絵描きのリタと魔法の森〜母を支える少女の冒険〜

花車

絵描きのリタと魔法の森〜母を支える少女の冒険〜



 かつて遠い遠い国の森の奥に、リタという名の少女がいました。


 リタは絵を売って暮らすことが夢でしたが、上手く描けずに悩むことが増えていました。

 


「だめだわ。毎日こんなに頑張ってるのに、少しもうまく描けないの。私、才能がないのかな? もう、絵なんてやめてしまおうかしら」



 そんなとき、リタの母のセレナが突然病いに倒れました。


 セレナは王国を守る偉大な魔法使いでしたが、身体中に痛みが走り、なにもできなくなってしまったのです。



――うそ! どうしよう。あんなに元気だったお母様なのに、どうしてこんなことになっちゃったの!?



 一日中ベッドのうえから起きあがることができず、痛みに呻き声をあげるセレナを見て、リタはとても悲しく、不安になりました。


 でも、いまは自分が悲しい以上に、セレナがあまりにもつらそうで、めそめそしてもいられません。


 不安な気持ちを押し殺して、リタはセレナを励ましました。



「お母様、もう大丈夫ですよ。私がついていますからね!」



 リタはセレナが心配でしかたありません。早く回復してほしいと、心の底から願いました。



――お母様のために、私が頑張らなくちゃ!



 それからというもの、リタの毎日は一変しました。


 リタはセレナの世話で忙しくなり、絵を描く時間もなくなりました。



      △



 二人の住む森には、セレナの痛みを強める白い霧が広がることがありました。


 そんな日は、セレナが「痛い痛い」と声をあげます。



「今日は霧がひどいわ……。まったく、なんとかならないのかな……」


「リタ、霧が家に近づかないように、家の周りに結界を張っておくれ。やり方はここに書いてあるからね」


「わかりました、お母様。私が霧を払ってみせます! 待っていてくださいね!」



 そう言ったものの、リタは結界なんて張ったことがありません。頭の中は不安でいっぱいです。


 それでもセレナのやつれきった顔を見ると、リタは頑張らずにいられませんでした。



――初めてだけど、私にもできるかなぁ……。


――とにかく挑戦してみるしかないよね。



 彼女はセレナの書いた魔導書を頼りに、一生懸命魔法を勉強しました。


 結界を張るには、美しい模様の魔法陣を描き、呪文を唱える必要があります。



――模様かぁ。私、絵の才能がないのよね……。上手く描けなかったらどうしよう。



 不安を感じていた彼女ですが、いざ筆を手にすると、まるで周りの音が消え去ったかのように、心が静かになりました。


 リタの手は正確に、紙の上を滑るように動きます。


 彼女が思っていた以上に、美しい魔法陣を描きあげることができました。



――なんだ。私やっぱり絵が得意なんじゃない? こんなにうまく描けるなんて!


――毎日練習した甲斐があったわ!



 これまでの練習の成果を感じて、リタは失くしていた自信を少し取り戻すことができました。


 リタは魔導書を開き、勉強した呪文を唱えます。



「森の精霊たちよ、私の願いを聞き届けてください。森の息吹が私たちを守る力となって、この地に宿りますように。霧を払い、痛みを和らげ、私の大切なお母様をお守りください。私の心の叫びに応え、この筆の導きにしたがって、魔法を解き放ってください」



 長い呪文を唱え終わると、リタが描いた魔法陣は、眩く輝きはじめました。



――うわぁぁぁ! これ、すごい!



 白い霧が急速に晴れていき、家の周りに澄んだ空気が流れ込みます。


 目の前には美しい森の景色が広がりました。


 鮮やかな緑の森の木々から、木漏れ日がキラキラと降り注いでいます。



「これでお母様の痛みも、少しは楽になるわね! 私にこんなことができるなんて、思わなかったわ!」



 家が暖かい光に包まれていくのを見て、リタはほほ笑みを浮かべました。


 リタはセレナが魔法を使うところを、幼い頃からいつも見ていましたが、自分には難しいと思い込んでいたのです。



――お母様はこうやって魔法を使い、私を守り、育ててくれたのね。


――お母様、いままで本当にありがとう!



 リタはセレナに感謝し、あらためて母親を助けようと心を決めました。



    △



 別のある日、森に住む魔物の放つ魔力によって、セレナは「痛い痛い」と苦しみました。



「リタ、お願いだよ。魔物がこの家に近づかないよう話をつけてきてくれないかい。これを持っていけば危険はないはずだよ」



 セレナはそう言って、リタにアミュレットを持たせました。


 それにはリタを守りたいという、セレナの願いが込められていました。


 アミュレットを首にかけると、それはリタの魔力で赤く輝きはじめました。



「すごいわね。やっぱりあなたは私の血を引く娘だわ」


「私にもこんなに魔力があったんですね」


「そうね。これはもしかすると、私以上かもしれないわ。絵を描くというのは、実は魔法の鍛錬にもなるのよ」


「そうなんですか!?」


「リタはいつも頑張っていたものね。あなたならきっと大丈夫。頼んだわよ」


「任せてください!」



 セレナに褒められたことが嬉しくて、リタは意気揚々と森に出かけていきました。

 

 森には危険な魔物がたくさんいます。だけど、リタの輝くアミュレットを見ると、みんなおとなしくなりました。



――偉大なお母様の血が、私のなかにも流れているのね!



 そう思うと、リタの心は温かくなります。セレナの娘であることが、あらためて誇らしく感じました。


 リタはセレナを苦しめる魔力の発生源が、どこにあるのかと探します。


 そして、家の近くの洞窟で、青い鱗を持つドラゴンが、うずくまっているのを見つけました。


 そのドラゴンの身体からは、禍々しい負の魔力が溢れています。



――なんて大きくて凶悪な顔! 牙もすごいわ!



 ドラゴンの姿は恐ろしく、リタは圧倒されそうになりました。


 でもここで隙を見せては、一飲みにされてしまうかもしれません。



――怖がってなんていられない! 大丈夫。このアミュレットが私を守ってくれるはずよ。



 リタはアミュレットを強く握り締めます。そして堂々とした態度で、礼儀正しくドラゴンに向きあいました。



「ドラゴンさん。その魔力を鎮めてもらえませんか? 病気のお母様の身体に障ってしまうのです」


「そのアミュレットは……。そなた、セレナの娘だな……。私の負を鎮めたいならば、頼みを聞いてもらえぬか?」



 どうやらドラゴンは、セレナを知っているようでした。



――もしかしたら、このドラゴンさんは、お母様を頼ってきたのかも……。



 そう思ったリタは、ドラゴンの頼みを聞くことにしました。


 ドラゴンの背中には、大きな棘が刺さっていました。


 ドラゴンはそれが抜けなくて、この場所で苦しんでいたのです。



「つらかったわね、ドラゴンさん。でも、安心してください。私が抜いてあげますから!」



 リタはドラゴンの大きな体を前に、実は足がすくんでいました。


 それでも彼女は、勇気を出してドラゴンの背中に登り、その棘を抜いてあげます。


 するとドラゴンの肌にあった深い傷が、みるみるうちに癒えていきました。


 ドラゴンは自己治癒の力を持っていましたが、刺さったままの棘のせいで、うまくいかなかったのです。



「ありがとう、リタ。助かったよ。セレナが元気になることを、私も祈っているからね」


「ありがとう、ドラゴンさん! また遊びにきてね!」


「ああ。必ずこよう」



 ドラゴンは負の魔力を鎮めると、穏やかな声で別れを告げ、遠くへ飛び去っていきました。



「よかった! これでお母様の痛みが楽になるかしら。だけど、まさか私がドラゴンさんとお話しする日がくるなんて! しかも、ドラゴンさんの棘を抜いたのよ!? 本当にドキドキしたわ!」



 リタはとてもホッとしました。そして勇気を出して頑張った自分を、少し好きになりました。



      △



 別の日、セレナはまた「痛い痛い」とうめいていました。



「お母様、ずいぶん具合が悪そうですね」


「そうなんだよ。身体中痛くて仕方がないんだ。リタ、お願いだよ。魔法の湧き水を探してきておくれ。この森の湧き水は日によって違う場所から湧いてくるからねぇ……」


「わかりました、お母様! すぐに見つけてきますね!」



 二人の住む不思議な森には、痛みを取る薬の材料になる、魔法の水が湧いていました。


 だけど家の近くの湧き水だけでは、日によって足りないことがあります。



――大丈夫よ、お母様。待っていてね。



 リタはセレナのため、広大な森のなかを西へ東ヘ、何度も湧き水を探して歩き回りました。


 森はとても危険でしたが、リタにはあのアミュレットがあります。


 ある日は仲良くなった小さなリスたちが、湧水の場所を教えてくれました。


 また別の日は真っ白で大きなオオカミが、リタに協力してくれました。


 オオカミはじっとリタを見つめてから、背中に乗るよう促します。



「綺麗な瞳のオオカミさん。私を手伝ってくれるのね! ありがとう、心強いわ!」



 リタが背中に乗ってみると、オオカミの毛は思った以上にふかふかで、とても乗り心地がよく感じました。



――ステキ! オオカミさんの背中に乗れるなんて。これは忘れられない思い出になるかも!



 オオカミはリタを湧き水まで案内してくれます。


 木の生い茂る暗い場所を抜けると、美しい泉が目の前に現れました。リタは瞳を輝かせます。



「まぁ! 魔法の水がたくさん湧いてるわ! ありがとう、オオカミさん」


「かまわないさ。セレナの魔法はこの森を豊かにしていた。私も回復が待ち遠しい。それにリタ、私はおまえを気に入った」


「嬉しいわ。本当にありがとう」



 リタが背中を撫でると、オオカミはリタを家まで送ってくれました。



「楽しかったわ! また会えるかしら?」


「またくるさ。セレナによろしくな」



 オオカミはふさふさの尻尾で別れの挨拶をして、静かに森の中へ消えていきました。



――お母様はさすがね。魔物や動物たちにも、すごく愛されているみたいだわ!



 森の魔物や動物たちとの出会いは、リタにとって驚きの連続でした。


 湧き水探しはとても大変でしたが、楽しい冒険でもありました。



      △



 ある日リタは、湧き水探しの途中で森の精霊たちに出会いました。


 それは半透明に輝く体に蝶のような羽をもつ、美しい森の守り手でした。



――きれい……! まるで夢の中にいるみたいね!



 だけど精霊たちは、凶暴な魔物に意地悪をされて困っているようでした。



「魔物さん、精霊さんたちをいじめないでね?」


「ちっ、わかったよ。リタを困らせると、ドラゴンに食われるからな」



 リタがお願いすると、魔物はすぐにおとなしくなり、二度と精霊をいじめないと約束してくれました。


 前に助けたドラゴンが、リタを守ってくれているようでした。



「よかったわね、精霊さん!」


「ありがとう、リタ」



 凶暴な魔物がいなくなると、精霊たちは喜んで、リタの周りを飛び回りました。


 それからは彼らも、リタに力を貸してくれるようになりました。


 精霊たちが魔法を使うと、リタの家の近くに、新しい魔法の泉が湧き出します。


 それは美しくキラキラと輝き、まるで命の源のような、強い回復力を持っていました。


 その泉の輝きが、リタの表情を明るく照らします。



「すごいわ! もう森中を探し回らなくていいのね。お母様を一人にして出かけるのが心配だったのよ」


「セレナの病気が治るまで、いつでもここで魔法の水を汲めるわよ」


「ありがとう、精霊さんたち! これからもずっとお友達でいてね!」


「もちろんよ!」



 湧き水のおかげで、セレナの病気はみるみる治りました。


 魔力もすっかり回復して、前のように元気に動けるようになりました。


 セレナが笑顔を浮かべています。



「リタ、これまでありがとう。私はもう大丈夫だよ」


「よかったです、お母様! 元気になってくれてうれしいです!」


「リタもやりたいことがあっただろうに、世話をかけてすまなかったね」


「いいえ、大丈夫ですよ! とても楽しい経験でしたから」


「本当にリタは親孝行だね。私の自慢の娘だよ」



 セレナの言葉に、リタは嬉しくて笑顔が溢れ出しました。


 久しぶりに時間ができたリタは、意を決して筆を取りました。



――不思議。魔法を使う時みたいにドキドキワクワクするわ!


――うまく描こうと思いすぎて、この気持ちを忘れていたのね!



 母の回復を願い、描きあげた美しい魔法陣。


 恐ろしくてもわかり合えた魔物たちや、優しさをくれた動物たち。


 冒険で見た美しい景色と、神秘的な精霊の姿……。


 そしてなによりも、元気になったセレナの笑顔。


 その感動のひとつひとつが、いまはリタの宝物です。


 リタの筆は踊るように、跳ねるように、軽快にキャンバスを滑ります。



「悩んでいたのが嘘みたいだわ。こんなに描くのが楽しいなんて! 私の出会ったたくさんの冒険が、筆の先から溢れ出てくるみたいね!」



 そうして彼女の絵はキャンバスから溢れんばかりに、ステキに描かれていったのでした。



*************

<後書き>


 こちらは、私が昨年なろうで書いていた短編集『好きなことをすこししておく。』の5話目の作品、『スランプ絵描の冒険』を改編し、膨らませたたものです。


『好きなことをすこししておく。』は、昨年突然親の介護が必要になり、忙しい中でも、完璧じゃなくてもいいから、とにかく創作を続けていきたいという気持ちで書いていたものです。


 創作を投げ出したくなったとき、続けていく勇気になればうれしいです。


 カクヨムコン10の短編に応募してますのでお星様で応援よろしくお願いします。

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