【短編】初夢リセマラ
チャカノリ
初夢リセマラ
「2025年1月1日16時ちょうど。これより、実験『1F2T3N』を開始します」
皆が休む新年だというのに、研究室で何やら実験が始まろうとしている。
薬や実験器具が綺麗に棚に仕舞われた清潔な部屋。そこの、三脚で設置されたビデオカメラの前で仁王立ちする男は、右手を口に当てると喉仏鳴らして何かを飲み込んだ。
「さて、今飲んだのは富士山の土壌、2羽のタカの個体のタンパク質、3つのナスのエキスを含有した睡眠薬です。予想睡眠時間はおおよそ1時間です」
そう言うと男は机の上に置いていたネット帽子の様なものを被った。しかし普通のそれとは異なり、網が交差するところに丸い金属パーツが付いている。
「今被ったのは、睡眠時の脳波を計測するための装置で……、その……脳波からどんな脳の……」
男は脚の力が無くなってきたのか、その場で崩れ込む。
瞼は鋼鉄にでも変えられたのか、重くなり、硬く閉じようとしていた。
最後の力も振り絞りきり、男も上体も崩れてしまう。
しばらくして、スー、スー、という擬音語が似合いそうな寝息を立てたのだった。
ーーーー
「実験の結果、睡眠薬によって睡眠をとった際、計測された脳波は普段の睡眠と変わりませんでした。また、実験の目的である『一富士二鷹三茄子の夢をみる』ということについてですが、夢の内容を覚えていないため、目的を達成できていたのか証明できませんでした」
頭を抱えながら淡々と述べる男。どこか虚ろな目つきをしていた。
ネット帽を子被ったままに男は、今度は机に置かれていた画仙紙の束を手に取った。
「次は書道を通して脳を退屈にさせ、そのまま睡眠をとることで一富士二鷹三茄子の夢を見ます」
そういうと男は床に新聞紙を広げ、書道セットや画仙紙の束のうち一枚を丁寧に配置した後、正座して書き初めを始めた。
氷が溶けるよりもゆっくりと、丁寧に。
1半時間かけて男が書いた字は「一富士二鷹三茄子」
そしてもう1枚、さらにもう1枚。
3枚目を書いていた時、首がぐらぐらし始めた。
口は緩み、開き始める。
腰が前へ倒れたその時、男は画仙紙目掛けて顔を突っ伏してしまった。
ーーーー
「実験の結果、計測された脳波は通常の睡眠と変わりませんでした。また、夢の内容を覚えていないため、こちらも目的を達成したのか証明ならずです」
顔に墨の跡が残った男は、頬や鼻先のベタベタした黒色を撫でては確認しつつ、カメラの元へ行って記録を止めた。
カメラの画面の角に映っていた時刻は、12:30PM。時刻を確認すると、ため息を一つつくのだった。
「もう、夜か。顔洗って寝るか」
こうして、男はネット帽子を外して研究室の外にあるトイレで顔を洗う。
そして研究室に戻ると、端にある仮眠ベッドで横になり、暗闇に身を置いたのだった。
男は、ある夢を見た。
手を見ると、自分は画仙紙のように白い肌と、濃くはっきりした黒い陰で覆われていた。あまりにも強いコントラストに目が痛み、唾を飲んだ。
周りの研究室も、白に濃い黒影を纏っていた。どうやら白と黒だけの色彩になってしまっているようだ。
こんなところで、自分はどんな姿勢になっているのか、と、気になった男は、仮眠ベッドの上で妙に重い上体を動かし、自分の下半身を見てみた。
しかし、そこに脚はなく、ただ黒い土がどっさり積もっていただけだった。
「嘘……」
思わず声を漏らす。
その時、後ろでカサッ、という音がした。
身震いをさせつつ後ろを振り返ると、二対の白い鷹の翼が男の肺の動きに合わせて小さく、ゆっくりはためいていた。
翼がどこから生えているのか気になり、目で辿って根本をみれば、それは自分の背中と繋がっていたのだ。
奇妙な光景を前に男は、口から掠れた息を漏らす。
だんだん過呼吸気味な激しい息になり、大きく口を開けて叫ぼうと軽く斜め上を見たその時。
一気に上から太い3本の何かが落ちてきたかと思うと、口の中に無理くり詰められた。
男は声にならない声で、必死に喉を振るわせる。両手で詰められたものを触ると、ツルツルとした感触が帰ってきた。そして形は、若干中太りしていた。それらの特徴は、すべて茄子であることを示していた。
2対の羽をバサバサはためかせて土となった脚をあたりに散らし、視界の端をチカチカさせてでも、両手でなんとか茄子3本を引き抜こうと右往左往に踠く。
目が痛むくらいに潤み、息苦しいくらいに鼻水を漏らしてでも、やっぱり踠く。
しばらく暴れているうち、頭の酸素が薄くなり、遂に気が失いそうになったその時
「ハッ!」
そこはいつも通りの綺麗な、暖かい彩りの研究室で、窓から乾燥した日が真っ直ぐ差し込んできていた。
まさかと思い、すぐさまブランケットを大きく捲ると、脚はしっかり2本あった。
その後、首を一気に後ろまで回すと、背中の羽も消えていた。
そして最後、口へ片手を突っ込もうとすると、勢い余ってそのまま口腔内を超えて喉の奥まで行ってしまいそうになった。あの3本の茄子も無くなっていた。
縁起の良いものは確かに夢に出てきたものの、夢は夢でもこんな悪夢だったので、男は実験「1F2T3N」をこれ以上進めないことにした。
縁起物が持つ本来の価値を見失わない為にも、この実験はもう二度とされるべきではないのだ。
【短編】初夢リセマラ チャカノリ @Chakanori
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