喰らうモノ
@JULIA_JULIA
第1話
ポツポツと雨が降る中、女は
荒れた土地にある、荒れ果てた街。ここは
そんな僅かに屋根が残る門の下、雨が辿り着けない石の床にて女は座り込み、なにかをただただ待っているような様子。その表情は空模様と同様に曇り、顔は
紫と
明らかに乞食が着るような
今にも消え入りそうな弱い雨が降り続く中、やがて女の前に精悍な男二人が現れる。片方の身の丈は普通、もう一方はかなりの大柄。共に首、腕、足は太く、なんとも逞しく見える。彼らは旅人で、この廃都へは
仄暗い景色の中、程なくして女の姿を見掛けた男二人は立ち止まり、顔を見合わせる。そうして共にニヤリと笑い、またも女を見ては歩を進める。やがて女の姿が次第に明らかになってくると、男たちはニヤニヤとした笑みを
俯き加減の女の頬は些か不健康そうだし、泥まで付いている。しかしながら顔立ちは整っている。二十代の半ば、といったところか。そして着崩された豪華な衣から覗いている首元や太腿は、中々に
朽ちつつある門の傍に民家はない。そして勿論、商家もない。正確にいえば建物はあるのだが、それらは既に崩れていて、とても人が住んでいるようには見えない。ここは
そのような状況が旅人の心を狂わせる。別に彼らは生粋の悪人ではない。しかしながら、純然たる善人という訳でもない。ピンッと張られた綱の上を歩く人間の体の如く、左右に揺れる心の持ち主たちだ。右に落ちれば悪に走り、左に落ちれば、善を為す。そのような単なる一般庶民に過ぎない。そして今、旅人たちの心は右へと落ちた。
「やぁ、
「ここじゃあ体が冷えるだろう」
男二人は共に
「腹は減ってないかい? 多少の食い物ならあるぞ」
「汁物でも作ってやろうか。そうすれば体も温まる」
男二人はそれぞれが女の左右へと回り、挟み込むようにして話し掛けた。しかし女は返事をしない。不思議に思った大柄な男が女の顔を覗く。伏し目がちの瞳は輝きを失い、まるで死人のよう。よって彼は、女の口の前へと手を
「
女の顔を覗き込んでいた大柄な男が、彼女の肩に触れた。するともう一方の男も逆の肩に触れる。そうやって二人して体を軽く揺すると、女はすぐに顔を上げる。
「・・・んん? どうやら、眠ってしまっていたようだ」
なんとも呑気なことを言った女。すると男二人は大笑い。
「アハハッ! こんなところで寝るなんて、不用心なことだ!」
「ガハハハッ! ってことは、俺たちの話は聞いてなかったってことか。それにしても、目を開けて寝るなんて!」
大きく口を開けて笑う男二人を前にして、女はなんとも穏やかに笑う。
「なにが面白い?」
穏やかな中にも妙な色気がある。そんな顔を見た男たちは、またも女を誘う。
「食い物があるから、一緒にどうだい?」
「そうそう。腹が減ってるだろう」
すると女は小首を傾げ、ポツリと呟く。
「そんな場合か? オマエたち、つかれてるだろ?」
しかし、その言葉は男たちの耳には届かなかった。女の呟きは少しばかり強くなった雨音に掻き消されてしまったのだ。よって大柄な男が訊き直す。
「なんだって?」
「オマエたち、つかれてるぞ」
女の言葉を聞き、もう一方の男が胸を張る。
「いやいや、俺たちは旅には慣れてるからな。まだまだ疲れてなどいないさ」
その言葉に続けるように、大柄な男が言う。
「俺たちは体力には自信があるからな」
男二人は女を襲うつもりではいるが、穏便に事が運ぶのなら、その方が良い。そのため自分たちの逞しさを誇らしげに語った。そうして男らしい魅力を示した。しかし、女は呆れるばかり。
「
男二人は女の言葉の意味を未だ理解していない。しかし最初の罵倒と最後の指示は理解できた。そのため些か腹を立てながらも振り返る。しかし、なにも変わったモノはない。男たちの視線の先には、雑草に埋め尽くされた道と、そこに長く伸びる自分たちの影。あとは野山と
「
「そうだぜ。あんまりふざけてると、痛い目を見ることになるぞ」
男たちは先程の罵倒により、女を力づくで襲う決意を固めつつあった。しかし女は再び罵る。
「
二度も罵られ、男たちは明確な怒りを覚えた。しかしながら女の言ったことが気になり、またもや振り返る。そうして自分たちの影を見た。しかし、やはり変わったことはない。男二人の影はそれぞれがハッキリとしていて些か細く、随分と長く伸びている。しかし、それだけのことだ。よって男たちは、またしても女の顔を見る。しかし先程までとは目付きが違う。睨むようにして見ているのだ。
「この
「ふざけるのも大概にしろよ、こら」
二人して口汚く女を
「影を見なかったのか? 可笑しかっただろ?」
「はぁ?」
「別になに───」
大柄な男が言葉を止めた。そして、
空は相変わらず厚い雲に覆われていて周囲は仄暗いというのに、男二人の影はあまりにもハッキリとしている。しかも、やたらと伸びている。陽は隠れてこそいるが、未だ天高くにある筈だ。それなのに影が伸びている。しかも男たちは身の丈が異なるというのに、影の長さは同じに見える。
そのことに気付いた大柄な男は再び女の方へと顔を向ける。そうして女の影を見ようとした。しかし、それは叶わなかった。女は僅かに残る屋根の下にいて、彼女の影は存在しない。屋根の影によって覆われているからだ。とはいえ大柄な男には、それで充分だった。
屋根の影は色が薄く、その輪郭はぼんやりとしている。そしてどの方向にも伸びてはいない。そのため大柄な男は慌てて首を左右に振り、二本の柱の影も確認する。やはり色は薄く、輪郭はぼやけ、伸びてはいない。
「ど、どうなってんだ?」
「・・・? どうしたんだよ?」
理解した者と、理解せざる者。しかしながら、二人は共に戸惑い、女の襟から手を離した。そんな男たちを尻目に女は立ち上がる。そして男二人のあいだを一足飛びで通り抜け、彼らから随分と離れた場所で片膝を突いた。その両手には、男たちの影が掴まれている。実体のない影を掴むなど、夢物語のようなモノ。女の動きを目で追っていた男二人は、そんな光景を目の当たりにして大層驚く。しかし、その直後に更なる驚きが待っていた。女が、掴んでいる二本の影を地面から引き剥がしたのだ。
「なっ!?」
「・・・は?」
驚きの声を発した大柄な男と、驚きのあまり間抜けな声を発した男。それと同時に男たちは腰を抜かした。そんな二人に背を向けたまま、女は彼らに告げる。
「少し痛むだろうが、我慢しろ」
そう言ったあと、女は両手に力を込めた。
「うぎっ!?」
「あがっ!?」
女が影を強く握ると、男たちは自身の首を両手で押さえ、程なくして、のたうち回る。首に激しい痛みを感じ、暴れている。しかし彼ら以外にも暴れるモノがいた。それは、二本の影だ。
女に強く握られたことにより、二本の影はバタバタと暴れて女の手から逃れようとしている。その暴れようは、なんとも激しい。しかし女は全く動じず、より一層の力を込め、影を握る。すると二本の影の暴れようは更に激しくなり、男たちの暴れようは収まった。あまりの痛みに暴れることすら、できなくなったのだ。首を絞められているような、針で刺されているような。そんな、なんともいえない痛みが男たちを襲う。しかしながら息はできるので、なんとか死なずに済んでいる。
どんどんと握る力を増していく女。すると影は次第に色を変え、やがて深い緑に染まる。更には、その姿を大蛇へと
「蛇か、悪くない」
女は呟くと、左手で掴んでいる大蛇に噛りついた。より一層暴れる大蛇と、勢いよく噴き出る血。その一部が女の顔と衣を染める。しかし女は全く意に介さず、大蛇の体を噛み千切る。そして数回の咀嚼のあと、それを飲み込み、また噛り、また噛み千切る。それを何度も続ける。
そのうちに、女の左手に掴まれていた大蛇の体は二つに分かれ、頭側の体が地面にボトリと落ちた。なんともおぞましい光景。そのため男たちは地に伏せ、胃の中の物を全て吐き出す。すぐにでも逃げ出したいところだが、変わらず腰を抜かしているので、それは叶わない。よって、ただただ嘔吐を続けることしかできはしない。
体が分かれた大蛇は激しい動きを止め、今はピクピクと痙攣をするのみだ。すると女は右手で掴んでいる大蛇へと噛りつく。そうして先程と同じようにその大蛇も仕留める。
やがて大蛇の体を全て喰らい尽くした女は男たちへと向き直る。その顔は血塗れで、口元は不敵に歪んでいる。そのため、彼らは失禁をしてしまう。
「オマエら、よくやった」
女から発せられたのは意外な一言。よって男二人は呆気に取られた。そして顔を見合わせて、再び女の顔を見る。
「まぁ、このワシを襲おうなどと、なんとも馬鹿げたことを考えていたのは感心せんがな。しかしオマエらが食料を運んできたお陰で、ワシの腹は満たされた。褒めてやろう」
てっきり喰われるものと思い込んでいた男二人は安堵する。とはいえ腰は抜けたままなので、身動きは取れない。いま自由に動くモノといえば、口くらいだ。よって大柄な男が問う。
「オマエ───、いや、アンタ・・・、一体何者なんだ?」
「ワシか? ワシは、『化物を喰らう化物』だ」
そう答えると女は
喰らうモノ @JULIA_JULIA
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