十二 力が欲しいか

「稽古の前に、いったん現状の整理をしましょう」


 キエリは俺の口から手をはなすと、牢屋の外に向かって小石をほり投げる。


「いたっ!」

「あなたも参加してください、リーフェン」

「や、やっぱり、キエリにはバレてたか……」


 すると、どこからともなくリーフェンが現れる。

 いつからいたんだ……全く気づかなかった。というか、声がした後ですら、どこにいるのか一瞬わからなかった。


「ごめん……なんか込み入った話だったし、邪魔しちゃ悪いかなって、えへへ〜」

「なるほど。そして、余計な盗み聞きまでしたと」

「う……ご、ごめんなさい」

「いいよリーフェン。別に聞かれて困る話……ではあったけど、いちおうお互い様だし」

「……お互い様?」

「あ、いや。なんでもない」


 睨まれて小さくなるリーフェンにフォローを入れたつもりが、つい余計なことを口走ってしまった。

 彼の兄……ミストのことは気になるが、今は関係のないことだ。家族の事情にいちいち首をつっこむつもりはない。


「ともかく、あなたも盗み聞きした以上は共犯です。手伝いなさい」

「は、はい。わかりました……」


 第一印象こそアレだったが、それなりに元気を取り戻した今のキエリは、龍さながらの威厳を放っていた。凛として立ち、相手を「手伝いなさい」の一言で屈服させる彼女の姿は、さながら女帝だ。

 とはいえ、その相手は気弱なリーフェンなので、そういう意味では「やっぱりキエリ」という感じなのだが。



「今、余計なこと考えてますね。ナカムラ」

「……なんでわかったんだ?」

「腹立たしいですが、あなたのそういう正直なところは好きです。今回は許してあげましょう」


 なんでわかったのかについて説明はなく、キエリはそそくさと地面に絵を描き始める。


「枝をください、リーフェン」

「あ、はい。どうぞ」

「別に言うこと聞かなくてもいいぞ」



 そして数分後に、キエリの絵が完成する。彼女が描いたのは、逆十字、やたらデカい棒人間、エルフっぽい棒人間、そして妙に描き込まれた二匹のドラゴンの絵。


「おおー。絵、上手だね」

「いやドラゴンだけだろ」

「二匹の龍は我ら紅龍と、その対の存在である蒼龍を示しています。龍は人間とあまり関わらないようにしているので、今回の話には関係ありません。

 ただ私が描きたかっただけです」


 余計な絵に、一番時間使ってんじゃねえよ。こちとら三日しかないんだぞ。


「紅龍と蒼龍は敵同士なんだよね」

「厳密に言うと違いますが……まあ、あなた達はその認識でかまいません。

 とにかく、現状の紅龍は大ピンチ。以上。この話はおしまいです」

「……逆十字は、聖教会だな」


 「話したくねえなら描くな」。そんなツッコミを喉奥に押し込め、俺は話を続ける。時間がないので、とにかく話を早く終わらせたかった。


「そうです。あなたを憎む組織であり、不倶戴天の敵ですね」


 キエリは「あなた」と口にしつつ、やたらデカい棒人間をトントンと叩く。それ俺だったのかよ。


「三百年前……今は詳しく話しませんが、とある出来事があり、転生者は世界中から憎まれるようになりました。

 そんな人類の憎しみの代表が彼ら、聖教会です」

「なんで話さないの?」

「重要ではないからです。次行きます」


 キエリはこの話もそそくさと終わらせて、デカ棒人間の方へと枝を移動させる。

 明らかに何か隠している様子だったが、どうせ聞いたところで答えはしないだろうし、おとなしくそれに従う。


「次、あなたたち転生者。人智を超えた力を携えやってきた、嫌われ者の異世界人です。多くの転生者は転生と同時に……されますが、身分を隠して生きる転生者も少なくはありません。

 そして、聖教会の崇伐の対象」

「なあ、そういえば、「崇伐」ってどういう意味なんだ?」

「……まあ、これは話してもいいでしょう。

 転生者は我々の世界にない知識や力を持っていたので、昔はそれなりに崇拝されていたのです。聖教会はそんな「かつて崇貴だった存在」を「伐する」ことを、自戒の念も込めて「崇伐」と呼んでいます。

 今はとっくに形骸化してますけどね」


 ――崇貴なるものを伐します。


 嫌なやつの顔を思い出してしまった。あいつとは、また近いうちに会いそうな気がする。


「まあ、基本的にこの世界は「聖教会VS転生者」の対立が主ですね。少なくとも、ここ三百年はずっとそうです」

「エルフはちょっと事情が違うんだけどね」

「リーフェンからいいパスが来たので、エルフの説明は彼に任せましょう。はいどうぞ」

「え、そんな急に……わわっ」


 ぽいと放り投げられた枝を、リーフェンは戸惑いながらキャッチする。


「僕、ダークエルフのことしか知らないけど……それでもいい?」

「構いませんよ。私も横から補足しますので」

「ところでダークエルフとエルフって、何か違うのか?」

「肌の色とできることがビミョーに違うってぐらいで、だいたいは一緒かな。ダークエルフは流れを消すのが得意で、エルフは流れを読むのが得意なんだよ」

「隠密タイプと探知タイプ……か」


 ちょっとふざけた表現をしてみたが、意外と的を得ていたらしい。二人は「そんな感じ」と頷き、話を再開する。


「少なくとも、文化的な面はほぼ同じですね。どちらも「自然の均衡」、そして「流れ」を大事にしています」

「そうそう。よく知ってるね、キエリ」

「ふふん。伝統と文化をこよなく愛する紅龍としては、当然のことです」

「それで、エルフは事情が違うっていうのは?」


 話が脱線しかけたので、とりあえず軌道修正する。

 いまいち、この整理の目的がわからなかった。キエリはこれを聞かせて、俺をどうしたいのだろうか。


「えっとね……エルフは、最近はマシになったんだけど、人間のことが大嫌いなんだ。住んでる場所がとなり同士で、ずっと戦争してきたからね」

「そして転生者は皆、人間と同じ身体的特徴を持っている。しかもおまけに、人智を超えたな能力まで。

 嫌いな存在に嫌いな要素が加わったわけです。憎むのも無理はないでしょう?」

「まあ、身も蓋もない言い方するなら、完全な私怨ってことだけどな」

「うん……もったいないよね」


 もったいない、か。

 レインとサニも同じことを言っていた。「見境なく拒絶するのはよくない」という意味の言葉だと思っていたが……なにか別の意味があるのだろうか。



「さて。駆け足でしたが、これで各勢力の説明はいったん終わりです」


 リーフェンから枝を受け取り、キエリは手をパンと鳴らした。

 思わず「来た」と身構える。


「これを受けて、あなたの目標は何ですか? ナカムラ」

「……目標?」


 それは、もちろん……


「聖教会を、倒すことだ。とりあえず」

「あはは……ものすごい「とりあえず」だね、それ」

「夢はデカいほどいい」


 軽口を飛ばす俺に、キエリは「なるほど。結構です」とサッパリ言い切る。妙にあっさりとした反応だ。

 しかし、「そんなことを確認するために?」と言いかけたところで、キエリはまた、大きく息を吸い込んだ。どうやら本命はそっちらしい。



「では、エルフはどうします?」


 一瞬、時が止まる。


「え、え……?」


 リーフェンの、不安そうな顔。見なくてもわかる。


 そういえばそこは何も考えていなかった。個人的にぶん殴りたい奴は数人いるが……聖教会と同じ感情かというと、どうなんだろう。


「エルフは聖教会よりもずっと前から、あなたたち転生者を憎んできました。転生者を殺したことだって、何度もあるはず。

 聖教会だけ倒して、エルフはどうもしないんですか?」


 なるほど。確かに、それでは筋が通らない。

 キエリの言い分はもっともだ。


 改めて、「自分は何と戦うつもりなのか」というのをハッキリさせるべきだろう。それは間違いなく、力を手に入れる上で必要不可欠なこと。



 「死体を傷つけたり、それから物を盗むこと。」

 俺の心の許せないリストには、唯一それだけが書かれていた。


 しかし今、二つ目の項目を作る。


「「何かの命が一方的に奪われること」。俺は、それが許せない」

「…………」

「だから、聖教会を倒す。奴らが今やってるを止めるために。

 エルフの憎悪は……虐殺とはちょっと違う気がする。多分、文化の違いだ。長い歴史で作られた、割とまともな理由が存在してる」

「……なるほど」

「それを暴力で捻じ曲げるのは間違ってる……と、俺は思うんだが、どうだ?」

「ふむ……」


 キエリはこちらの返答を口の中で噛み砕き、やがて飲み込む。本当にそんな素振りだった。

 首を右左に振って、腕を組み、最終的にうんと頷く。


「結構。合格です」


 初めて、キエリの笑顔をはっきり見た気がした。

 思ったより、朗らかな顔するんだな。なんてふと思う。


「それでは約束通り、力を与えてあげましょう」



「リーフェンが」

「え、僕⁉︎」




 ――――――――――――


・あとがき


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完全無歓迎異世界転生 @hibiki523

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