つまさきが気になる

遥 述ベル

つまさきが気になる

想乃佳そのかのつまさきはいつになるかな? 俺、心配だよ。俺なんてなんにもできない。ははっ」


 妻の先っぽ、通称「つまさき」。

 妻の死期のことを言う。

 世の家事ができない男性たちが先に妻が亡くなることを憂いたことから生まれた言葉だ。

 夫はつまさきがより遠いことを望む。


「俺は100歳まで生きるかんな! 頼むぞ、想乃佳」

 私には無職の兄がいる。


「えー、俺が家事? 無理無理。想乃佳がやってくれないなら俺は死だよ、死」

 兄は43歳独身だ。


「確かにレンチンでなんとでもなるけど、想乃佳がいないと寂しくて死」

 ケラケラとイマジナリー奥さんに向けて笑っている兄。

 私は兄と二人暮らし。料理洗濯等、全て私が担当している。


「兄貴、ご飯置いとくよ」

「ありがとう。愛しているぞ、想乃佳」

 私を想乃佳と思っている訳ではなく、その声は私の方には飛んでこない。ただ私の声自体は聞こえているのだ。

 兄がしているのは現実逃避でしかない。


「想乃佳のおかげで助かってるよ」

 私は明日には引っ越す。兄はそのことを知らない。

 私もこの歳まで兄の面倒を見てきたけど、ここまでやったのだからもう十分だろう。


「今度、旅行でも行きたいな。若いうちに楽しめるだけ楽しまないとな」

 旅行に行くのが私だけだと思うと笑みが止まらない。


 兄がつまさきを気にしていられるのは今だけだ。


(完)



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 本作はカクヨムコン10、現代ドラマ・文芸・ホラー短編部門参加作品です。

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つまさきが気になる 遥 述ベル @haruka_noberunovel

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