第22話「到来」
「……あ。ウェンディだ」
私がアスカロンの部屋を訪れると、キュキュっという高い鳴き声に重なって可愛い声が聞こえた。
ああ。これはアスカロンの声だわ……私は今、この子が何を言っているのか、理解することが出来るんだ。
「……今日は、すぐに撫でてくれないのかな……お仕事が、終わってからかな……この前は、なんで泣いていたんだろう……飛行訓練、一緒に来るのかな」
アスカロンは独り言を言いつつ、私の方へと近づき、柵の中で不思議そうに首を傾げていた。
私は子竜たちの声が聞こえるようになったけれど、竜舎ではジリオラさんが近くに居たりして、彼らと会話することは叶わなかった。
竜力は生まれた時に決まっていて、何の理由もなく突然上がったりすることはない。私のように婚姻の儀を行い夫となった人が、異常に竜力が強過ぎて、それに引っ張られたりしない限りは。
だから、聞こえているけれど、聞こえないふりをしていた。
まだまだ、産まれてから数ヶ月しか経っていないはずなのに、子竜たちは思っていたよりも込み入った会話をしている時もあって、私は笑いを堪えるので大変な時もある。
けれど、このアスカロンの部屋には、私一人……それに、お世話を私がしているのなら、交替で仕事をしているジリオラさんがここに来ることはない。
「アスカロン……来たらすぐに撫でて欲しかったのね。気がつかなくてごめんね」
私はアスカロンに近づき頭を撫でてあげると、彼は大きな目を見開いて驚いているようだった。
「えっ? もしかして、これって、僕の声が聞こえているのかな……? そんなことが、あるわけないよね?」
「そうよ。あなたの言っていることが、わかるの! 驚かせて、ごめんね」
私はアスカロンを抱き上げて、目線を合わせた。私の知るところ、子竜と話せるまでに竜力が高いのは団長だけだから、誰も見ていないここで私とこの子が話せても何の問題もないはずだわ。
「すごいよ! ウェンディ。君と話したかったんだ! 僕は聞きたかったこと、たくさんあるんだよ!」
「私も話したかったわ。こうして、言葉がわかると、何をして欲しいと言っているか、わかるものね。嬉しいわ」
キュキュキュっと嬉しそうな鳴き声が聞こえて、私は彼の頭を撫でて答えた。
「どうして、この前に泣いていたの? 何か、悲しいことでもあったの? ウェンディをいじめる奴が居るなら、僕がユーシスに言ってあげるよ!」
ずっと私が泣いていた理由が気になっていたらしいアスカロンは、興奮しているのかふんふんと鼻を鳴らして言った。
「まあ。大丈夫よ。私は誰かにいじめられたりしていないわ。あの時は、団長にお世話になっているのに、私は何も返せなくて辛かったのよ。けど、もう大丈夫よ」
それに、私と契約結婚することによって、団長は嫌な相手との結婚を迫られることもなくなった。
お互いの利害一致の上での……契約結婚だもの。
「ユーシスがウェンディに、そうして欲しいと求めたの? もし、そうだったなら、僕はあいつに決闘を申し込むつもりだよ」
アスカロンは可愛い顔を好戦的にして言ったので、私はどうしても我慢出来なくて笑ってしまった。
「団長は求めたりなんか、していないわ。私が勝手に思っただけなの。だから、団長は何も悪くないのよ」
これまでぽよぽよとした歩き方をしててそこに居るだけで可愛かったのに、今ではこんな会話をすることが出来るなんて……私は話の内容はどうあれ、アスカロンと会話することが出来て感動していた。
この可愛い存在を私がここまで育てたという、良くわからない自負だってあった。
「……ふーん。けど、ウェンディはあの時に泣いていたし、ユーシスが悪いんだ。僕は何度も優しくしてあげて欲しいって言ったんだよ。それなのに」
「アスカロンが私に優しくして欲しいって、言ってくれていたの?」
これまでに聞いたことのない、初耳の情報を聞いて、私は驚いた。そういえば、ここで見る団長はアスカロンに何か求められているように、頭を撫でていたけれど……。
「うん……お母さんも、すごく心配していたよ。ウェンディ。君は守られなければならない存在なのに……」
竜は直接会わなくても意志を伝え合うことが出来るらしいので、アスカロンはルクレツィアと私の話をしたりしていたらしい。
ルクレツィアは私と会った時、とても心配してくれていたものね。
「……ありがとう。そう言ってくれて、嬉しいわ。アスカロンのお母さんは、本当に美しい神竜だったわ。神々しくて……優しくて」
「そうなの? もうすぐ会えるから、会いたいなー……皆との、飛行訓練も楽しいけどね」
私はアスカロンを床に下ろしてあげると、羽根を羽ばたかせ宙にふわふわと浮いた。
「そうね。飛べるようになったら、巣立ちだもんね……」
「あ。お父さんが来た」
アスカロンは話の中で、いきなりそう言ったので、巣立ちの単語を出してさみしくなっていた私は驚いた。
「え。お父さんって……団長のこと?」
「ううん。ウェンディの言う団長は、ユーシスのことだよね? ユーシスは僕のお父さんじゃないよ」
父親ではないかと揶揄われるほどに、大事にしているアスカロンにきっぱり言い切られてしまった団長……少し可哀想。
ううん。団長ではない、アスカロンのお父さんって……もしかして。
「もしかして、ウォルフガングが……近くに、来ているの?」
ウォルフガングはジルベルト殿下の竜だ。ここに来たという事は、団長に何か無茶なことを要求するのかもしれない。
「うん。ついさっき、アレイスター竜騎士団に来たみたい。今、僕の頭の中で話し掛けて来てる」
「……アスカロン。ごめんね。私、少しだけ行ってくる」
「うん!」
私はアスカロンの部屋から出て、アレイスター竜騎士団へと向かった。
……団長に次はどんな要求をするつもりだろう。ジルベルト殿下には会ったことはないけれど、ジリオラさんやセオドアの話を聞いていれば、なんとなくその人柄を想像することは出来る。
やはり、前に聞いたことのある怒鳴り声が聞こえて、私は慌ててそちらの方向へと向かった。
見えてきたのは、神竜ウォルフガング! 美しくも雄々しい、ジルベルト殿下の竜だ。
近づけないと思った私は石畳の廊下にある太い柱に隠れて、二人のやりとりを見守ることにした。
「……おい。ユーシス。見え見えの嘘をつくのではない。既に結婚したからあの縁談は受けられないとは、どういうことだ」
そして、室内に入ることなく、金色の髪を風になびかせ、いきりたつ美形の竜騎士。胸に勲章を数えきれぬほどに付けた青色の軍服姿で、とても見栄えがする人だった。
ああ……あれが、ジルベルト殿下だわ。第二王子の身分に違わず、とても王子様らしい容姿を持つ男性だった。
ジルベルト殿下は王族だというのに、単騎でアレイスター竜騎士団まで来たらしくたった一人だった。
「言葉の通りです。殿下。ついこの前に婚姻の儀を済ませましたので、俺には今妻が居ます。他の女性と結婚することは出来ません」
そう言って、団長はおもむろに上着を脱ぎ白いシャツの釦を外すと、胸に刻まれた紋章をジルベルト殿下へと見せた。そこには、私の胸にあるものと同じ紋章があるはず。
二本の剣を支える、二匹の竜。
「ほう……縁談を免れたいがための嘘ではなく、本当に、お前は結婚したんだな? ユーシス」
「はい」
「どこの令嬢だ。お前は貴族令嬢を、嫌っていたと聞いているが」
「……とても大事な女性なので、誰かは明かせません」
「なんだと? 俺に取られるとでも思って居るのか」
隠す態度が気に入らないと示すように鼻を鳴らしたジルベルト殿下に、団長は淡々を返した。
「どう取っていただいても構いませんが、誰にも知られたくないほどに愛しているので、誰と結婚しているかは殿下にも明かせません」
「……父上は、知っているのか」
「婚姻の儀を済ませた時に、陛下には伝わったかと」
竜力を与えるのも奪うことが出来るのも、ディルクージュ王国の国王陛下だけ。つまり、団長と私が婚姻の儀で夫婦として繋がり合えば、彼にだけは伝わってしまうのだろう。
「ふん。お前が口を割らぬというのなら、調べれば良いだけよ。たとえ誰だとしても、すべての口を封じることは叶わぬ」
「ジルベルト殿下」
「なんだ?」
「妻に手を出せば、俺は……何をするかわかりません」
団長はこれまでジルベルト殿下に対し、臣下として礼節をもって接し、何を言われても我慢して来たようだ。
けれど、これだけは言いたかったのか、決して引かぬと伝えるために、長い間ジルベルト殿下と見つめ合っていた。
「……はっ……おい。ユーシス、俺を脅しているのか」
「そんなつもりは毛頭ございませんが、妻を守るのは、夫として当然のことかと」
「……帰る。あの縁談はなしだ。王族とて既婚者に離婚しろとは、命令出来ぬ」
「ありがとうございます。せっかく良いお話を頂いたのに、お断りすることになり申し訳ございません」
「……白々しいことだ」
そう言ってジルベルト殿下は待って居たウォルフガングに飛び乗ると、柱に隠れていた私を一瞬だけ見たような気がした。
きっ……気のせいよね。
大きな風切り音とともにウォルフガングは空へと舞い上がり、私は高鳴る胸を押さえていた。
とても大事だから……とか、愛しているから……とか、殿下に諦めてもらうための方便だと知っていても……私のことを言っているように、勘違いしてしまって……。
いけない。団長と私は……ただの、お互いに利害が一致した……そんな契約結婚をしただけだというのに。
次の更新予定
求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。 待鳥園子 @machidori
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