#10(終)
『チャレンジ終了~~!! おめっとさんなのじゃ~~!!』
「すごいあっさりだな……」
ホトケがそう告げたということは、四十九日が経過したということなのだろう。
俺は元窃盗犯の彼が持って来たお供え物のおかげで、どうにか『在り延びる』ことが出来た。元々、家族と友人のお供え物だけで、一ヶ月以上保たせることが可能なのは、二度の挑戦で分かっていた。
最後の後押しさえあれば、いけるんじゃないかと予測していたのだ。
とはいえ、達成感も何もあったものじゃない。
腹はもうほとんど空っぽだし、これが五十日チャレンジとかなら恐らく耐えられなかっただろう。
『正直、棄権すべきと思っておったがの。よくもまあ凌いだものじゃ。何か感想とかあるなら言ってええぞ』
「もう二度とやりたくない」
『冷めた感想じゃのう……』
「当たり前だろ……。何も楽しくないし……」
生きてるって素晴らしいことなんだとは学べたが。
でも死んでから学んでも仕方がないと思う。
大学受験落ちてから受験勉強する感じだよ、マジで。
ホトケはかんらかんらと笑っている。最期までよく分からない奴だったな……。
俺は身体が浮き上がる感覚に気付く。
空の向こう側へ、全身が引っ張られているのだ。
それが昇天するという感覚なら、なんとも分かりやすい。
「なあ。俺、もう逝くのか?」
『無論じゃ。ここへ留まる理由がない』
「だよなぁ。ここ、地獄だし」
俺は、そうホトケへ言った。
確認、というか確信だ。
今度こそ、ホトケは目を丸くし、唖然とする。
少しだけ、無言の間が続いた。
「どうした? 答えを返してくれよ」
『うーむ……いつから気付いておった?』
「さあ……。チャレンジ二回目ぐらいじゃないか。ふと思ったんだよな。俺が居るここは、そもそもどこなのかって。現実なんだけど、現実じゃない。それでいて、あまりにも心が辛い場所。だったらもう、ここは地獄だろっていう。勘だよ」
『まあ、わし最初に言っとるからな。おいでませ冥土、と。冥土は地獄じゃ。お主ら人間は、死後五年で必ず地獄へ逝くが――今在るここがじゃあ地獄ではない、とは言っとらんからの。地獄はバリエーション豊かなのじゃ』
「ひでー話だ……。人間を何だと思ってるんだよ、ったく」
『罪深くも慈悲深い生き物じゃ。故に愚かで尊く愛おしく憎らしい』
にんまりとホトケが笑う。
ホトケ……か。なんとも皮肉な名前だろう。
恐らく彼女を正しく呼ぶならば――……まあ、いいか。
「なあ、ホトケ。おちょこ持ってるか?」
『むう? 持っとるが……』
小首を傾げながら、虚空からホトケはマイおちょこを取り出した。
俺はすぐに、余っている清酒をそこへ注ぐ。
途端、ホトケが素っ頓狂な声を上げた。
『なっ……! お主、余らせておったのか!?』
「うん」
『いやいや、余らせるぐらいなら追い詰められた時に使えばいい話じゃろうが!』
「いいんだよ。どうせ多少残ったところで、あの人が来なかったら失敗してたし。それより、口開け」
『へ?』
ホトケの口に、俺はポッキーを一本突っ込んでおいた。
これも余らせておいたやつだ。
「分け合いやすいからな、これ」
『くうっ! 甘いこの枝と、辛い清酒の組み合わせがたまらんっ!』
「枝じゃないって。なあ、ホトケ」
『なんじゃ? いやー、この仕事やって長いが、お主みたいな奇妙な霊は初めてじゃ』
「――最期に祟りたいんだが、いいか?」
元より、そういう交換条件だ。供え物と祟りは、トレードオフ。
だったら、もしチャレンジを突破したなら――俺はそれを考えて、あえてお供え物を余らせていた。
おちょこの酒をぐびりと飲み干して、ホトケはぐっと親指を立てた。
『ええぞ。あの男を殺るんじゃな!?』
「違うって。夢の中か、枕元に立つか、どれでもいい」
もう、あまり時間はない。
俺が逝った先に何があり、どうなるのかは分からない。
「家族のみんなに、一言ずつ言いたいことがあるんだ――出来るか?」
もしかしたら、無茶な要求かもしれない。
それは不可能だと、首を横に振られるかもしれない。
ただ、叶うのならば、伝えたい――
『ふむ。では、答えを返そう――』
――地獄でも天国でもどうせ腹が減るから、毎年お供え物よろしくって。
《終》
へる。 有象利路 @toshmichi_uzo
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