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