最果てに煌めく明星と、

秋乃晃

2011年の元旦は土曜日

東京湾のレインボーブリッジの付近にが浮かんだままの状態で、この世界の我が国は2011年を迎えている。この巨大要塞は、2010年の八月に宇宙の果てからやってきた。地球の代表として“聖女”が侵略者アッティラと交渉し、停戦協定が結ばれている。いまや、東京の一つの観光スポットのような扱いだ。


 *


『起きろ!』

「まんとひひ……」

『は?』

「わたし、いま寝言で『マウントフジ』って言った?」

『言ってない』

「なんだあ……元旦からめでたいのに……」

『起きろ! 寝るな!』

 大晦日の夜。かがみ文月ふづきはもふもふさんとふたりきりで、鏡家の自室にいた。父親と母親、妹の環菜は父方の祖父母の家にいる。文月はついていかない。

「起きてるよお」

『ほんとうに?』

「うん」

『これから行くところは?』

「まだ決めてない! けれども、今度の受験で合格するように、神頼みしに行こうかなあ」

 ぴんぽーん、とインターホンが鳴らされた。十二月の三十一日から一月の一日になる今日だからこそ、文月は夜更かししている。今まさにやってきた尾崎おざき青嵐せいらんを迎えるために。

『今年も10分前に到着か』

 もふもふさんは時計を見た。文月と青嵐は深川南中学校の入学式で出会い、それから毎年のようにこのぐらいの時間にやってくる。文月が寝過ごさないように監視するのがもふもふさんの役目となっていた。

「はーい!」

 文月は立ち上がって、家のドアを開けに行く。ドアを少し開けただけで、外の冷たい空気がびゅうびゅうと吹き込んだ。

「文月さんっ」

 正月らしく晴れ着姿の青嵐は、寒さで鼻が赤い。尾崎のお屋敷――文月のこの人生でお邪魔した中で、もっとも広い家――から、使用人の運転する車で鏡家のあるマンションの下まで来て、エレベーターで九階まで上がってきているので、外を歩いている時間はそこまで長くはないのだが、その短い時間で身体を冷やしてしまったらしい。

「わ、わあ! 入って入って!」

 文月が家に招き入れる。鏡家は基本的に来客を拒否しているのだが、今は口うるさい母親が不在である。こうして、中学の三年間、年末年始は青嵐と過ごしてきた。

『よっ』

「お邪魔しますわ」

『無視?』

 青嵐はもふもふさんとは会話しない。見えてはいる。お屋敷で飼っていた番犬に吠え立てられて追いかけ回されてから犬(※もふもふさんは正しくはオオカミである)が苦手らしい。

「文月さん、冬休みの宿題は終わってらして?」

「えへへ……」

「まだ手つかずですの?」

「手つかずってことはないよお。半分は終わった! あともう半分!」

『終わったというか、なんとか終わらせたというか』

「そんなことより、今年も初日の出を見に行くんだよね? 今年はどこに行くの?」

「文月さんはどちらがご希望でして?」

「わたし、巨大要塞を見に行きたいかも! 要塞と初日の出をいっしょに、こう、写真に撮りたいなあ。いい思い出になりそうじゃない?」

「あら、いいですわね。行きましょう」

『オレも連れて行ってもらえないかな?』

「もふもふさんも行きたいって」

「……まあ、いいでしょう。おとなしくしていていただけるのならね」

『オレはそこら辺の犬と違うんで、大丈夫すよ』

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最果てに煌めく明星と、 秋乃晃 @EM_Akino

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