沼
西順
『沼』
え〜〜、『沼』なんて1言のタイトルを見付けてしまいますと、何か恐いホラーを思い浮かべる人もいらっしゃるかと思いますが、今日話すのは、沼は沼でも、時として人を借金地獄へ叩き落とす沼でして……、いやいや、勘違いしないで下さい。この話は趣味沼の話でございます。
趣味と沼。聞き慣れないお方からしたら、結び付かない言葉でありますが、要するに、その趣味にどっぷり浸かっているのを、俗に『沼る』と申します。そして自分と同じ趣味に、友人知人を引き摺り込むのを、俗に『沼らせる』と申すのですが、これはそんな『沼』に『沼らされた』友人の話です。
人と言う生き物は、業の深い生き物でございまして、どんな境遇にあろうと、仲間を欲するものです。それは趣味沼にどっぷり浸かっている有象無象も同様でして、自分が信奉する趣味は、絶対に他者も面白いと感じるに決まっている。そう決め付けている輩が、世の中には一定数いるのです。
これは友人から聞いた話なのですが、何でも友人の友人は、学生時代からのTCGオタクだそうで……TCGとは何ぞ? ああ、まずはそこからですね。失念しておりました。TCGとは、トレーディングカードゲームの略称となります。要はカードゲームですな。
このTCG沼と言うのが、何とも業の深い沼でございまして、たかがカードと高を括っていると、痛い目を見る者続出の沼なのです。何せ、カード1枚が、何十万円、下手をしたら何百万円に化けるのですから、揃えようと思ったら、お金がいくらあっても足りやしない。
え? そのカードは金やプラチナで出来ているのかって? いやいや、ただの紙っ切れにございます。それが何十万何百万円となるのですから、お天道様も空から呆れ果てておいでで。
何で紙っ切れ1枚がそんな値段になるのかってえ説明いたしますと、これがゲームに関わるから致し方ないところでして、人間がおぎゃあと生まれる遥か前、猿人が二足歩行を覚えた頃よりも前、生き物が誕生した頃より、生き物と言うものは、生存競争に晒されて生きている訳です。
より強く、より環境に適応出来るように、生き物ってのは、そうやって今まで生き抜いてきた訳でございます。なので、カードゲームに限らず、ゲームってえ遊びは、その生存競争を刺激する劇薬な訳です。こっちの方が強い。こっちの方がこの環境で生き残れる。ってね。
そんな訳で、カードゲームのカードも、こっちのカードが強い。こっちのカードがあれば勝てる。ってえ話になりますと、途端にその価値が跳ね上がる訳でして、何十万何百万円となるのも至極当然のお話。
これがデジタルゲームでしたら、所有出来る倍率は、誰も彼も同じですが、現物があるカードとなると、刷られる枚数にも限りがあり、それが更にカードの価値を高騰させるってえ仕組みです。全く、良く出来た話ですよ。
それで、話を最初に戻しますと、え? 忘れた? 嫌だなあ、私の友人の話じゃないですか。
その友人、宝くじで一山当てた人物でしてね。そのおこぼれに預かろうと、それこそ有象無象が集まる訳です。そしてそんな輩の中には、この趣味面白いから一緒に遊ぼうよ。なんてのが一定数いる訳です。目当ては、その友人が買ったものを、手練手管口八丁で自分のものに掠め取ろうって悪知恵ですがね。
金があると、人間、時間に余裕が生まれるものでして、その友人も、空いた時間を友人の友人たちと遊ぶのに費やすようになりまして、その中で友人が1番興味をそそられたのが、件のTCGって訳です。
このTCGを友人に勧めた友人の友人ってのも、中々の曲者でしたねえ。いきなりバーンとこの沼の深さ恐ろしさを教える訳でなく、ちょっとずつちょっとずつ、友人が興味を持てるように、カードゲームの面白さを小出しにしていく訳ですよ。
TCGには環境やらTier(ティア)なんてものがありまして、要は、この敵にはこのカード、このカードデッキにはこのカードデッキが強い。ってえ話です。
それらは新カードパックが現れる度に、または運営が大会から使えるカードを除外したり、ルール変更したりで、目まぐるしく変わる訳でして、そうなってくると、今日弱かったカードが、新カードパックのあれと組み合わせれば強くなる。または大会から弾かれて、ルール変更で使えなくなったり弱くなったりする訳です。
その友人、宝くじが当たった事から分かるように、運の良い部類の人間でして、たまたま友人の友人に勧められたカードパックを買ったら、その中から環境最強との呼び声の高いカードを引き当てましてね。友人の友人も、これはお天道様がTCGをやれとお前さんに囁いておいでだ。なんて持ち上げるものですから、その友人も、まずはお試しに、つま先だけだけ。そんな気持ちでTCGを始めた訳です。
何せ手元に環境最強のカードがありますからね。最初のうちは連戦連勝だったそうで、もう面白いように勝てるので、その友人はカードにどんどん金を注ぎ込んでいきましてね、始めのうちは、カードショップに行って、ショーケースに飾られている1万円から始めたんですが、それで勝てないと気付くと、10万100万と高額カードに手を出して、金にものを言わせて勝利をもぎ取るようになっちまいましたねえ。
宝くじで手にした貯金も、気付けば100万まで減っていたそうで、これで勝てていたら、心も晴れるって話なんですがね、禍福は糾える縄の如しとはこの事か、それとも宝くじで手に入れたお金を、下らないゲームに費やしたバチが当たったのか、運が悪い事に、そのゲームを扱ったアニメが、新シーズンになるなり、新パックが発売されて、これがその友人が使っていたカードデッキのカウンターになるようなカードのオンパレード。
環境最強から、あっという間に環境最弱に落ちこぼれちまいまして、友人のカードは正にどれもこれも紙っ切れです。一銭の値打ちもなくなっちまった。
それでもあの勝利の美酒を忘れられない友人は、一世一代の大勝負だと、貯金の100万全額突っ込み、新パックセットを揃えたんですが、はあ。やっぱりお天道様ってのは見ているんですかねえ。出てくるカードがどれもこれもカスカードの雨あられで、正しく100万をドブに捨てたような形となりましたねえ。
これで足を洗えたら良かったのですが、その友人はもう、どっぷり肩までTCG沼に浸かっちまってた訳で、カード亡者と成り果てていた友人は、友人の友人や、友人の友人の友人や、果ては闇金からまで借金して、それをカードに注ぎ込む始末。出来上がったのは、借金沼に頭まで浸かり、首も回らなくなった哀れなミイラってえ寸法です。
その友人ですかい? さあ? 今頃、蟹工船かマグロ漁船にでも乗っているんじゃないですかねぇ? お〜恐い恐い。それで稼いだお金まで、カードに注ぎ込まない事を祈るばかりです。この話はここで終わりです。
恐ろしいけど面白かった? どうやら貴方もTCGに興味が出てきたようだ。そんな貴方に朗報が。ここにそのTCGの、新カードパックがあるんですが、お安くしておきますよ?
沼 西順 @nisijun624
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