薄桃色のドラゴン
笹月美鶴
薄桃色のドラゴン
森で迷った男の目の前に開けたのは、この世のものと思えぬほどの美しい花畑。
月明かりも届かぬ暗い森の中だというのに、そこだけ昼のように輝いている。
それほど広くはなかったが、色とりどりの花が咲き、淡く光る羽虫が飛び交っていた。
かぐわしい香りに誘われて、男が花に顔を近づける。
花には、小さな虫がとまっていた。
いやそれは、虫ではない。
薄桃色の被膜のような羽を持つ、子供の小指の先ほどの、小さな小さなドラゴンだった。
とてもかわいい小さなドラゴン。
男はそれを、我が子の土産にしようと考えた。
持っていた小瓶をそおっとかぶせ、薄桃色のドラゴンを捕まえる。
人を恐れないのか、薄桃色のドラゴンは逃げることなく、瓶の中。
淡く光る瓶に満足しながら咲いていた花も一株抜いて、花畑を後にする。
だが、花畑から離れたとたん、花は枯れ、薄桃色のドラゴンは死んでしまいました。
もう一度ためしてみるが、やはり花畑から、いや、あの輝く空間から出るとドラゴンも花も死んでしまう。
まあ、いいか。
死んでいても、ドラゴンには違いない。
枯れた花は捨て、薄桃色のドラゴンの死骸の入った小瓶を大事にしまい、男は家路へと急ぐ。
迷いながらもなんとか彼が住む村に着いたころには日が昇り、朝になっていた。
深い深い森の中、めったなことではたどり着けないその場所に、不思議なお花畑がありました。
お花畑に飛び交うたくさんの小さな虫。それはよく見ると、小さなドラゴンではありませんか。
幸運をもたらす薄桃色のドラゴン。
そのかわいらしいドラゴンは、きっとあなたに、幸せをもたらすでしょう。
これが、そのドラゴンだよ。
男が小瓶を差し出すと、子供は目を輝かせ、わあっと歓声をもらします。
ただドラゴンの死骸をわたしたのでは面白くない。
そう考えた男は物語を作りました。
幸運のドラゴンの物語を。
かわいい薄桃色のドラゴンの死骸が入った小瓶を首からさげて、子供は友達みんなに自慢して、物語をきかせます。
たまたま村を訪れていた商人が、子供たちにまじって熱心に、物語に耳を傾けていました。
森の奥にあるという、小さなドラゴンの住む花畑の噂はあっという間に広がって、村から街へ、そしてとうとう王様の耳にも入りました。
幸運をもたらす薄桃色の小さなドラゴン。
愛しい姫への贈り物にふさわしい。
王様は、民におふれを出しました。
生きた薄桃色のドラゴンを献上したものには望む褒美を与えよう。
それを知った者たちは我先にと森に入り、探索をはじめます。
そして幸運にも花畑を見つけるのですが、やはり生きたまま薄桃色のドラゴンを持ち帰ることはできません。
花畑がある空間を出るとすぐに花は枯れ、ドラゴンは死んでしまうからです。
なんとか生きた薄桃色のドラゴンを持ち帰ろうと、大勢の人間たちがドラゴンを捕まえ、花を摘み、地面を踏み荒らす。
とうとう花畑は枯れ果てて、薄桃色のドラゴンもいなくなってしまいました。
持ち帰ることができたのは、枯れた花とドラゴンの死骸。
でも死骸でも、幸運のお守りとして街で高く売れたので、小さなドラゴン狩りは大流行り。
凶暴な大きなドラゴンと違って小さな薄桃色のドラゴンは、簡単に捕まえることができるのですから。
この森がだめならほかの森。
そこもだめならさらにほかの森。
いくつもの花畑がみつかり、そして荒らされ、薄桃色のドラゴンの住処はどんどんなくなっていきました。
もうじき、薄桃色のドラゴンは死に絶えてしまうでしょう。
あの男は今日も子供たちにせがまれて、幸運を呼ぶドラゴンの物語を話して聞かせます。
薄桃色のドラゴン 笹月美鶴 @sasazuki
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