習作
六重窓
第1話 執事とお嬢様
「お嬢様に縁談ですか」
思わず非難の響きを持った驚声をあげてしまった。しまったと思わず口を噤んだが、旦那様は特段気にした様子もなく鷹揚に頷いておられる。
「あぁ、あの子も良い年齢だろう」
確かに、十六の誕生日を迎えた女性に結婚話が舞い込むのは、何も不思議なことではなかった。それでも、お嬢様は失恋されたばかりなのだ。その柔らかな心が回復するまで、もう少しだけ待ってあげられないものかと心の中は嵐のように揺れている。
その後は気も漫ろで、玄関の花瓶を二つ壊すという普段なら考えられないような失敗をしてしまった。その後始末をしている私に声を掛けてきたのは、この姿を一番見られたくない相手だった。
「珍しいわね」
「お嬢様! お帰りが早くなるようでしたら、ご連絡をいただければ……」
「いいのよ、エミリーの車で送ってもらったから」
ご友人の屋敷に一週間ほど泊まると屋敷をあけていたお嬢様は、存外早く帰ってこられた。
「そうでございましたか」
「……そういえば、私も昔ここにあった犬の置物を壊したことがあったわね」
「酷く泣いていらして。私としてもお慰めするのに苦労しました」
「子供なりに気に入っていたの」
お嬢様は懐かしそうに笑った。
「でも……その花器はあまり好きじゃなかったから、割れて良かったのよ」
「……お嬢様、旦那様からのお話があるのですが」
習作 六重窓 @muemado0
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