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「という、訳ですので」


 春愁は伏したまま、言葉を綴る。


「少年は壊しておりませんし触れてもいないようですので、お許しいただけませんでしょうか」


 左伊多津万さいたづまは返事をしない。返事をしない。返事をしない。

 春愁は生え放題の下草の上に伏したまま、その朽ちかけているけれどまだ形を保ったままの祠の側に佇む左伊多津万の言葉を待つ。待つ。待つ。

 陽がゆっくりと傾いて、風が梢を揺らす。時折車が通りすぎるが、春愁にも左伊多津万にも気が付かずに走り去っていく。春が過ぎて夏が近くなってきていて、夕方でも上着は必要ないほどだ。寒がりな人は薄手の長袖のシャツをもって出歩いたりもしているだろうが、春愁には必要ない。

 陽が落ちて夜になった。ひときわ強い風が春愁とこずえを揺らした。

 左伊多津万は、もうそこにはいなかった。

 祠の中に戻ったのだろう。佑都が許されたのかどうかは分からないけれど、まあ、すぐにどうこうはなりそうないからいいかと、春愁はお山を後にした。

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キツネのお時間 稲葉 すず @XetNsh

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