認識
見張りを作って、順番に休んで迎えた朝。
木々の隙間から零れる朝陽がキラキラと輝いていて、これが普通のパソコンで遊べるオンラインゲームだとしたら、処理落ちを気にするところだったが、全く持ってそう感じさせない景色だった。
ジーニアスはオオカミを大雑把に解体して、ライナが皮を剥いだ。初めて行った作業だったが、これも生活スキルのおかげなのか何をどうしたら良いのかが分かる。そうして切り取った肉はハーブなどで臭みを消してから、アンナの魔法で焼いて食べた。
ゲームの中で食中毒などはないとは思うが、ひょっとしたらバフや、デバフはあるかもしれない、と考えていたが体感は全くなかった。
「さて、そろそろ行くか」
ジーニアスの号令に、ライナとアンナが頷いた。
木漏れ日があるとはいえ、やはり足元は見えづらい部分が多い。昨夜の襲撃を思い出して、各々は警戒しながら身支度を整えて出立した。
約数時間。
小径を黙々と進んでいると、木々が少なくなってきていることに三人は気が付く。今後のアップデートで、森のエリアはもう少し小さく、かつ入口と出口に瞬間移動できるポータルなんかも必要だろうと、三人とも同じ思考をしていた。
「やっと、森を抜けられそうだな」
ジーニアスがほっと息を吐くと、後方にいたアンナがスキップして前方に躍り出た。
「ほらほらー! やっぱりもうすぐ森を抜けれる!」
ジーニアスもライナも、いい加減緑色の景色にうんざりしていたので、森から出られると思うとアンナのようにスキップしたい気分になった。だが、二人とも中身はいい大人なのだ。気持ちをセーブして、やや小走りにアンナに続く。
やがて数メートル先に木が生えていないのが見てとれた。すぐ先の茂みを抜けさえすれば、その先は恐らく平原か何かだろう。それに気が付いたアンナが、我先にと駆け出していった。
「わーい! 外……ぬわぁぁぁぁぁ!」
ジーニアスはぎょっとした。茂みを越えたアンナが突如として視界から消えたからだ。
「どうした!?」
すぐ後ろにいたライナが慌ててジーニアスのデカい体を押しのけて、顔を出す。
「アンナが消えた!」
ジーニアスは
「うわっ、と……。なんてこった!」
「……なるほど、崖になっていたのか」
森を抜けた先は五メートルほどの幅がある崖が出来ており、大地がひび割れているようだった。
穴を越えたその先は、ラクダ色の荒原が広がっている。崖の壁にはごつごつした岩が突出しており、どれほどの深さがあるのか全く分からなかった。
ライナが手頃な大きさの石を掴んで、大穴へ投げ入れる。
「あ、痛っ!」
石がどれぐらい深く落ちるか試したかったのだが、予想外の音が二人に届く。恐る恐る断崖に近付いて顔を覗かせてみると、下の方にある突起した岩にアンナがへばりついていた。
「おい! この状況下で私に石をぶつけるとはいい度胸だな、ジーニアス!」
「ええっ! 僕じゃないよ!」
ジーニアスは下にも聞こえるように声を荒げた。
反論も虚しく、眼下でアンナがわーわーと騒いでいる。それぐらい元気ならば、何とかよじ登ってこれそうだ。
ジーニアスとライナの二人は目を合わせて、先が思いやられるな、と肩を竦めた。
*
「あー、疲れた。おいアンナ、もう一人で勝手に突き進むなよ」
ライナが息を大きく吐いて、ラクダ色の地に腰を下ろす。すぐ隣でうつ伏せになっているアンナが「はぁい」と気の抜けた返事をした。
「それにしても風魔法っていうのは便利なもんだなぁ。俺も魔術師やってみたいと思った」
先ほどの断崖絶壁を、風魔法の力で何とか乗り切った。ジーニアスはニコニコしながら思い返していて、腕組みしながらご満悦だった。丸太のように太い腕の筋肉が、顔を覗かせている。
「お前が魔術師? 冗談だろ、杖で殴殺するのか?」
「殴り魔か。それも面白そうだ」
ジーニアスはうんうんと頷いている。それを見てアンナが衣服についた砂を払いながら立ち上がった。
「ちょっと、ライナの冗談をなに真に受けているのよ」
「ええっ、冗談だったのか?」
ジーニアスが目をまん丸にしてライナを見た。
「何だかお前なら出来そうな気がしてきたよ……はは……」
ライナが引きつった笑顔を浮かべて、立ち上がる。
しばらく三人は、冗談を交わしながら荒野を歩いた。
荒野は先ほどの森とは打って変わって緑のない地だった。草木は全く生えておらず、代わりにあるのは大きな茶色の岩石。それらは嫌というほどみてきた緑とは全く違うので、三人を楽しませるには充分だった。
先頭を歩むのは一応リーダーであるジーニアス。
図体がデカい割に気が小さい部分もあるが、リーダーだという使命感がそれを補っている。
鉄製の鎧を纏っており、歩くたびに鉄がぶつかり合う音が鳴る。他の二人からは少々耳障りに思われていることを、彼は知らない。
その後ろにいるのはライナ。
背は低く、革鎧で比較的軽装なので足取りも軽い。手持無沙汰なのか、自慢の短剣をくるくると回しながら、周りを警戒している。
見晴らしは良いが、注意すべきはまるで巨人の鼻くそのように落ちている岩の陰だ。獰猛なモンスターが、好機を狙っているかもしれない。
ライナは、そういった気配をいち早く察知するスキルを持ち合わせている。昨夜のオオカミの襲撃を未然に察知したのも、この力のおかげだった。
そして一番後ろを歩いているのはアンナ。
このパーティー唯一の魔術師であり、紺のローブを纏っている。足元はチャイナドレスのように横側の布が分かれているので、歩くたびに白い脚が見え隠れする。
相変わらず視線は手に持っている地図に注がれているが、実際アンナはその地図の半分も理解できていない。だが、ジーニアスとライナには見栄を張って読めると豪語している。今のところばれてはいないようだった。
ジーニアスが、思い出したかのように呟いた。
「そういえばここ……ゲームの世界なんだよな?」
ライナとアンナが、少し考えるような仕草をしてから頷いた。
最先端の科学技術、それに医療技術。数多の知恵を重ね合わせた
仮想現実再現システム。
研究者たちによる長年の研究が実を結び、このシステムが完成したのが五年前。そしてまだ初期の段階だったシステムを応用し、ゲームになったのは本当につい最近のことだ。
クローズドベータテストに選抜された三人は、約一ヶ月間の講習を経てこの世界にやってきた。それも既にどれぐらい前のことだったのか、三人は覚えていない。
何故ならこの世界に現実世界の時間を知る
クリエイトしたマイキャラクターの容姿、武装、戦技。どれも、今までのポータブルゲームや、オンラインゲームよりもリアルで、より深みのあるものだった。
そのせいで、自分という存在が世界に馴染みすぎていくのをジーニアスは敏感に感じ取っていた。時折、ゲームの世界にいるということを本当に忘れそうになるからだ。
ライナとアンナはどうなんだろう、とジーニアスは気になったが、これ以上口にするのは
ジーニアスが現状を再認識しながら歩いていると、後ろでライナが声を発した。
「おい。二人とも……あそこ、見てみろ」
ライナが指差すほうに大きな岩があり、その岩陰の向こうに煙が上がっている。
「もしかして、NPCがいるんじゃない?」
アンナが地図をくしゃくしゃにして、ローブの中に仕舞いながら声を上げた。また突然走り出すんじゃないかと二人は警戒したが、思い留まったようでほっと胸を撫で下ろす。
周囲を見回しながら煙の上がっているほうへと慎重に進んでいくと、何やら人影が見える。それも一つ二つじゃない。それに小さなテントのようなものまである。
「集落だ。誰かいる」
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