14話

 案内された部屋には、机に医師が大量の書類を置き、モニターには脳血管のうけっかんらしきものを映して待っていた。

 先日の小林という医者とは違う、男性医師だった。

 二人を案内してきてくれた看護師は医師の後ろに立った。


「どうも、脳卒中外科の中野と申します。どうぞ、おかけください」


 モニターを見た状態のまま、ちらりと一瞥して医師は無愛想に――いや、疲れているように言った。

 促されるままチョコンと椅子に座り、母親と一緒に中野という医師の前に楓は座った。


「まず、こちらを見て下さい。これが搬送された時に撮った脳画像なんですが、この血管が詰まっているんですね。そして今回は搬送時間が早かったので、血栓溶解療法けっせんようかいりょうほうという重い後遺症などが残りにくい治療法をできました」


「私にその治療をしてくれたのは、中野先生なんですか?」


「ああ、お母さんから説明を受けてなかったですか。そうです、私がやらせてもらいました」


「……ありがとうございました」


 楓は平坦な声で御礼を言い頭を下げると、医師も軽く頭を下げて返した。


「説明の続きですが、この治療法は重大な後遺症が残りにくいですが、全く後遺症が残らないという訳ではありません。色々と検査したり様子を見た結果、左足に運動麻痺というものが出てしまったようです。手足とかの運動は脳が指令して動かしているので、一時的に脳に血流が行ってなかった間に死んでしまった脳細胞のうさいぼうが原因と思われます」


「治らないんですか? 娘は、まだ十七歳なんです!」


 母親の縋るような声が中野医師に投げかけられる。

 楓も、それを知りたいとばかりに俯き掛けていた顔を上げる。


「それはまだ分かりません。後遺症が回復する人もいれば、残ってしまう人もいます」


「そう……ですか」


 唇を噛んで、母は涙を流すのを耐えていた。瞳を塗らす涙が零れないよう必死に耐えている母を横目にしながら、力ない声で楓も尋ねてみた。楓にとって最も重要な事を。


「――走れるようには、なりますか?」


 その言葉に、医師は一度書類に目を落とす。


「楓さんは陸上の選手だったようですね」


「はい」


「……完全に何もなかったように、というのは大変難しいかもしれません。まずは日常生活に支障ししょうがないよう脚が動くようになる事を――」


「ぁあああああ……っ!」


 遂に母親が泣き出してしまった。

 母親は誰よりも楓が陸上の大会に出て優勝するのを喜んでくれていた。

 女手一つで育て上げた母親に、立派な姿を見せてくれた。


 そんな娘の夢が、大好きな陸上への道が断たれると分かり、もう堪えられなくなってしまった。



―――――――――――

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2025年1月10日 12:46
2025年1月10日 18:07

灰かぶりの聖火を君へ 長久 @tatuwanagahisa

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