タイムリーパー猿
渡貫とゐち
諸説ある令和7年・さるかに合戦
自宅に戻ってきた猿は目を細めて、じっと玄関を観察する。
今のところ入口には誰もいないが、後に、扉の前に牛糞が現れるだろう。
猿が自宅に戻り、再び外に出ることになれば、牛糞で足を滑らせた猿が派手に転ぶことになる。さらには転んだ猿の上から、屋根にいた臼が落ちてきて潰される――知っている。
死んだらやり直しの【タイムリーパー】である猿は、何度も回避できずに臼に潰されて死んでいる。
臼だけでなく、その手前で当たり所が悪く死んでしまっている場合もあるわけで……臼を回避したとしても元凶の蟹がさらに仲間を増やして襲いかかってくるのだから、いくらタイムリーパーと言えども逃げられない。
……蟹さえなんとかすれば。
いや、元凶は蟹の親を怪我させた自分なのだが。
言い訳のしようもなく自分が悪い。
(戻れるならあの時に戻りてぇ……。まさか柿を投げて怪我をするとは思わなかったからな……怪我した相手が悪いと言うのはさすがに酷、ってのは、オレでも分かるぜ……猿でも分かる)
そんなことを言えば火に油だ。和解なんて夢のまた夢――
タイムリープを繰り返し、火の中の栗、水桶に蜂がいることは分かっているものの、初撃を避けたから安全、ではない。
激昂した栗と蜂が暴れ回れば被害は増えていく。恐らく、蟹たちの想定通りが最も猿にとってはダメージが低いのだろう。仕返しとは言え、殺すつもりはきっとないはず……ないはずだ。
猿が余計なことをして計画が狂わなければ、臼さえ上手く急所を外せば死ぬことはないはずだ。繰り返す中で、バッドエンド中のグッドエンドを見つけるしかない。
「ふぅ……さて、いくか」
覚悟を決めた猿が自宅へ戻る。
暖を取るため火に近づけば栗が飛んでくる。火傷をした猿が水で冷やそうと水桶の中を覗けば、隠れていた蜂が飛び出してきて体のあちこちを刺される。悲鳴を上げながら家の外に出れば牛糞が地面にあって、足を滑らせ転倒。すぐに目の前には臼が落ちてきて――――あ。
猿の意識は真っ暗になった。
臼の全体重が頭蓋骨を割って…………死んだ。
今は、○○○回目なんだ……?
自宅へ戻る。
暖を取るため火に近づけば栗が飛んでくる。火傷をした猿が水で冷やそうと水桶の中を覗けば、隠れていた蜂が飛び出してきて体のあちこちを刺される。悲鳴を上げながら家の外に出れば牛糞が地面にあって、足を滑らせ転倒。すぐに目の前には臼が落ちてきて――――あ。
「いぃ、ぎぁあああッッ!?」
右腕。潰された右腕が動かなくなった。骨が折れたどころか砕かれているはずだ……痛みで視界がぶれる中、猿は心の中でガッツポーズを取る。命はまだ取られていない。
ここまで大怪我をすれば、蟹は許してくれるはずだろう……しかし。
「――やれ」
「……ッッ」
蟹の非情な意見に、栗、蜂、牛糞、臼が頷いた。
腕を怪我しただけで足は無事だが、腰が抜けてしまった猿は足を引きずりながら、無事な片手で前へ前へ這って逃げようとして――
蜂の毒でやがて動けなくなり、跳んだ臼によって潰された。――○○○回目の、死だ。
繰り返す。
猿は自宅には戻らず森の中へ逃げた。
数時間後に戻ったら……自宅は焼かれ、そこにはなにもなかった。
帰る場所を失った猿は行く当てもなく肩を落として森の中を彷徨い、不意に上から落ちてきた臼に潰され死んだ。
逃げられない。
逃げてはいけない問題だ。
……真摯に謝ったところで解決することだろうか。
きっと、蟹は猿の内心を見透かしているのだろう。
ちょうどいい感じに復讐を果たし、蟹が満足すれば軽傷で済ませられる、と考えている。そう見破られ、蟹は妥協なく猿を追い詰めている……どこまでも、地の果てまで追いかけるように。
猿の誤算は、蟹に人望があったことだ。
栗、蜂、牛糞に臼だけでない、事態を引き伸ばせば鬼ヶ島の鬼や正義の桃太郎、山の王様・金太郎、海の底にある竜宮城の精鋭まで連れてくる。蟹って何者なんだ……?
実は、最も手を出してはいけない蟹に手を出してしまったのでは?
自宅の前で立ち尽くす猿は、泣き笑いのような表情をしていた。
何度繰り返しても死ぬ。蟹たちに殺すつもりはないのだろうが、猿が弱いばかりに、毎回、死んでしまう。やり過ぎという面もあるが、やり過ぎてしまうほどの怒りを買ったのだと、猿は自覚した。
親蟹を殺したわけではない。わけではないが……、怪我をして寝込んでいる、とは知っている。やり過ぎではないが、だからと言ってやっていいことではない。
そもそも体格差が違うのだから、優しく投げたところで柿が当たれば怪我をする。考えれば分かることだったのだ……、よく考えず脊髄反射で行動するからこうなる。
死から逃げられなくなる。
――猿は、ひとつの抜け道を思いついた。
これまでは蟹とその仲間に殺されたからタイムリープしている。なら、自分から死んだら?
この繰り返す時間から逃げられるのではないか?
「ああ……そりゃいい」
猿は、得意の木登りで最も高い木を登り、頂上まで辿り着く。
飛んでいる鳥と目が合い、軽く会釈をした後で――
最後の景色を一望してから、そっと目を閉じた。
両手を広げて体重を後ろへ。
猿は真っ逆さまに、四十メートル以上の高さを、頭から落下し――――
目が覚めた時、猿は自宅の布団で寝転がっていた。
天井が見え、他に…………周りには蟹……? だけではない。
蟹が持つ人望で、大勢の仲間が集まっていた。栗、蜂、牛糞、臼、鬼に桃太郎とその家来、金太郎と熊、竜宮城のお姉さんたちに月の姫まで大勢が。
一匹暮らしの部屋の中はぱんぱんだった。
「…………え、……」
「猿。自殺をしようとしただろ。でもお前、死ねなかったぞ」
と、蟹。
猿は高所を、頭から落下した。
だけど頑丈な肉体を持つ猿は、それだけでは死ねなかったのだ。猿は自身を脆い体だと自覚していたが、臼や鬼の金棒が強いだけで、猿だって充分に強かったのだ。
飛び降り自殺程度で死ねる体ではなかったのだ。
「うあぁ、オレは、死ねなかったのかよ……っ」
「ああそうだ、死ねない。死なせない。死んで楽にさせてやるものか」
蟹が、仰向けになっている猿の胸に飛び乗った。
「罰を受けろ、猿。なあなあでは済まさないし、死んで終わりにもさせない。謝罪はいらない。ただただ罰を受けてもらう……覚悟しておけよ」
「…………」
「では、猿様……こちらの箱であなたを不老不死にしましょう」
竜宮城の美女が箱を取り出した。
玉手箱、と言われているものらしいが……
「ああ、あれとは別です」と、美女が言う。あれとは一体……?
「く……不老不死、だと?」
「はい。老いない、死ねない、しかし子孫を作り一生の先をゆく我々はあなたを監視し、罰を与え続けます。一生を越えて償いなさい……お猿さん」
「待てっ、やめろっ、そんな生き地獄は、嫌――」
「嫌なことを強いられるから、罰なんだろ、バカ猿」
「待てよッ、だってオレは一匹の蟹に柿を投げて怪我させただけで――」
だけ。
でも、猿からすればそれだけでも、子の蟹からすれば大事だ。
復讐するに値する。
美女の手で箱が開けられ、白い煙が猿を包んだ。
猿は、こうして不老不死となった。
一生を越えた生き地獄を味わいながら。
彼は岩で出入口を塞がれた洞窟の奥で、今も罰を受け続けている。
・・おわり・・
タイムリーパー猿 渡貫とゐち @josho
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