集落

「気を付けろよ。モンスターかもしれない」


 ジーニアスが小声で二人に説明して、更に接近する。


 向こうの人影もこちらの存在に気付いたのか、二つの影が寄り添いながら距離を詰めてくる。目を凝らして、息を呑む。


「どうやら武装してるな」

 ライナが低い声で言った。

「人型だ」


 ジーニアスとライナが武器を構え、アンナはオーブに魔力を注ぎ始める。


「おーい」


 影が声を発した。それはれていて、とても低い。痰が絡んでいるかのような声だった。

 隣の影も、似たような声色を発する。


「あんたたち、冒険者か?」


 ようやく相貌そうぼうが浮き彫りになり、声の主が何か分かる。それは、ファンタジーRPGならではのゴブリンに似たモンスターだった。


 ゴブリンのような二匹は頭に鍋を被り、木の棍棒を携えている。彼らにとってはこれが精いっぱいの武装なのかもしれない。


「我々は冒険者です。あなた方は?」


 ジーニアスは剣を構えたまま声を掛ける。実際、今まで出会ったモンスターは爬虫類や前夜のオオカミぐらいだ。今回のような亜人種、ましてや同じ言語を話す相手は初めてだったので、少しだけ声が震えていた。


「ああ、冒険者でしたか!」


 片方のゴブリンが棍棒を下ろす。もう一匹も同じように警戒を解くと、テントのあるほうへ手を向けた。


「歓迎します。どうぞこちらへ」


 ゴブリンは何だか友好的に、三人を集落へと促した。そちらへ目を向けると、テントの近くには焚火があり、小柄なゴブリンたちもいるのが見てとれた。


「……こいつら、モンスターみたいな外見だけど、NPCみたいね」


 アンナがオーブに注いでいた魔力を元に戻した。NPCといえども、この世界では攻撃可能だ。もちろん、仲間を攻撃することフレンドリーファイアだって出来る。


 三人はゴブリンの後を着いていき、焚火の近くに腰掛けた。来客は珍しいのか、何匹ものゴブリンたちがしげしげと三人に視線を送ってくる。


 視線がくすぐったくて、ジーニアスが近くのゴブリンに声を掛けた。


「あの……貴方たちゴブリンはここで何をしていらっしゃるのですか?」


 近くにいたゴブリンが驚いたように肩を震わせて、恐る恐るジーニアスを見た。


「えっと、えっと、私たちはゴブリン、違う。ドランド族。詳しくは、王にきいて、ね」


「ドランド族……?」


 ドランド族と名乗った彼らは、やはり見た目はほとんどファンタジーゲームなどでみるゴブリンに類似している。ゲームによっては、言語を話すゴブリンもいるだろう。唯一違うのは、背中に生えている棘のようなものだった。

 それらは背骨に沿うように生えており、どれもこぶし大の円錐でまるで恐竜のようだった。


 近くにいたゴブリン――ドランド族はそれだけ言うと、一目散にその場を去った。少し離れた場所にいた別の仲間と手を合わせたかと思うと「キャー、話しちゃった!」と飛び跳ねていた。


 ジーニアスの隣に座っているライナが、「へぇ」と感心した様子を見せる。


「どうかしたの?」

 アンナは風魔法で長い銀髪をかしていた。

「変な顔しちゃって」


「変な顔なんてしてねぇよ。このドランド族とかいう奴ら、統率がとれているんだなと思ってさ。王がいるってことは上下関係があるってことだ」


「なるほど、ライナの言う通りだな」

 ジーニアスは感心したように頷く。

「ということは、ここはドランド族の集落で、きっと王からクエストの一つでもあるんだろう」


「クエストかぁ……貧しそうなモンスターが、良い報酬をくれるとは思わないけどねぇ」


 アンナが髪を括りながら、眉を寄せて言った。


 ごもっともな意見である。ジーニアスは確かにと思いながら再度集落を見渡した。


 荒野にぽつんと佇むこの集落は、キャンプテントのようなものが十個ほどある。ここが中央で開けた空間になっているようで、テントはここを囲うように建てられていた。


 ドランド族たちはくすんだ赤色の肌をしており、服装は動物の毛皮を用いたボロボロの服を着ている。大きさも大小様々で、モンスターのなかでは弱いほうの部類に入るだろう。


 三人揃ってきょろきょろとしていると、どこからともなく大地を踏みしめる音が耳に届いた。


 現れたのは、ここにいるドランド族の中で一番大きいんじゃないかと思えるほどどっしりとした巨体だった。ジーニアスが立ち上がると、その背の高さに驚く。


 ジーニアスがこのキャラクターをカスタマイズする際に設定した身長は一九〇センチ。それから成長していないと仮定して考えると、このドランド王は軽く二メートルを超えているだろう。

 こんな図体で、テントの中に収まるんだろうか、とジーニアスはどうでもいい心配をした。


 ライナとアンナも思わず立ち上がる。それぐらい威圧感があった。


 ドランド王はゆったりとした動きで一同を見渡している。何とも言えない圧がある。今もしここで戦闘になったとして、無傷で勝てる自信は三人にはなかった。


 やがてドランド王が、重々しく口を開いた。


「お若い冒険者さんたち。どうぞお座りになって下さい。あ、何か飲まれますか?」


「え? あ、ああ……」


 ドランド王が見た目に反してあまりにも低い物腰だったので、ジーニアスはうまく言葉を繋げられなかった。


「えっと、いえ、お構いなく」


「そうですか。もし何かあればお申し付けください」


 ドランド王は硬そうな顔の皮膚を軽々と持ち上げてにっこりと笑った。数本しかない歯が見えたが、その人懐っこい顔はまるで福笑いで使うおかめのような顔だ、と三人は同時に思った。

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