博愛主義者よりただ一人に向けて

@kanaisota

博愛主義者よりただ一人向けて

1

 誰も愛せないから博愛主義者のふりをしていました。

私は誰も心から愛することができないけれど、この社会では誰かを愛すことを善とします。広告の中で夫婦が笑い合い、ドラマの中で男女が愛し合うようなこの社会は、むしろ人を愛せない人間を異常者として排除している。そんな社会で生き残るために、私は皆を愛している自分を作り上げました。友人には友愛を、年上には敬愛を、年下には慈愛を、与えてきたと思っていました。彼らは私を「優しい」と形容し、心から感謝してくれました。彼らが考える私という像は私によって作り出されたものとも知らずに。

日々、彼らを裏切っているような罪悪感と、優しさを取り繕うことでしか生きていけない切迫感と共に生きてきました。


2

 私の人生の転機は、とある友人、Bに出会ったことでした。高校1年生の時、私の中学以来の友人が同じクラスになったBを紹介してくれました。

「よろしくね」

彼女は月の光のようでした。彼女は誰にでも優しく、多くの人に慕われていました。それと同時に、彼女は彼女特有の厭世的な儚さを持っていたのです。この世の全てを諦めたように笑う彼女に、私は親近感のような好奇心を抱きました。私と同じように、彼女も誰も愛せないから博愛主義者の真似をしているのではないかと勝手に妄想していたのです。Bの正体を知りたい、その博愛主義者の皮膚の下には何を隠しているのか、その好奇心で彼女に近寄りました。

「ねぇ何が好き?趣味とか」

「音楽聴くのが好きかな」

「え、私も同じ。好きなアーティストは?」

何気ない話をして、

「おはよ。昨日の新曲聴いた?」

「おはよう。聞いた。後で感想聞かせて」

彼女は私の心に染み込んでいって、

「一緒に帰ろう」

「もちろん。ちょっと待ってて」

夏休みになる頃には、Bと私は友人になっていました。もうこの頃の私にとってはBが偽の博愛主義者だろうがどうでも良かったのです。Bと時間を過ごせていれば、それで幸せでした。それを自覚した時、これが愛なのかと愕然としました。Bの正体を暴いてやろうと近寄ったのに、私はBの虜になっていたのです。それどころか、彼女の博愛が偽物では無いことを祈り始めました。

彼女に笑いかける時には笑い返してほしいと願い、今日楽しかったことを共有した時には彼女がこの気持ちを共有してくれないかと願いました。

そしていつの間にか、どうか私からの愛に応えてほしい、そんな我儘を抱いてしまっていました。



3

 日々が経つにつれて、私は私の我儘が白日の元に曝け出されるのを恐れるようになっていきました。私がBを愛していることにもし彼女が、周りの人間が気づいてしまったら、そう考えるたびにどうすれば良いかわからなくなってしまっていたのです。それでも、私が彼女に話しかけることをやめるというのは人生という闇夜の中での唯一の光を失ってしまうほど耐え難いものでした。

「おはよう」と声を掛ければ振り返り笑ってくれる彼女を心の中にしまい込んで私だけのものにしてしまおうと何度も思いました。それでも、それはBを裏切る行為に思えてならず、そんなことを考える自分を許せずにいました。



4

 「あの子って優しいよね」

ある時、クラスの中で諍いが生じたことがありました。文化祭の催しに関してか、運動会の出場種目決めかよくは覚えていません。しかし、クラスでよくまとめ役を買って出てくれる子がいて、その子がその時も諍いを真摯に受け止め、無事に話をまとめてくれました。

「そうだね。優しい人だよね」

帰り道、2人で並んで歩きながら答えました。その子のことをあまり良くない意味を込めて委員長と揶揄う人がいるのも知っています。しかし、人に嫌われる役を背負ってまでクラスのために貢献する人は希少で、そのことが優しいとされることも私は理解していました。

「ああいう人がいてくれて良かった」

そのように笑う彼女の横顔を見て、少し魔が刺したのです。私の頭が止めるよりも先に口が動いていました。

「私はどう?」

「ん?」

「私は、優しい?」

今まで前を向いていた彼女の目線が私の方を向いたのを見た時にようやくしまった、と思いました。唐突に、気持ちの悪い質問をしてしまった。こんなもの、自分のエゴを押し付けてしまっているだけだ。天気がいいですね、そうですねと言ったような何気ない世間話のように流して欲しかった。けれど、それを充分に思うには私の口にはもう少し理性が必要でした。

友人が顔を伏せ少し考える素振りをしているのを、判決を言い渡される罪人のように待つことしかできませんでした。友人が顔を上げ、私を再度見つめ返すその一つ一つの動作が私を断頭台へと誘う階段へと登らせているように感じました。彼女に尽くしてきたという傲慢さが私を期待させ、彼女に愛されたいという期待が私を緊張させ、その二つが私の首を絞めたのです。

「君は優しくないよ」

彼女はなんでもないことのように言いました。それは私が期待した答えではなく、けれど私が期待したただの世間話のような答えでした。一切予測していなかった冷たい言葉に期待は砕かれました。しかし、彼女からのこの言葉こそ私が待っていた言葉だったというように、緊張が不思議なほど緩みました。私が私自身に塗りたくった博愛主義の善人という銀メッキの内側を見通したその言葉に私の脳は揺さぶられました。

その後の帰り道でどのような顔をしてどのような会話をしたのかは覚えていません。彼女の発言の真意を確認することは恐ろしくて出来なかったことだけをしっかりと覚えています。ただ、今まで誰にも気づかれなかった私の空虚さを見透かしたBが恐ろしく、そして“私”に気づいてくれた唯一の人として、その日からBがかけがえのない理解者となりました。


5

 Bとは学年が上がった時にクラスが離れてしまいました。それでも、時間が合えば一緒に帰りましたし、休日には遊びにも行きました。Bにも新たに友人ができ、私にも新たに友人ができ、互いにかける時間は減っては行きましたが、果たしてBほどの理解者は現れることがありませんでした。


高校を卒業してから5年が経ちました。思い返せば、あれは博愛主義ぶっていた私が初めてたった1人に向けた愛という名の執着だったのでしょう。そして、Bが私の気持ちに答えないであろうことも理解できました。彼女こそ真の博愛主義者なのでしょう。愛せないから博愛ぶる私とは違い、彼女は全てを理解して愛を与えてしまうからたった一人を愛せない人であったのだと今ならわかります。当時は気づかないふりをしていたけれど、彼女が私に向けた理解を他の人にも向けていたこと、彼女が私抜きでも生きていけたことなど知っていました。その度に少し悲しくなるけれど、確かに、月の光は私だけでなく世界中の人を照らしていたのです。

私は癖になってしまった博愛主義者の振りを少しずつやめています。私はどうしても全てを愛することができないと気づいてしまいましたし、手の届く範囲の人を愛そうとすることが彼らにとっての礼儀だと知ったからです。

今でも時々Bと連絡を取ります。Bが私無しで生きている世界で何が起こっているのかを知るのは恐ろしく、いずれBが彼女自身の理解者を見つけてしまう日が怖くて心が震えることもあります。しかし、もし博愛主義の彼女がただ1人の理解者を見つけることができたなら、博愛主義者からのただ1人に向けた愛を見れるのなら、それはきっとどんな景色にも劣らない美しい風景だと思うのです。

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