つま先は届かない

霜月れお

つま先は届かない


 届かないもののうちのひとつに、つま先がある。


 別にお腹が出てるわけでもないけど、わたしが前屈をしても、つま先に届くことはない。指先が掠るだけだ。

 もう少しで届きそうで届かない、掴み損ねた夢のように。


 足を延ばして座って、膝を折り曲げてやっと届くつま先。

 用事があるのは爪切りの時くらいか。


 妊娠すると、お腹が出てきて、つま先が届かなくなる。

 足を延ばして座って、膝を折り曲げてもつま先は見えなかった。

 届いている手足の指の感触はあるけれど、その姿が見えず、爪切りや靴下を履くのに手間取った。


 そんなわたしを見た夫は、妊娠してお腹が出ている間だけ、わたしのつま先のお世話をしてくれた。

 爪が伸びたから切って欲しくて、靴下を履かせて欲しくて、シンデレラ(わたし)が王子(夫)に靴を履かせてもらうようなポーズをとりながら、つま先のお世話をしてもらった。


 あれから9年。


 わたしは、娘のつま先についている米粒のような小さな爪を切っている。

 とても神秘なつま先で、とにかく小さく細く、手折ってしまいそうだ。

 つま先なのに、愛おしい。不思議なものだ。


 それから、夫のつま先もお世話をすることが増えた。

 別に妊夫ってわけじゃない。

 単に年齢とビールを重ねた結果、出てきた恰幅の良いお腹により、つま先に届かなくなったのだ。


 つま先が届かない夫を見るたびに、やっぱりつま先は届かなくなる運命なのかもしれないと思いを巡らす。



 きっと夫にも、掴み損ねた夢があるのだ。



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